第100話 オハナという『悪夢』、その脅威
「う…………うぅっ…………」
「お?気が付いたか?待ってろ?すぐに人を――――――」
グラシュの声で目を開ける。
そしてゆっくりと体を起こし、周囲を確認する。
どうやら王都にある僕の寝室のようだった。
ベッドの傍らにある椅子に座ったグラシュがこちらを心配そうに見ている。
「どのくらい………眠っていた…………?」
聖剣の力を開放した反動で全身が怠い、喉も痛み声がうまく出せない。
それでもグラシュは僕の聞きたいことに応えてくれた。
「三日だ。だが目覚めたと発表するのはもうちょい先だ、お前にはまずは療養してもらわねぇといけないからな」
「そんな暇は――――――!!」
「はっきり言って無いだろうな、けどよ?意識不明の重体だった勇者様をこれ以上酷使するほどこの国の重臣たちも馬鹿じゃねぇよ。ちったぁ俺たちを信じろ」
努めて明るくふるまってくれているのが解って、僕も連れられて笑みを返す。
まだまだ上手く体も顔の表情さえも動かせないけれど、グラシュはそれでも理解してくれたみたいだ。
そしてさっきまでの雰囲気を打ち消した真面目な顔になって、
「ありがとう。お前が無茶してくれたおかげで人類は首の皮一枚繋がった」
椅子から立ち上がり、そのまま深々と頭を下げてきた。
時間切れギリギリで聖剣の力を全て開放した一撃を放った。
その反動が今になっても抜けきっていないけど、その結果として七牙の三人を捕縛することには成功した。
けれど…………その戦果はあの植物型の魔物――――――オハナに譲ってもらったという印象が僕の中では強く、グラシュの感謝をそのまま素直に受け取ることが出来ずに居た。
そんな時だった――――――。
「ローウィン!!」
寝室のドアをノックも無しに勢いよく開け放ち、僕の婚約者であるエストレヤが目に涙を溜めながら駆け込んできた。
昇る朝日のような鮮やかな髪色と、それを少しだけ暗くした色の瞳。
普段御淑やかな彼女にしては珍しく、グラシュも居るというのに勢いそのままにベッドに身を起こした僕に抱き着いてきた。
「良かった…………本当に良かった…………このまま目を覚まさないのではないかと――――――こんな事になるのなら貴方の決定に反対してでもついて行くべきだったって――――――………」
彼女は魔法使いとしての素質がとても高く、国家の戦力としても数えられてはいるが僕のわがままで今回は参戦させなかった。
それで僕がこんな状態になって帰ってきたものだから、余計に心配をさせてしまったみたいだ。
「心配かけてごめん」
ゆっくりと彼女の髪をそっと撫でる。
彼女も安堵の表情を浮かべ、撫でられることを通して僕の無事を感じてくれているようだった。
「あー…………幸せそうなところ悪いんですが、そういうのは二人っきりの時にやってくれませんかね?独り身の男には目の毒でさぁ」
そこで漸く彼女はグラシュの存在に気が付いたようで、顔を真っ赤にして急いで離れた。
「グラシュから聞きましたよ?相当な無茶をしたって…………」
落ち着きを取り戻そうと一度咳払いをしたエストレヤ―――――エストは、雰囲気を一変させ今度は僕を責めるような目で見てくる。
無茶をしたのは事実なので反論の余地もないけど、そうしなければこちらが完全に詰んでいた。
グラシュから戦場の話を聞いて彼女もそこを理解しているからこそ、責めるような目で見てくるだけに留めてくれているんだろう。
「――――――失礼致します。ローウィン様、御目覚めになられて早々で申し訳ないのですが二、三今回の戦についての質問………と言いますか、確認をしたいことがあるのですが宜しいでしょうか?」
寝室の開け放たれたままのドアをノックしたのは、普段僕の執務などを手伝ってくれている側近であるヨシュアだった。
大きな丸眼鏡と毛先だけが丸まった鈍色のくせ毛、常に重そうな瞼をして表情の変化にも乏しい彼だが、仕事は誰よりも出来る。
「オイオイ、病み上がりなんだからまだそういう話は良いだろう。それに戦での状況報告なら既に俺が出してあるはずだ」
「確かにグラシュ様より報告は受けております。しかし失礼ながら私もあの戦場には居りませんでしたので、ローウィン様からの言葉で確認したいと思い、こうして不躾なのを承知で来ております」
まだ何か言いたそうだったグラシュを手で制し、ヨシュアに入室を促す。
メイドを呼んでエストとヨシュアの分の椅子を用意してもらい、彼の質問に答えることにした。
「まずは今回の戦況についてです、グラシュ様からの報告には重臣たちが我が身可愛さにローウィン様を防衛の要と位置付けてしまった――――――という事で間違いはありませんか?」
「我が身可愛さ――――――かどうかはわからないけれど、本陣から出してもらえなかったというのは本当だね」
僕の答えに何の感想も告げないまま、ヨシュアは淡々と何やらノートに書きこんでいく。
「次に、ローウィン様は何故孤立するとわかっていながらたった一匹の魔物を追いかけたのですか?」
「彼女は――――――あの魔物は危険だと判断した。すぐに殺さなければ被害が拡大する…………そう思った」
エストも話に割り込むことなく、けれどじっと何かに耐えるような表情をしていた。
「…………最後の質問です。ローウィン様が先行して追いかけた魔物――――――『オハナ』とはそれほど危険な魔物でしたか?」
「そこは多分グラシュからの報告からも聞いているだろうけど、今回の戦で出た主だった被害は全てそのオハナによるものだ」
僕がそう答えると、ヨシュアとエストが息をのんだのがわかった。
「本当に…………たった一人の魔物に勇往騎士団の半数以上が捕縛されたというのですか?」
「あぁ、あの戦場に居なかった者には信じられないだろうけど事実だよ。砦をたった一人で陥落させたっていうのも実際に見た今となっては何も驚かないよ」
「噂は全て本当だとでも言うのですか…………?」
エストが信じたくないのも無理はない、今すぐに嘘だと言って安心させてあげたい。
けれどそんな虚飾に意味はない。
戦は既に終わってしまっていて、大敗という結果が出てしまっているのだから。
僕たちは受け止めなければいけないんだ、オハナという『悪夢』の存在とその脅威を――――――。
それから暫くして、〖捕虜交換〗の日程が伝えられた。
その顔触れにあのオハナが居ることに驚いた。
もしや新たな〖七牙〗候補という事だろうか…………?
その日はグラシュだけじゃなく、エストとヨシュアも同行することになった。
実際にその目でオハナを見るいい機会だ。
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