第12話 泣いた日

「イカれてる!そんな体力、どこから湧いてきた!」

 

 魔術でも、魔法でも、怪異でもない。

 彼が蘇生した最初の起因は。 

 始動しない壊れかけの心臓エンジンを無理矢理稼働させたのは、彼の並外れた意志だった。


「僕は生きたい。お前が死にたいってんなら、ここで殺す。同じように僕も被害者だ。選択する権利くらいはある」


 最初の数秒は地獄のように苦しかった。体を貫いた刀を引き抜く痛みなど表現できる訳がない。いつ終わってもおかしくない意識を必死に保ちながら、再び体の回復が始まるまでの緊張は多分世界の命運を握った戦いくらいにはすごい負荷だった。実際、僕が背負っているものなんて何もないし、失うものもほとんどない。ただ、ここで自分に殺されるのなら、もう少しだけ生きたいと思った。


「本当に、よく喋るようになったな偽物。やはり俺の苦痛を理解できないか。真相を知って尚!」


 懐に隠し持っていたのだろう。こちらに向かって複数の鋭利な瓦礫が投擲される。しかし。劣化し形状の維持でやっとの瓦礫は、体からあふれ出る白い炎を前に全てが塵と消える。


「――ッ!何だそれは!そんな力、吸血鬼にはないだろうが!」


 螺旋巴は動揺を隠しきれていなかった。

 肉体の操作が自由でなかったとはいえ、あいつは僕の事を一番よく知っている。思考も、知識も、経験も、能力も。

 だけど僕が使ったこの力。止め方も分からないこの力を、あいつは当然知らない。

 僕は問答無用で彼に迫る。

 螺旋巴を殺すために。

 螺旋巴を救うために。

 同時に再起動した暁を手に持ち、もう一人の自分に迫る。


「こんな、簡単にッ――――」


 同情は、しない。


「お前に殺されるなんて」

 

 同情なんて、しない。


「じゃあなんで俺は、生まれて、きた」


 暁が、完全に彼を貫いた。

 

「僕だって、被害者だ。今まで――――悪かった」


 彼の体は次第に消えてゆく。

 彼が最後に見せた表情は、怒りでも、憎しみでもなかった。

 虚ろな目で、それでも彼は微笑んだ。

 己を呪い、そして殺したこの僕を見て。

 何か言う訳でもなく。

 憎まれる訳でもなく。

 本当の肉体の所有者は、こうも簡単に「怪異殺しの刀」で息絶えた。


「なんか、言えよ――――僕は加害者だったんだぞ」


 全身の緊張が解け、その場に座り込む。


「なんで笑うんだよ――――どうしてそんな顔で、死ぬんだよ」

 

 てっきり、最後の最後まで恨まれ、怒りながら死ぬのだと思っていた。

 だけど、違った。

 あいつは最初から、ここで死ぬつもりだった。

 時間の歪みのある場所であるなら、時間系の知識を持つあいつなら、一時的にでも肉体を保持できる。そうして完全に二つの心を分けることで、綺麗に自分を消す事ができる状態にまで持ち込んだ。

 本気で僕を殺しにかかっていたのは多分、試していたんだろう。自分の肉体を託すに足る存在か、最後の判断をするために。

 この町の情報を伝えた時から、どんな形であれ実行できるよう計画していたんだろう。

 完全に、はめられたんだ。


「馬鹿――野郎――」


「――――巴、くん」


 白い炎は消え、肉体は再生を終える。

 瓦礫の上で、僕は初めて泣いた。

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