第20話 たとえ偽物でも

「その様子だと実験の事も知っているな?」


 その問いに、僕はこくりと頷く。


「お前の父は、他の魔術師の行う実験に対して否定的だった。しかし彼の父、巴の祖父が血眼になっていたようだ。どうも先代が第二次世界大戦で戦死されたようでな、余計魔術の発展と後継に焦っていたらしい」


「僕の、祖父が――――」


「結果は、巴の父が案じていたように不完全なものができた。新人類なんて大層なものとはほど遠い。脳を魔術で強化されたものは、もれなく全員の感覚が先鋭化したり、逆に消えてしまったり――――」

 

「ということは――――僕も――?」


「ああ。お前にもその兆しはあった。その感覚は心にまで影響を及ぼし、人間の在り方さえ歪めてしまう。巴も何か感じているはずだ。意識しなくとも、固執してしまう感情があることを」


 ある。


 そう、あの感情。

    あの、誘惑。 

    普通は望まない、「死」への好奇心。

 

 じゃあ、僕の異常な感覚というのは――――。


「感覚なんだから、五感のいずれかだ。そして多分、巴の場合は痛覚だろう」


「痛覚――」


「無痛症――という定義では語弊を生むが、痛みを理解しにくいらしい」


「痛みを?」


「ああ。お前の父が言っていた。痛みを感じることはできるが、それが危険なものだと認識できない。私も上手くは説明できないが、本能の初期化ともあいつは言っていたな」


「うん――なんとなく父さんの言いたいことはわかる。僕も、その。心当たりはあるから――」


「痛みがあるから、人間は加減ができる。痛みが恐怖であるから、簡単に死ぬこともない。進化の過程で哺乳類はみな獲得してきた抑止力だ。だが巴。お前は死に直結するような痛み理解できない。これは他の人間との大きな違い。きっとその感覚は私にも理解できないし、共感などされない――――だから私はこれだけが言いたい」


 父の顔は必死だった。伝えたいこと、伝えるべきこと、それをしっかりと伝えるために。

 ここでやっと一呼吸した父は、また表情を変え、僕に対して


「体に違和感があったらすぐに病院に行け。小さな出血でもすぐにだ。お前はどうあっても私の息子だ。母さんもきっと同じ事を言う。困ったことがあればいつでも頼りなさい」


 父は、僕を預かったときから家族として対等に扱ってくれた。

 今まで、気づくことができなかった愛情。

 ああ。気づけなかった僕は馬鹿だ。

 記憶がすぐ消えるとか、そんなのは言い訳にできない。何年も、何年も何年も、僕を見守ってくれていた、家族。

 魔術師の子供という特異性を気にせずに、受け入れてくれた。

 たとえ血は繋がっていなくとも。

 たとえ僕が命を狙われる存在であっても。

 父の言葉に嘘は存在しない。


「すまない、少し熱くなってしまった」


「いや――――――ありがとう。少し、安心した」


 僕は、渡された箱の中身を見つめながら、今までの緊張を呼吸と一緒に吐き出した。

 

 もう、胸の気持ち悪さもない。

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