最終話 君が愛してくれるから

「じょうごぐん、わだじ、もぶだべかぼじでまぜん」


 俺はじょうごじゃないし濁点が多すぎて何言ってるか分からん。


「えっと、なんで?」


「うう……。そろそろ、二年生も終わりでつ……」


 そうだな。まぁ、あっという間だ。いや、だから何?


「三年生になったら、正吾君と別々のクラスになってしまいまつ……」


 ……あー。そう言えばそうだな。今までのやり直しでもそうだったし。いや、何そのでつまつ口調。


 放課後。部活終わり。俺達はいつも通り仲良く下校。明日は休みだし今日は綾香ちゃん家に泊まる。中学生にして親公認とか言うヤバい状態だ。前向きに考えれば信頼されてるとも言えるが、綾香ちゃんの親はその辺り無駄にオープンだからなんとも言えない。


 不意に綾香ちゃんが左の掌を右の拳で叩く。分かりやすいジェスチャー。何か思い付いたらしい。


「そうです!正吾君、そうなる前に子供を作りましょう!」


「いや、作らないから。戦時じゃないんだから」


「え?作らないんですか?」


 え?嘘でしょ?皆やってるよ?みたいな反応をする綾香ちゃん。……ちょっと面白い。


「結婚は高校卒業で構わないけど子供はなぁ。働き始めてからじゃないと無理。医大に現役合格したとして、そこから医師免許取得に6年。一応研修医でも給料は出るから、最短で25歳。つまり、11年後だ」


 ちなみに一回前の人生でも実は医大を目指してたけど一発合格出来なくて断念していた。うち裕福じゃないし。と言っても自己採点ではかなり惜しいところまでいっていたし、今回は既に準備を始めているので普通にストレート合格すると思う。


「えー。前に話した時より遅くなってませんか?」


「綾香ちゃんだって多少働いてからの方が良いでしょ?」


「いえ。私は別に」


「え?なんか前の時は少しでもイジメを無くしたいって先生やってなかった?」


「あれは正吾君に頑張ってるアピールをしたかっただけです!」


 正直か!まぁ可愛いから許す。


「正吾君がお医者さんなら私は専業主婦です!忙しいでしょうから、全ての家事や育児は私がやります!だから安心して子供を作ることが出来ます!今すぐにでも!」


 いや、何一つ安心出来ないんですけど。


「綾香ちゃん、生きるためにはね、お金が必要なんだ。よく考えたらさ、高卒で結婚してもお金ないから結婚式も出来なくない?」


「結婚式とか別にしなくて良いですよ?」


「え。そうなの?なんで?」


「知っての通り私の親は転勤族なので近場に親族がいません。それに、呼びたい友達もいないですし」


「いや、綾香ちゃん今は友達多いじゃん」


「元々は私をイジメてた人達ですし、正吾君が結婚してくれる事が確定した今となってはもはやどうでも良いです。多分、正吾君の彼女ってだけでイジメも起きませんし」


 ……なるほどなぁ。ぶっちゃけ俺も親友レベルの友達いないけど。


「あ、アレは?新婚旅行とか。俺もバイトして貯めるからさ」


「バイトとかしなくて良いですから。時間は有限なんですよ?イチャイチャする時間が減るじゃないですか!」


 なんか説教されてるんですけど。あんたバカぁ?みたいな。


「まぁでも確かに、結婚するだけなら役所に紙を出して終わりですからね。それだけだと寂しい感じはします」


 そうでしょう?


「別に海外とかじゃなくて良いですけど、周りに他の誰もいないような所に行きたいです。私と正吾君の二人だけ。そういう世界で、もう一度プロポーズされたいです」


 うーむ。悪くない。っていうか良く考えたらプロポーズしたは良いけど返事はまだ貰ってないんだよね。その場面でもしも断られたら笑うわ。


「了解。無人島ツアーでも探してみるか。それならお小遣い貯めておく程度で行けそうだし」


「流石です!名案です!温暖な気候!人目を気にせず開放的な空間で一日中、正吾君と……!ゴクリ。やば。興奮してきました!っていうか絶対赤ちゃん出来ちゃいますよ!?良いんですかね!?」


 良くないです。しっかり避妊しましょう。子作りは計画的に。


「……子供と言えば私、ずっと気になってたことがあるんです」


「うん?何?」


「あの……、正吾君が前回やり直した時に出来た子供ってその、きいちゃんだったんですか?」


 ……ああ。そうか。俺が死んだことは多分スーミに確認したんだろうけど、詳細までは知らないよな。


「いや……。当たり前だけど、きいちゃんではなかったよ。でも、同じように可愛かった

し、同じように愛してた。病気で死んでしまったけど、俺は別に、それを後追いして死んだ訳じゃないんだ。アレはただの事故だった。スーミには悪い事をしたと思ってる」


 俺の前に天使が現れることもなかった。スーミとも仲良くやっていた。後悔はなかったんだ。


「……私は、余計な事をしてしまったんでしょうか」


「そんな訳ないだろ?俺は医者になる。世界一可愛い嫁がいる。子供もいっぱい作ってさ。毎日賑やかだ。幸せに決まってる。咲子ちゃんが料理の道に踏み切れたのだって、綾香ちゃんのお陰だ」


「私の前で咲子先輩の話題は止めてください」


「あ。うん。すまん」


 はい、地雷踏みました。ちなみに咲子ちゃんは両親のお店で働いている。偶々ランチに来ていた記者に目を付けられて、美人過ぎる中学生シェフとして一躍名を馳せている。なんかそれ前に失敗したパターンの気もするけど本人は割り切っているようで気にしてない。有名になると舌の肥えた客が増える訳で、彼らを唸らせるべく日夜料理を極めている。毎日が充実しているとのこと。

 彼女とはたまに連絡を取っている。何故か絶対に綾香ちゃんにバレる。その度に埋め合わせをするのが大変だ。絶対に浮気とかないからと言って聞かせるのだけど残念ながら信用はない。


「……例えばですけどね。もしも。もしもですよ?私たちの子供が先に死んでしまったとしても、私を置いていかないでくださいね」


「まさか。誰よりも長生きして、綾香ちゃんも子供も、全員俺が看取りますよ」


「いえ。正吾君を看取るのは私です!」


「いやいや俺が」


「いえいえ私が!」


「いやいや俺が」


「分かりました!譲ります!」


 譲るの!?ちょっと早くない!?


 まぁでも、別に冗談でもないんだ。だって俺は、愛する人が死んでしまう悲しみを誰よりも知ってる。そんな思いを、君や子供にさせる訳ないだろ?


「……正吾君、愛してます」


「知ってるよ。毎日聞いてる」


「正吾君も言ってください!」


「そういうことは、ここぞという時に言うんだ」


「もしもの時、もっと言っておけば良かったって後悔しますよ!」


 ……なるほど。確かにそうかもしれない。いや。俺は誰よりも長生きするつもりだからさ。もし綾香ちゃんがそうなった時に、もっと愛されたかったと、彼女が後悔しないように。幸せなまま死ねるように。態度でも言葉でも、常に示しておくべきだろう。


「……俺も愛してるよ」


「わわわ、私もです……」


 言われると思ってなかったのか、目を伏せて、顔を真っ赤にする綾香ちゃん。


 ……俺の嫁、マジ可愛いんですけど。





 結婚は運ゲーだ。良い条件の相手だと思っていても、蓋を開けないと分からない事が多い。かといってやり直しも難しい。子供が出来たら不可能に近い。じゃあ、しない方が良いのだろうか?答えはyesでもあり、noでもある。

 

 病める時も。健やかなる時も。富める時も。貧しき時も。

 伴侶を愛し。敬い。慈しむ事を誓う。


 ありきたりな台詞。誓いの言葉。何て陳腐で、小恥ずかしい事をと思ったものだ。そんな誓いを守れる人間が、一体どれ程いるのかと。


 でも、実際その通りなのだ。それを心から誓えるなら。相手も誓ってくれるなら。間違いなく幸せになれる。何が起きても後悔はない。俺は失敗して、それを学んだ。逆に言えばそれが無理な相手とは結婚するべきじゃない。


 うん?そんな事言ってたら結婚なんて出来やしないって?


 案外そうでもない。ポイントはそうだな。


 まずは相手の良い所を見るんだ。優しいとか。気遣いが出来るとかさ。そしたら好きになれる。優しくなれる。相手も好きになってくれる。優しくしてくれる。愛することが出来る。愛してくれる。他の良い所も見えてくる。以下無限ループ。


 うん?お前の嫁の良い所はどこかって?色々ある。ありすぎて困る。気は進まないが強いて一つだけ挙げるならそうだなぁ。


 綾香ちゃんの胸は、とても大きいのだ。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る