未奈美 1-2
まるで夏の日差しに逆らうみたいに涼しげに、そして軽い調子で敬ちゃんの家の方角を指差して言った。
それから大学から直行する形で私と朝倉くんは敬ちゃんの家を目指して歩いた。地下鉄を乗り継いで、慣れた裏道を通って、敬ちゃんの住むアパートの前に立った。
「――合鍵持ってるよな?」
階段を上がりながら、前を歩く朝倉くんがこちらも見ずに訊ねてくる。私は鞄の中から鈴のキーホルダーをつけた鍵を取り出して頷く。とは言え、敬ちゃんの留守中に上がることはなかったため、使うことはほとんどない。こんな形で使用することになるとは思ってもみなかった。
扉の前に立って、私は一応インターフォンを鳴らした。しばらく反応を待ってみたが、やはり敬ちゃんは今日もどこかへ出かけているらしく、敬ちゃん宅は留守のようだった。
泥棒をするような後ろめたさが私の中にあった。二人で並んで、部屋に入ると、早速朝倉くんは机の引き出しを開けた。
「手分けして探そう。俺はこっちを探すから、西島はキッチンの方でも調べてみてくれ」
居間を調べる朝倉くんに私は頷いてキッチンの方へ向かった。
流し台の下の扉をとりあえず開いてみる。緊張して心臓が強く脈打つ。普段慣れたこの部屋が今はまるで異世界のように思えてくる。開けばモンスターが飛び出してくる。そんなイメージだ。
開くと、手鍋とボゥルがあるだけだった。私はほっと胸を撫で下ろし、一応奥も調べて、扉を閉めた。
よくよく考えれば、物を隠すならこちらではなく、リビングのほうだろう。リビングを入念に調べる朝倉くんを遠めに眺めて一人納得する。朝倉くんなりに気を使ってくれたのだろう。
だから私は安心して、台所周辺と、風呂場、洗面台を調べることができた。洗面台の棚の中にも洗剤や入浴剤(私が持ち込んだものだ)歯ブラシなどしか見当たらず、これと言って怪しいものはなかった。私のもの以外の歯ブラシなんかが見つかったらどうしようかと思ったが、それもなかった。
「こっちは特に何もないみたい」
声をかけると朝倉くんは、本棚の本を開きながら、冷蔵庫の中とか探したかと、こちらを見ずに言う。私はもうほとんど疑念を払拭出来ていたので、入念に調べを進める朝倉くんに半ば呆れていた。たぶん今の状況を楽しんでいるのだと思う。
「そんなとこまで探すの?」
「誰かからもらったケーキとかあるかもしれないぞ」
ケーキくらいなら何の問題もないじゃないか、と私は思いながら、冷蔵庫に手をかけた。
開いてみるとやはりいつも通りの食材が入っているだけだった。相変わらずのがらがらの冷蔵庫を閉めて、今度は冷凍庫を開けた。
そう言えば冷凍庫はあまり開けていなかったな、と思う。大体古いものを冷凍するようにしている敬ちゃんの冷凍庫は随分とぎっしり詰まっていて、奥の方は見えない。意外と物を隠すにはうってつけなのかもしれない。と私は感じた。
手前にある鶏肉をどけて、私はその奥を覗いた。
「ん?」
中に細長い四角の箱があった。小さめの箱で中身はわからない。ビニールで包まれ、どこか厳重に保管されているような雰囲気がした。
手にとって、引っ張り出してみると、随分と軽い。私は一度深呼吸をしてから、ビニールから箱を取り出そうとした。
「――おい、西島。こっち来てみろ」
その時、朝倉くんの声が居間からした。どきりと私の心臓が一気に不安になった。
私は一度箱を見てから、開けるのを止めて、箱を元の場所に戻してすぐに朝倉くんのところへ向かった。
「――何? 何か見つかったの?」
恐る恐る、私は朝倉くんの手元を覗き込むと、彼は英和辞典の隙間に挟まれた紙を取り出して私に見せた。
「地図だ」
それはこの街の地図だった。二枚あって、その両方にいくつかの印が付けられ、道に赤の水性ペンで線が引かれていた。
「何これ?」
点々とところどころに丸印が付けられ、それが線で繋がれている。場所も山奥だったり、住宅街だったり、共通点はまるでない。朝倉くんの顔を覗きこんでみると、彼は眉間に皺を寄せて、何か考えている様子だった。
「どうしてこんなのが隠してあるの? これって敬ちゃんが調べたのかな?」
だけどどうして辞書に挟んで隠す必要があるのだろうか。私はまるでわからずに、朝倉くんが口を開くのを黙って待った。
「――ここ」
朝倉くんが地図の印の一つを指差した。そこは公園で、赤丸がされていた。
「指切り魔の被害者が見つかったところだ」
「え?」
私は覗き込んで、首を傾げた。そう言えば、敬ちゃんは指切り魔のニュースが流れたとき、じっと見ていたような気がする。
「敬ちゃん、指切り魔を調べてたのかな」
「わからないけど、そうかもしれないな」
朝倉くんは地図を広げて、一応スマートフォンで写真を撮った。
「だけど丸の数が多いし、こっちの地図はまるでわからない」
見ると、五つの丸がある。そう言えば指切り魔の事件はこの間の件で三件目だったはずだ。
「なんだろう? 敬ちゃんなりに次の事件を予測してるのかな?」
敬ちゃんは私と違って頭がいいから、それくらいはしているのかもしれない。
「……かもな」
朝倉くんはまだ何か考えているようだった。
私はとりあえずほっとしていた。敬ちゃんがしていることが、とりあえず二股でないことがわかって幾ばくかの安堵が私の中に生まれていた。
「とりあえず片付けて帰ろうか。――心配して損しちゃったよ」
でもこの少しのスリルはちょっぴり楽しくもあった。私たちは来たときのように部屋を片付けて、それから敬ちゃん宅を後にした。
「じゃあ、一応俺はもう少し地図調べてみる。暇だったらお前も付き合えよな」
「はいはい。敬ちゃんと約束なかったら付き合うよ。こういうの結構楽しいもんだね」
今日のことは内緒にしておかなくてはならない。別れ際に私はそんなことを考えながら朝倉くんの背を見送った。
とりあえずの安心を得た私は冷凍庫の奥で見つけた物のことをその時にはすっかり忘れてしまっていた。
あの箱のことを私がもう少し早く思い出していれば、私たちはもっと早くにあんなことを止めることができたのだろう。だけどこの時の私は安堵感でそんなこと微塵も考えたりしなかったのだ。
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