第10話 ラノベ作家は再会する③

 れいが連れ去られてから十五分が経った。

 その間志摩は美濃部の仲介で康太と彰との親睦を深めた。

 どちらも見た目はリア充だが、話してみると気の良い奴らであり、美濃部を慕っているのが良く分かった。今回の合コンも全面的に志摩のサポートに回ってくれるらしい。


 そして、残り五分となった時だった。


「それじゃ、俺は帰るな」


 突然美濃部が鞄を持ち席を立った。


「おい、お前は参加しないのか?」


「大学生ばかりの合コンに一人俺みたいなおっさんが紛れていたら気を遣うだろう。さっきも話したが、お前のフォローは二人がしてくれる。だから、心配すんな」


 何となく知り合いがいなくなってしまうことに抵抗感を覚えつつも、志摩とて子供ではないので引き止めたりはしない。


「ハセシマ……こんなこと、もしかしたら余計なお世話なのかもしれないけどな、俺はお前の意思を尊重したいと思ってる。だから、気に食わなければ途中で帰っても構わない。だが、可能性を狭めて欲しくはない。もし見つかるなら、ここで新しい恋を探して欲しい……俺が言いたいのは、これだけだ」


 それは、さっきめあとの関係を知ってから美濃部がずっと考えていたこと。きっと、自分が何もしなくても、時間をかければ志摩は前に進むことが出来る。ただそうだとしても、この場を何かに役立てて欲しいという、美濃部のわがまま。 

 それだけ言うと美濃部は颯爽と部屋を後にした。


「美濃部先輩、ほんとに面倒見いいですよね。俺、あの人が編集者になったって聞いた時、妙に納得しましたもん」


 その背中にどこか羨望の視線を向けて、黒髪の男、彰が感心の声を上げる。


「面倒見がいい、か……確かに俺も仕事とは関係ない相談にまで何度か乗って貰った

ことがあるな」


 互いに名前も呼び捨てで距離感も近いからすっかり失念していたが、本来志摩と美濃部の間にあるのは作家と編集としての契約関係。徐々に欧米のように仕事に仕事外の要素を持ち込むことをよしとしなくなってきた今の世の中で、美濃部のようなタイプは珍しい。


「俺ら、先輩が四年の時に一年として入ったバスケ部の後輩なんスけど、引退した後で就活だって忙しいのにめっちゃ一年のこと気にかけてくれて、先輩が卒業してからも結構飯とか連れてってくれて、ほんと、感謝してんスよあの人には」


 志摩の知らない編集者ではない美濃部の一面。そのはずなのに、彼が文句をたれつつも後輩を気にせずにはいられない様子が目に浮かんでくる。


「そういうわけですから、今日は任せてください。珍しく美濃部先輩が頼ってくれたんです。俺らが全力でサポートしますから」


 そう言って気合を入れ直す彰の仕草に、志摩は一人になった不安が解消していくのを感じた。



***


 

 その後、しばらく三人は美濃部の話題で盛り上がった。美濃部が志摩のことを配慮して人選したのだろう。見た目とは裏腹に話しやすい二人と志摩はすぐに打ち解けることが出来た。


「そういや、今日来るのってどんな子なんだ?」


 集合時間の直前になって、何も知らされていないことを思い出した志摩が二人に尋ねる。


「どんなって、そうっスね……説明し辛いけど、めちゃめちゃいい子たちっスよ。特

に、その内一人はモロハセシマのタイプのはずっス」


「いい子って、俺が聞きたいのはそういうのじゃないんだが……」


 志摩は彰の抽象的でふわふわした説明に頭を抱える。だがそれとは別に一つ、気になったことがあった。


「ん? しかし、なんで俺のタイプだと分かるんだ?」


「先輩から画像貰ったんスよ。これがハセシマの理想のタイプだから、似てる子いたら連れて来てくれって」


 そうして差し出されたスマホの画面には、『あの日々』のヒロイン、久川歩美が表示されていた。


「あいつ……」


 志摩は美濃部の気遣いが有難いやら、見るからに一般人の二人に自身のエゴと性癖の塊であるキャラを知られて恥ずかしいやらでやっぱり頭を抱える。



――それからしばらくして、遂に集合時間を迎えた。


「私、水川美奈(みずかわ みな)って言いまーす! 年は二十一、趣味はスキューバダイビング! よろしく!」


 青みがかった髪が特徴的な今時感溢れるリア充女子が元気よく挨拶の先陣を切る。

 女子と合流し、終始緊張していた志摩だったが、宣言通り後輩二人のサポートは完ぺきだった。このまま各自に任せうやむやな感じで始めれば志摩は話せないだろうと察し、康太の仕切りの下互いに名前、年齢、趣味を自己紹介することになったのだ。


「……名前は、今井遥(いまい はるか)。年は同じく二十一で、趣味は読書……かな。あんまりこういう場は得意じゃないけど、よろしく」


 続いて自己紹介をしたのは深く美しい黒髪の、色白美人の女の子だ。一切日焼けしてない辺り、読書好きというのは本当らしい。夕暮れの図書室が似合いそうだと、志摩は勝手にそう思った。

 それから彰、康太と自己紹介を終え、最後に志摩の番が回って来た。


「えっと……名前は長谷部志摩だ。年は二十。趣味は……一応、俺も読書だな。よろしく頼む……」


 体のいい趣味が思い浮かばずに少しつっかえながらも、志摩は何とか自己紹介をこなす。


「因みに、あだ名はハセシマなっ」


 砕けた雰囲気を作る為なのか、彰が志摩の肩を抱いて勝手に補足する。ハセシマ呼びについては美濃部がそう呼んでいたのを聞いた二人が勝手に真似をし、定着した。


「ていうか女子二人だけなの? 三対三の合コンだって言ってなかったっけ?」


「ああ、それならさっき連絡あって、電車が遅延してるらしいっス。本人からも先に始めててくれって連絡あったんで」


 美奈の疑問に、一応幹事ということになっている彰が答える。人数の偏りについては皆気にしていたようで、志摩も合点がいった様子で頷く。

 その後も彰と美奈が中心になって上手に場を盛り上げ、志摩の緊張もだいぶほぐれて来た。


「えっと……ハセシマ、さん。読書好き……なの?」


 それは、ちょうど話が志摩から逸れたタイミングだった。

 志摩同様にこの場に慣れていないらしく、ここまで美奈に助けて貰いながら話していた遥が、決死の覚悟でもしたかのように唇をぎゅっと結んで志摩に話しかけてきたのだ。

 そんな遥がまるで小動物みたいに見えて、志摩はつい吹き出してしまった。


「ぷっ、なんだお前、俺も大概だと思ったが、それ以上に緊張してんだな」


「お前じゃない、遥。それで、どう……なの?」


 むくれた様子で催促してくる遥にすっかりほだされてしまった志摩は、


「まあ、結構好きだと思うぞ。これでも一応作家の端くれだからな」


 と思わず溢してしまった。


「作家……? それは、趣味で……てこと?」


 突然の作家発言に驚いたのか、遥は怪訝な顔を向けてくる。本人はそんなつもりはないのだろうが、元々落ち着いた印象を受ける見た目のため、志摩にはそれがかなり冷ややかなものに映った。


「あー、一応商業としてやってる。デビューしたのはつい先日だが」


 志摩がそう言った途端、遥は電池が切れたみたいに固まって、手に持っていた割り箸が滑り落ち、床に散乱する。


「そういえば、ハセシマって『あの日々』の作者と同じ名前……」 


「なんだ、知ってたのか。それは少し恥ずかしいが、まあ、そうだ」


「嘘……そんなわけ……」


 どうやら志摩がハセシマだとは信じられないらしく、遥は困惑した様子で口元を抑える。


「あー、横入りするようであれですが、ハセシマの言っていることは本当ですよ。僕

らとハセシマは富山出版で編集者をしている美濃部先輩の紹介で知り合いましたから」


「じゃあ、本当に、本物のハセシマ先生なの……?」


「だからそうだと言っているだろう。なんだ、もしかして俺のファンなのか? もしあれなら特別にサインとかしてやらないこともないが」


「~~っ」


 思わぬ読者との邂逅に嬉しくなり、一気に不遜な態度を取る志摩。しかし、一体何が原因なのか、遥はそれ以降口を閉ざしてしまい、全体のでの会話には参加するものの二人での会話には応じなかった。

 それから互いの通っている大学の話をしたり、遥との会話から志摩が商業作家であることが美奈に知られて驚かれたりと、遥と志摩のぎこちなさが浮き彫りなることもなく楽しい会話が続いた。

 そうこうしていると合コンが始まってから三十分が経過していた。


「彰、もう一人の子はまだ来ないんですか?」


「いや、そろそろのはずなんだがな……」


 流石に心配になった康太が確認を入れ、彰も一度スマホを確認する。その時だった。



 ――不意に、予感がした。



 何故なのかは、志摩自身にも分からない。けど、店内の騒音と合コンでの会話の音で足音なんか聞こえるはずなんかないのに、こちらに近づいてくる足音が大きく鼓膜に反響して、克明に聞こえて来るのだ。

 ドクン、と心臓が周囲に聞こえるんじゃないかってくらい早鐘を打って、熱く熱く、全身が高熱の時みたいに火照って絶頂に似た浮遊感が体を駆け巡る。


(この、感覚は――!)


 最後にそれを感じたのは、ちょうど一年近く前。

かつては頻繁に感じていて、今はもう、二度と感じられるはずのない、『彼女』の近くにいた時、『彼女』を見た時にだけ覚えた、果てのない高揚感。

 呆然とする思考の中、足音はどんどん大きくなり、遂に部屋の前で止まる。


 そして――、


(――ああ、やっぱり) 


 扉を開けて現れたのは、触れば溶けてしまいそうな滑らかなハニーブラウンの髪をした女の子。

 一点の曇りない雪のような白い肌に、卵型の輪郭。その目鼻立ちと淡いピンクの唇は、彼女の顔立ちこそが美しさの黄金律そのものであると断言できるほどに整っている。

 

「久森、美歩……」


 ――壊れるほどに恋焦がれて、覚えられていなくても尚心の奥底で強く強く追い求めている、志摩にとっての『理想の彼女』が、そこにいた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る