第四章 魔女と太陽 1

 昼だというのに空がやけに暗い。

 そう気づいたのは、王都まであと僅かの距離になった頃だった。真剣な眼差しで手元の羅針儀を眺めていたフリーダが、意を決したように馬を寄せてくる。

 「…ソール、何かおかしいわ」

 「おかしいって?」

 「もうそろそろのはずなのに…、町が見えないのよ。」

行く手は白い靄に包まれ、はっきりと見通せない。近づくにつれ、強烈な冷気が押し寄せてくる。靄が町をすっぽりと覆い隠しているのだと気づいて、ソールは表情を固くした。いつかの、フィオーラの居た砦と同じだ。

 「魔女の力…」

空を舞う沢山の黒い影が見えた。吹雪のドラゴン――敵だ。手綱から手を離すと、彼は腰のベルトに挟んでおいた黄金の鎚を引き抜く。握り締めたその感触は、以前とは違っていた。吹雪の会う前よりも、ずっと軽く、手に馴染む。

 「巨人もいるわ! まさか、町はもう…」

 「まだだ」

ソールは、視界の端に大きく燃え盛る火を見つけていた。誰かがまだ戦っている。精霊使いか、それとも。

 「フリーダ、先に行け。俺はここにいる奴らを出来る限り倒す。」

 「分かった。でも――」

彼は、無意識のうちに笑みを浮かべていた。

 「大丈夫。無茶はしないよ」

 「…!」

振り返ったフリーダは一瞬、驚いたように大きく瞳を見開いたが、何か言いかけるより早く、馬は遠くへ駆け去ってしまった。

 ソールの乗る灰色の馬は、恐れる様子もなく塊になって舞う黒いドラゴンの群れをめがけて急降下していく。向かって来るものに気づいたドラゴンたちが色めき立ち、大胆な敵に食らいつこうと翼をひらめかせる。けれど馬は、群れのすぐ脇すれすれを通り過ぎ、挑発するように速度を緩め、大きく弧を描いて空へ駆け上がっていく。その動きにつられて辺り一帯にいたドラゴンたちが次々と追いかけてくる。

 振り返ると、馬の後ろには互いにぶつかりあわんばかりになった黒い怪物たちの塊が出来ていた。

 「いいぞ。やるじゃないか、お前」

馬は低く嘶いて鼻を鳴らす。このくらい出来て当然だ、といわんばかりだ。ソールは笑みを消し、鎚を握り締めた。

 「いくぞ、ティキ」

 「キュッ」

鞍の上に立ち上がると、彼は、勢いよく向かって来るドラゴンの群れめがけて跳んだ。ティキの尾が炎となって燃え上がる。その炎とともに、ソールは鎚を思い切りドラゴンの群れの真ん中めがけて叩きつける。長く引き伸ばされた柄が次々と怪物たちをなぎ払い、炎をまとった衝撃が宙に広がっていく。地上から見たそれは、さながら、中空に咲いた黄金の光の花のようだった。砕け散ったドラゴンの体が細かな氷の粒となって降り注ぎ、炎に照らされて虹色に輝く。

 そのまま地面に着地するつもりだったソールは、降ったばかりの柔らかい雪に足を取られて腰まで埋もれる。

 「なんだこれ、全然固くないじゃないか」

遅れて落ちてきたティキも、ほんのわずかに離れたところに頭から突っ込み、キィキィ声をたてながら、頭をふるって這い出してくる。

 「キュ、キュッ」

振り返ると、氷の巨人たちが地面から新たに立ち上がってくるところだ。

 「…そうか。この雪、もしかして」

ハルベルトの遠征軍のときと同じだ。新しく降った雪。そこから生まれてくる巨人たち――

 この雪が巨人たちの本体なのだ。生えてきたものを倒しても意味がない。

 ソールは手の中の鎚を思い切り巨大化させると、自分の体より大きなそれを振りかぶった。そして、ティキの炎と一緒に地面に叩きつける。衝撃波が走り、近づいて来ようとしていた巨人たちが雪と一緒に吹き飛ばされる。地面が抉れて、雪の上に黒い土が点々と降り注いだ。巨人たちはなおも生まれ出てこようとしているが、なぜか土をかぶった部分からは出てこないことに、ソールは気が付いた。

 (こいつら、…土が混じってると体を作れない?)

 「ソール!」

呼ばれて振り返ると、城壁の上にフリーダが立って、大きく手を振っているのが見えた。オラトリオも一緒だ。

 「…雪を溶かしてくれ!」

 「え?」

 「それが出来なかったら、雪の上に何か撒くのでもいい! この雪の表面を汚してくれ! そしたら、こいつからは出てこられなくなる!」

叫んでから、ソールは、新たに姿を現した氷の巨人たちに対峙した。仮初の命に過ぎないそれらは、知能もなく、ただ機械的に動くものに向かってくるだけだ。

 (冬の魔女…、どこかにいるのか?)

鎚を振るいながら、ソールは辺りに目を凝らした。町を包んでいた壁のような白い靄は薄れつつある。それに伴って、城壁のほうでは、弱まっていた火の精霊の気配が勢いを取り戻しつつある。

 (それとも、もう逃げたのか)

積もったばかりの柔らかな雪の表面が、足跡と、めくれあがった地面の土とで汚されていく。それとともに、現われてくる巨人たちの姿は減っていった。

 「ティキ、まだ大丈夫か」

 「キュキュッ」

肩の上で、ティキが飛び跳ねる。

 「…そうか。俺もなんか、前より楽な感じがする」

ソールは、自分の片手を開いて視線をやった。あの吹雪の後の辛い戦いに比べたら、今日はちっとも腕が重くならない。いつの間にか、空に舞っていた黒い翼も見えなくなっている。白い息を吐いて周囲を見回していると、何かが向かって来る気配があった。

 「ソールぅ!」

 「うわっ、と」

顔に突撃してきたのは、ヤルルとアルルだ。小さな手がぺたぺたとソールの顔に触れる。

 「うわあああん、ソール!」

 「お前たち、元気になったんだな」

涙で顔をぐしゃぐしゃにしながら、二人は声にならない声を上げてしがみついてくる。その後から、フリーダとオラトリオが駆けて来るのが見えた。オラトリオのほうは、フリーダの馬に乗せてもらっている。

 「そっちはどうだ?」

 「問題ないわ。町を取り囲んでた魔女のしもべたちは皆、引いていったみたい。危ないところだったけれど」

 「よく戻ってきてくれた。」

老魔法使いは、心の底からほっとしたような表情をしている。

 「そなたたちが発った後、突然、吹雪になってな。それが終わったと思ったら、大量の敵が押し寄せてきたのだ。今度ばかりはもう駄目かと思っておった」

 「王都を落とすつもりだったんだわ、きっと。」

フリーダは、怒りの表情を浮かべている。「戦力が落ちたところを狙ったのね。卑怯者」

 「その企みも、そなたたちのお陰で潰えたというわけだ。――巧くいったようだな」

オラトリオは、ちらとソールの肩の上に乗っているティキを見やる。

 「それに…それ以上だな。不安定だった魔力が安定しておる。一体、何があった?」

 「中に戻ったら話すよ。あ、俺のほうの馬は?」

フリーダは、ちょっと肩をすくめた。

 「グラニなら、勝手に厩舎に戻ってるわよ。自分の仕事が済んだらさっさと家に帰る。そういう馬よ」

 「へえ。便利なもんだな」

 「便利だなんて! 乗り手を置き去りにするような子だから、誰も乗りたがらないのに」

 「いいじゃないか。」

くすっと笑って、ソールは、ローグレスの城壁を見上げた。何箇所か壊されてはいるが、壁は無事。火の精霊の結界も元に戻り始めている。人の暮らす気配、命のぬくもり。中から響いてくるざわめき。

 自分の故郷ではないが、ここも大切な場所だ。


 ――もう誰も死なせたくない。


 そのために出来ることは何なのか。ソールの胸の中には、ひとつの思いが生まれつつあった。今度こそ、この長い冬を終わらせるのだという思いが。




 城に戻って来たソールとフリーダは、以前も通された控えの間に通された。謁見の間のすぐ隣にある小部屋だ。驚いたことに、部屋には先客としてもう一人の人物がいた。以前、短期間だけ行動を供にした若い騎士、ベイオールだ。

 「ベイオール! どうして、あなたがここに?」

 「召還命令があって、戻って来たんですよ」

彼は武装して、つい今しがたまで戦いに参加していたような出で立ちだ。ブーツの端には氷の塊がこびりついている。

 「アストラッド様は二つ目の砦を再び放棄されることを選びました。二つの砦両方に戦力を割く余裕が無くなったためです。王都の守りが手薄になったというので」

 「ああ、…そうね」

フリーダは難しい顔をして考え込む。「遠征のこと…、そちらにも伝令が伝えたのね?」

 「ええ。」

ベイオールは、ちらとソールのほうに視線を向ける。それはもう、以前のような剥き出しの敵意を感じさせるものでは無くなっている。

 「…何だ?」

 「お前、少し見ない間にずいぶん雰囲気が変わったな…本当に、本人なのか?」

 「はぁ?」

 「ソールはソールだよ」

頭の上にちょこんと乗っているヤルルが言う。

 「前からこんな感じだったよ。ねー」

 「ねー」

 「小うるさい妖精は相変わらずべったりか。ふん、確かに変わっちゃいないな」

ベイオールが妙に毒気の無い口調で厭味を言ってくるりと背を向けたちょうどその時、先触れが姿を現した。前回と同じだ。ソールたちは、先触れに連れられて謁見の間への扉を潜る。

 荘厳な雰囲気に彩られた広い空間。けれど、その内部は以前やって来たときより寒々として、重苦しい雰囲気に満ちてている。玉座の上には女王ゲルダ。その傍らには、青ざめた顔色のハルベルトが、厚いマントを羽織り、脇からフローラに支えられるようにしてなんとか椅子に腰を下ろしている。フルールは、その向かい側に無言に腰を下ろしていたが、彼女の視線はどこに向けられているのか良く分からなかった。

 「ハルベルト」

名を呼ばれ、一歩進み出たハルベルトは、胸に手を当てて膝を折ると、女王の前に深く頭を垂れる。

 「急かしたててごめんなさいね。疲れているところでしょうに――まずはハルベルト、帰還と同時に防衛線の表に立たせてしまったこと、ご苦労でした。そなたのお陰で町は守られました。」

 「いえ。間に合ったこと、嬉しく思います。この町は、北の地で最後に残された人の住まう場所。我が故郷でもあります。決して失うわけには参りません」

 「そうね。…アストラッドとフィオーラは?」

 「砦のほうに残られております。今はまだ、おそこも持ちこたえられておりますので」

 「そう」

女王の視線が、今度はソールとフリーダのほうに向けられる。ソールの上に視線を留めた時、女王は、微かに微笑んだ。

 「ソール、フリーダ。そなたたちも無事で何よりです。そなたたちの見事な戦いぶりは私も見ていました。此度、町が守られたのはそなたたちのお陰でもあります。感謝しますよ」

 「見ていた?」

ソールは、意外な気がして聞き返した。「女王さまも戦ってたってことなのか?」

 「ええ。これでも、少しは嗜みがありますからね。フリーダに弓を教えたのは、この私なのですよ」

女王は楽しそうに笑っている。けれどそれは、高齢の女王自らが出陣せねばならない状況だったという意味でもある。王都は、本当に落ちる寸前だったのだ。だからこそ、謁見の間には重苦しい雰囲気が漂っている。

 ソールの態度に異を唱える者は、今回は誰もいなかった。

 ――それまで黙っていたハルベルトが口を開いた。

 「私からも、礼を言わせてほしい。ベイオール…それにソール殿。すまなかった。」

 「謝らなくていい。あの時は、俺もうまくいかなかった」

ソールは、ちらりと肩先のティキを見た。

 「自分一人でなんとかなると思ってた。それに、魔女のしもべは見えてるものを倒せばいいだけだって思ってたからな。戦い方を間違えてたんだ」

 「どういうことだ」

問いかけたのは、隣にいたベイオールだ。

 「気が付いたんだ。氷の巨人は十分な量の雪が無いと生み出せない。雪に土が混じってると駄目なんだ。だから、攻め落とす前に何日もかけて雪を降らせる」

 「なんだと」

 「吹雪のドラゴンのほうは、前にあんたと一緒に作ってるところに行ったよな。ドラゴンは雪が無くても作れるかもしれないけど、たぶん、時間がかかるんだろう。あの巨人は雪から作られるが、新雪じゃないとだめだ。だから地面の雪をひっぺがして進めば、たぶん、何とかなる」

周囲を取り囲むように吊るされた幕の後ろで、微かなざわめきと、人のうごめく気配があった。ハルベルトも唸り声を上げ、手を額に当てる。

 「火の精霊ではなく地の精霊を連れてゆくべきだったというのか? では私は…。あの時、分かっていれば」

 「過ぎ去った時を嘆いても意味がありませんわ」

フローラが隣から腕を伸ばし、男の肩に手を回す。

 「ご自分を責めないで。また、魔女に付け入られてしまいますよ」

 「その通りです」

女王は、おごそかな声で言う。

 「そなたは焦りすぎたのです。そこにいるソールが居なければ、貴重な、人の住める町のいずれかが魔女に攻め落とされていました」

 辺りが静まり返る。

 誰も口を開かなかった。玉座の上から、ローグレスを統べる女王ゲルダは、じっとソールを見つめている。

 「今、魔女に対抗できるのは、そなただけ。私たちはそなたに従いましょう。どうされますか?」

 「ほんの少しだけ、力を貸してくれればいい」

ソールは答えた。

 「雪を剝がすだけなら俺とティキでも何とかなるけど、吹雪の中で戦うのはたぶん分が悪いから。雲を散らす魔法ってあるよな? 前にオラトリオがやってるのを見たんだ。あれが使えれば、吹雪で雪が積もる前に先へ進める」

 「風の精霊ね」

フリーダの言葉に、ソールは頷いた。

 「多分、それかな。」

 「しかし、風の精霊の力を使っても、魔女の作る雲は完全には晴れないぞ」

腕組みをしたベイオールが言う。

 「この雲を散らせないかどうかなどは、今までに何度もやってみた。そのたびに魔女の魔力に邪魔され、すぐに雲が戻ってきてしまう」

 「新しく雪を降らせなければいい」

と、ソール。

 「曇ってるだけなら雪は降らない。雪雲は分厚いやつだ。そうだろ?」

 「しかし――」

 「冬の魔女の力だって無限じゃない。現に、今回、町を守りきれたじゃないか」

振り返って、彼は、女王を見上げた。

 「もし無理なら、別にいい。あんたたちだって、自分の町を守りたいと思うし。」

 「いいえ」

女王ゲルダは、静かに首を振って、膝の上に置いた手を見つめた。

 「不思議なものです。そなたの言葉を聴いていると、私たちでも戦えるという気がします。ですが、今すぐに結論を出すことは出来ません。少しだけ待っていてくださるかしら?」

 「ああ」

 「……。」

その場にいた人々の視線が交錯し、沈黙が落ちる。垂れ幕の向こうからの視線を感じながら、ソールは踵を返し、妖精たちを従えて謁見の間を退出した。最早誰も、彼を笑わなかった。この追い詰められた状況で戦況を好転させられるのは、今やソールだけだと誰もが分かっていたからだ。




 部屋を出たその足で、ソールは、オラトリオのいる塔に向かった。謁見の間には姿が見えなかったから、研究室に行けば会えると思ったのだ。

 「オラトリオ」

銅の扉の向こうの部屋は、静まり返っている。

 「あれえ? 魔法使い、いないねぇ」

アルルは、きょろきょろと辺りを見回しながら飛び回っている。

 「キュッ」

 「上?」

見上げたソールは、天井まである背の高い本棚のてっぺん近くのはしごに取り付いている、黒いローブを見つけた。

 「オラトリオ!」

 「少し待っておれ」

声が降ってきたかと思うと、魔法使いはひょいと梯子から足を外した。飛び降りるのかと思ったが、そうではない。老人の体は重力を無視するように、ふわりと宙に浮かんだまま、ゆっくりと真下へ降下してくる。床の上に足を付けると同時に、オラトリオの周囲をとりまいていた透明な空気が傍らに寄り、おぼろげに、人に似た形を作り出す。風の精霊には、こんな使い方もあるのだ。

 「待たせたな。女王陛下との謁見は終わったのか」

 「ああ。――オラトリオ、これを見て貰えないか」

魔法使いが手にした本を置くのも待ちきれず、ソールは、上着の奥に隠しておいた腕輪を取り出して丸テーブルの上に置いた。ランプの明かりの下で見ると、それは、思っていたよりずっと立派な、隅々まで黄金で出来たものだった。手の込んだ細工が輝いている。

 オラトリオは、ぎょっとして一歩あとすさった。

 「それは…? ただならぬ魔力を感じるが」

 「母さんに渡された。これ、どうすればいい?」

 「母さん?」

 「"炎の山"で会ったんだ。あそこは、俺が生まれた場所らしい」

 「おお、ソール、そなたは…」

オラトリオは額に手を当てている。

 「女物みたいなんだよな。俺にはちょっと、嵌められそうにない」

 「これは、古き神々の遺産だ。魔力を持つ道具だ――”祝福されし黄金”と同じでな。」

 「俺が持っててもいいものなのか?」

 「当たり前だ。財宝の管理者たる乙女が、そなたを新たな管理者として認め与えたのなら、そなたが持っていなくてはならぬ」

 「そうか。でも…戦いの役にはあまり立たなさそうだな。」

首を振って、オラトリオはもはや溜息だけをついている。

 「まったく、そなたには驚かされてばかりだ。だが、そなたの出自が分かればすべて腑に落ちる。」

 「俺は何も知らなかった。それに、父さんの一族も、母さんの一族も、みんな居なくなってしまったんだ。俺は…多分もう、何者でもない」


 "――解き放たれる"


 「そうだな。古き種族はみな滅びてゆくのだ。わしらエルフもだ。…生き残った者たちの血は混じりあい、新たな種族となってゆくのだろう」

 「オラトリオ、前にハルベルトに付き合うことになったとき、あんた勝ち目はないって言ったよな。今なら、どう思う?」

 「分からぬ。」

黒いローブの老魔法使いは、率直にかぶりを振った。

 「そなたは未知数だ。そして今は、そなたに感じる魔力は、わしの知るどの種族とも違う。」

ソールはちょっと肩をすくめた。

 「力を貸してくれる?」

 「無論だ。そのために、わしに出来ることをしておる。少しでも魔女のことを調べられないかと、改めて資料を調べなおしておるところだ。ここの膨大な記録の中からな」

 「しぬまでに終わらなさそうだね」

と、ヤルル。

 「だって、こんなにたくさんあるんでしょ」

 「なあに。殆どの本は内容を覚えておる。案ずるな。ああそうだ、北の山へ行くのだろう? 地図も用意しておこう。明日にでもまた訊ねて来てくれるか」

 「わかった」

魔法使いの研究室を後に廊下に出ると、目の前にアルルがふわりと下りてきた。

 「ソール、また外に出るの」

 「ああ。今度こそだ。今度は絶対、お前たちを危険な目にあわせたりしない。だから――」

 「ボクらはいつも、ソールと一緒だよ」

ヤルルがソールの前髪を掴んでひっぱる。

 「…ありがとな。」

 「キュッ」

ソールは、肩の上のティキもあわせて、三人を両手で抱き寄せた。自分一人では何も出来ないことは、今ではいやというほど分かっている。冬の魔女を倒すには、ここにいる皆の力が必要なのだと。

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