第19話 幻想は空へと打ち上がる②
外に出ると、駅の中ほど人混みを感じなくなった。
普通に道は歩けるし、屋台もそれほど混んではいない。
――ただ、それでも繋いだ手はそのままだった。
「アタシ、花火大会ってもっと混んでるんだと思ってた」
「こっちは第二会場だからな。第一会場はこの五倍は混むぞ。おまけにちゃんと見ようと思ったら午前中から場所取りしないとまともな場所は残らん」
「……意外。久島、こういうの詳しいんだ」
「まあちょっとな……」
志摩が花火大会の事情に詳しいのは『あの日々』の中で花火に行くシーンがあるからだ。
だが、それを美歩に言うわけにはいかない。というか、作家であるということすら、美歩には知られてはならない。
(久森を想って書いた小説を本人に読まれるなんて、恥ずかしすぎて絶対に嫌だろ……)
そう考えた志摩は、美歩に近況を聞かれた時咄嗟に普通の大学生だと言った。まあ、休学中なだけなのでそれも嘘ではない。
「そういう久森はどうなんだよ? 今まで友達とか、か、彼氏とかと、来たことないのか?」
「あ、アタシ⁉ アタシは、あんまり来たことない、かな……だから、久島と来るのが初めてだよ?」
一瞬寂しげなを浮かべた美歩は、すぐにいつもの笑みを浮かべると、握った志摩の手をからかうようにムニムニと押して来る。
「そうか……それじゃ、思い切り楽しまないとな」
男は女の初めてになりたがる。劇作家オスカー・ワイルドの名言の一部だが、まさしくその通り。志摩は美歩を楽しませるべく俄然やる気を出し始めた。
「あ、かき氷〜! ちょうど冷たいもの食べたいと思ってたんだよね〜」
美歩はかき氷の屋台を見つけて嬉しそうに声を上げる。
「いらっしゃい、お二人さん」
ノースリーブに鉢巻き姿の、いかにも屋台のおっさんといった風貌の男が、二人を快く出迎えてくれる。
「久島は何味する?」
「俺は……正直どれでも。なんせ、全部同じ味だしなぁ」
「ええっ⁉︎ そうなの⁉︎」
志摩はちょっとした豆知識のつもりで言ったのだが、美歩は大袈裟なくらい驚く。
「おいおい兄ちゃん、そういうこと言うの止めてくれよ、こっちも商売なんだからさ」
「ああ、すまん。それじゃ、俺はいちごを」
「アタシは……ブルーハワイにしよっかな」
二人が注文すると、おっさんが機械のハンドルを回す。すると氷を掻き出すシャカシャカという小気味いい音がなり、雪のように真っ白な氷が幾重にも積み重なる。そこにピンクに近い赤と、爽やかな水色のシロップをそれぞれかければ完成だ。
「ねえ、今気付いたけどさ。……かき氷持ったら手、繋げないね」
「そう、だな……」
悪戯っぽく笑う美歩に、既に今日何度目か分からない胸の高鳴りを感じる。こればかりはどうやっても慣れないと志摩は思う。
名残惜しそうに手を離して、かき氷を食べながらゆっくりと歩く。
「久島~、ちょっとそっちも食べさせてよ。ほんとに同じ味なのどうか気になるし」
言われて、志摩は右手に持ったいちごのかき氷を美歩の方へ差し出す。
「えー、どうせなら食べさせて欲しいなぁ」
「――っ、いや、それは……」
恥ずかさのあまり志摩は躊躇うが、美歩はそんなことはお構いなしとばかりに、
「ほらほら、はっやく~」
志摩の方に顔を近づけ、目を瞑り口を開ける。
美歩的には味を確かめるために目を瞑ったのだが、その仕草はちょうどキスをせがむようで、一瞬その唇に吸い寄せられそうになった志摩は、それを誤魔化すように慌ててかき氷をすくい、美歩の口へと運ぶ。
「んー、分かっりづらいなぁ……同じと言われれば同じ気がするし、そうじゃない気もするし……」
貰ったかき氷をゆっくりと咀嚼して、美歩は難しい顔をする。
「実際のところ味は同じだ。ただ、香料で変化を出してるから普通に食べてる分には違いは分からんがな」
「なんーか、騙された気分……」
美歩はちょっと拗ねたように頬を膨らませる。しかし、かき氷を食べる手はそれに反比例してどんどん進む。
「……あれ? 久島は食べないの?」
自分を眺めているばかりで全然かき氷に手を付けない志摩を、美歩が不思議そうに覗き込む。すると、何かに気付いたようににやりと笑った。
「あ、もしかして……間接キス、とか気にしてる?」
それを言われた途端、志摩の顔はゆでだこみたいに真っ赤にして口をぱくぱくさせる。しかし、言葉は全く出てこない。
「あはははっ! 分かりやすいね久島は。それじゃ……ほら、これでおあいこってことで」
美歩はひとしきり笑った後、ちょうど間抜けに開いた志摩の口に、ブルーハワイのかき氷をすくってひょいと放り込む。
「――⁉」
あまりに突然の出来事に志摩は照れるのを通り越して完全に固まってしまう。
「アタシだけ貰うっていうのも、不公平だしね♪」
美歩は心底楽しそうに声を弾ませて、固まる志摩の周りを跳ねるように一周する。
――その時、美歩の頬も僅かに朱に染まっていることに、志摩は気付かなかった。
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