第20話 taso_逢魔時_gare
「黄昏の不安定さは長い間何もしてなかったから劣化した。突然の契約更新で別の魔力が大量に送られてきたら、その負荷に耐えられるわけがない。最悪刀身が木端微塵になってただろう。まぁ、青咲君が半端に人間で、そして怪異でもあったから、それは回避できたのかもね。けれどそれも一体化すれば解決する。新たな存在として定義することで、怪異としての質も、状態も変化する」
香夜ばりに長い解説を終えると、これで解決だろ?とでも言いたそうに笑う。
「どうして助けるんですか。僕が禁忌指定の怪異だと知っているのなら、問答無用で殺してもいいはずでしょう」
「殺すことで問題が解決するわけじゃないでしょ?君が死ねば、それがおかしな事だと分かる人間が一体どれだけいる?」
そうだ、この男は場合によっては僕を殺していた人間だ。なら、間接的に、倉井戸たちの敵、になるのか?
「敵、なんですか」
どストレートに何の迷いもなく、その言葉だけは簡単に出た。
「君が黄昏と一体になれば敵対関係もこれで終わりだよ」
ここでこの男の言うことを無視する。そんな発想が一度頭をよぎったが、あまりも危険すぎる。
直感というか。
既視感というか。
そんな感覚が無駄な戦闘はやめておけと言っている。
「わかりました。星影さん、あなたの言う通りにします。ただ、僕の仲間には何も、何もしないでください。僕が弱くなれば、もう手を出す意味はないんだから」
「星影でいいよ。大して年齢は変わらないからね。さん付けなんてむずむずする」
「そうですか」
「よし、伝える事は伝えた。これでもう用はない。それじゃあ僕は行く―――――もう再会することがないように、祈っているよ」
そう言うと星影総悟という男はまるで気体のように霧散した。
「き、消えた」
『とんでもない男だ――――あんなモノがこの時代にもいるとはな』
「え?お前もそう思うか」
『魔力が無尽蔵というのは、まだ分かる。が、出力も無制限とは聞いたことがない』
「おいおい、それじゃあ本当に」
『ああ、世界規模の魔術をたった一人でやってのけるような人間かもしれん』
「は、はは」
相手にしていた人間の格が違いすぎて全身が脱力した。
世界規模って、それならもう神様みたいなものじゃないか。二度と会いたくない。絶対。
「あ!お前なぁ。なんでしばらく外に出なかった?心配したんだぞ。呼びかけにも応じないから」
ほうけていたけど、こいつと話すのは半日ぶりだ。死んでいるんじゃないかとちょっとだけ不安になっていたので安心した。
『はは。まぁ、ここならいいか』
そう言うと黄昏は人の姿へと変化する。
「主人様。さっきの男の話だが」
「僕の能力を弱体化するって話だろ?早くやるぞ」
「待て。主人様は成り行きで怪異になったんだろう?なら、余計な事はしない方がいい。禁忌指定と言ったか。儂の時代にも似たようなものはあった。仲間の魔術師の考えも聞かずに行動に移すのは――――」
「執行者という男に目を付けられた。だから弱体化という手段を取った。そう言えばいいだけじゃないか」
「信頼していないのか、仲間の魔術師を」
そう言われるのも無理はない。だって突然現れた魔術師にそれっぽく怪異の説明をされてその通りにしようとしているんだから。
「信頼は―――どうだろう。だけど、禁忌指定の力を使ってまでやる仕事というのも少し気になるんだ。だから、今はこれでいい」
精神世界で奥底に潜む青咲巴を見たであろう黄昏。
知識が豊富なこいつであれば、理解を示してくれるだろう
「……分かった。従おう」
「ありがとう。黄昏」
「だが、あの男の言った、最後の工程は少しリスクがある。成功したからといって、どれだけの弱体化があるのかも分からない。失敗すれば、最悪あの日のようになる。覚悟はあるか」
あの日のようになる。その言葉に胸がこう、気持ち悪くなった。
きっとこれが、黄昏が今まで僕にこの手段を話さなかった理由。魔術師———倉井戸蒼や香夜との信頼関係はどうなるのか。下手したら殺される可能性だってあるだろう。それでも僕はこの手段を取るだろうと黄昏は思ったから、今まで伝えようとしなかった。
もちろん、危険でもある。成功の保証はないし、失敗すればまた怪物になる。そうなれば僕どころか町が危険に晒されるかもしれない。
けれど、どうしてか迷いはなかった。道がハッキリと見えている。このまま進んでいいと、そう言える。
今の自分はあの日の自分じゃない。
心の奥深くで眠っていた記憶の箱の一部を開いた。
だから、本来なら知らない魔術も使える。
同じようなことになれば、その時は自決くらいしてみせるさ。
「————やるぞ」
これで時雨雪という少女は、本当に無関係になれる。
黄昏との縁を、これで完全に絶てるのだ。
失敗はできないんだ。
自分にそう言い聞かせ、再び刀になった黄昏を握る。
『汝、我が力の継承者となりて、人の時代を望むものなり』
黄昏がすぐに詠唱を始める。
それと同時に、刀から自動的に結界が展開された。
自身の精神世界と交じったその結界は、自分に幻想を見せる。
地平線まで続く大平原。
風で波のように揺れる草原はまるでこの儀式に誘われた一つの生命のよう。
同時に、空は鮮やかな赤に染まる。常に色を変えるその赤色もまた、美しかった。
「くッ!」
腕が勝手に動く。
刀身を胸に向けるように。
黄昏の詠唱は続く。
『贖罪のここに』
『祈りをここに』
『
『紅き黄昏は闇を殺すもの』
『
『緋色の暁は闇を生かすもの』
『ここに人との和解は成立した』
『
詠唱が終わる。
ドスン、と。
腕は勝手に動いた。
燃え上がる刀身は服なんて簡単に貫通し、僕の心臓を綺麗に貫く。当然それは痛みを伴う。
人間として当然の痛みを。
しかしそれで終わらなかった。
通常であれば刺す、斬るだけで終わるのが刃物である。けれどこれは妖刀。そんなものでは終わらない。
燃える刀は、そのまま僕を炎で包む。
胸を刺されてびっくりした次の瞬間には、新たな激痛が体を襲う。
きっと、殺されるより苦しい痛み。
怪異が人の仲間になるための儀式。
当然、怪異を辞めるための代償というのが必要であり、その代償こそがこの痛みである。
焼いても焼いても焼いても、足りないとばかりに炎は体を溶かす。
自分の叫び声も、もはや死者のうめき声だ。
なんでそんなことを考えながら、自分は苦しんでいるんだろう。
どうしてこうやって脳で考え事はできるんだろう。
それくらい尋常じゃないくらい焼かれた。
それでも意識が飛ばなかったというのが、また地獄だった。
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