烈風「真田幸村戦記」(真田助村編)1
第一章
一
(三年は、皇帝見習いだな・・・)
助村は自分に言い聞かせた。
三人兄弟の中で、一番、大局的にものごとをとらえきれるのが、長男の助村である。
祖母の皇帝、雪の危篤を、
「仮病である」
と察知したのは、助村であった。
しかし、悪意には解釈していなかった。
(病気になることで、宿老たちが今後を考えてくれる。事実、祖母はもう、女性の身であり、しかも、すでに老齢になっていた。この、鳳国という大国を皇帝として背負っていくのには、もう、疲労しすぎて居たのであろう。しかし、自ら女帝に成ると名乗り出た以上、自分から身を退くということは、身勝手過ぎると思われるのではないかとためらわれた。だが、祖母が女帝に成ると言ったのは、六年も前のことであった。私は弱冠、二十二歳であった。まさか、父が、あの若さで死ぬなどと考えもしなかった。それ故に、祖母は、『自分が、帝王になる』ということで、その場を納めようとした。これには、誰も逆らうことは出来たかった。そうやって、私か二十八歳になるまで、時間を稼いでくれたのだ・・・)
しかし、それも、本当に草臥れてきたのであろう。
終身皇帝などというのは、出来る訳がない。
祖父でさえ、上帝という形で退位している。
祖母は、今が潮時と思ったのであろう。
何故か、幹部と言われる人たちが、殆ど大阪城の本部に帰ってきていた。
(この時、以外にない)
と、祖母は思ったのであろう。
それは、間違ってはいない。
助村は、自分なりに、そう分析した。
助村の大局を読む力は、狂ってはいなかった。
(今、皇帝という重い地位から、祖母を解き放たなければ、祖母は、本当に寿命を縮めるであろう。こんな親不孝はない)
故に、助村は覚悟をして、決断したのであった。
そして、三宿老たちも、そのことは薄々と感じていたのではあるまいか。
『危篤』が上手く回復してくれたら、こんなに嬉しいことはないのである。
(雪様のこの芝居は、決して悪意からの『芝居』ではない。そこを察してやれなかった我々の知恵の回り方が、足りなかったのだ。雪様に、今後、のんびりと老後を楽しんでいただこう。思えば、大阪城、冬の陣の、大戦さからの事を、きちんと理解してくれている者は、本当に少なくなった。村公は、常に、徳川と戦うのと同時に、豊臣とも戦ってきたのだ。それを知っているのは、竹林宮雪様だけになった。村公は、いざという時のために、九度山を始めあらゆるところに、軍資金を貯めてきていた。それを守ってきてくれたのは、雪様だったのだ)
「時代が、新しさを求めているのだ。我々でさえ、子飼の新しい人財を知らぬ間に育て、集めているではないか。時代が、見事に新陳代謝を求めているのだ。そこが理解出来ないものは、単なる骨董品として、取り残されて行くだけだ」
と、武蔵がいった。
「幸いなことに、助村様も幸大様も助幸様も、大変に理解があって、ありがたいことである」
「このことを一刻も早く、大会議に掛けて賛同を得たら、九度山の雪様にお伝えしたい」
「その通りだ。が武蔵よ。ケリー中将は、雪様のお気持ちを存じていたぞ。お主は知らなかったのか・・・」
孫一が、訊いた。
「まことにもって、情けないことだが、ケリーは、雪様の事は口が固い。それでなくては、あの役目は勤まるまい。嫌なことを思い出させるが、淀とのと淡島殿の事を思えば良い・・・」
「成程な。合点はいく」
「口の堅さとは、そういうものだ。恐らく、墓場まで持っていく秘密もあるだろうよ」
と、武蔵は言った。
*
翌朝、大会議は開かれて、竹林宮雪様はご体調が優れず、ご退位をなされ、次の皇帝には、嫡男の助村様が皇帝に就かれること。
就いては、『副皇帝』の位は廃止されて、幸大様、助幸様は、『枢機卿』の位に即位される。
この鳳国も『新しい時代』にはいったのである。
「以上である。これに異論のある者は、挙手のうえ、充分に意見を述べられるが良い」
信幸が述べた。
異論は一切なかった。
「賛同のものは、起立を願いたい」
出席者全員が起立した。
「この旨、三宿老が九度山に出向いて、ご病床の宮様にお伝えする。新皇帝と枢機卿、お二人にも、ご同道を願い上げ奉りまする」
と武蔵が言って、閉会となった。
*
「ほっとしました・・・」
と雪は、病床の上に起き上がると、宿老三人に頭を下げた。
本当に、顔色が良くなっていた。
精神的に肩の荷が下りたと言った感じが、宿老三人にも判った。
ケリーが何くれと無く、面倒を見ていた。
他の者に変えようとすると、
「お願いだから、ケリーに居て貰って頂戴」
と、雪が哀願するようにいったので、引き続いて、ケリーが介護をした。
「長男の助村が皇帝を引き受けましたか?」
「昔から、自分が皇帝に成るほかはないのだと、心に決めていたそうです。ですから、何の違和感もなかったです」
武蔵が言って、孫一が補足するように、
「環境でしょう。長男というのは、重いものです。覚悟を胸に二十八歳まで、ご自分なりに生きてきたのだと思います。素晴らしいことです。会議中、誰も反対する者はいませんでした」
と、言った。
「他の二人は、枢機卿という位になるのですね」
「はい。副皇帝では、皇帝との差がなさ過ぎます」
「お二人とも、兄を補佐すると申しておりました。本当に、これからは、元の雪様に戻られて、どうか、これからの人生を楽しんでください。そのためにも、健康を取り戻してください。気のせいか、お顔の色が、段々と赤みが差してきているようです」
「これも、ケリーが、献身的に面倒を見てくれているお陰です。ありがとうね、ケリー」
「いいえ。雪様のことが大切ですから、私なりに努力しているだけです」
「それにしても、昔から、お二人は仲がお宜しかったですからね」
と、孫一が言った。
「早速、明日からは、三宿老が付きっきりで、皇帝学を教えていきます。助村皇帝も大変な勉強をしなければなりません」
と、孫一が言った。
「これだけの大きな強大国です。わかれば判る程、恐ろしくなりますよ」
「皇帝という存在は旗印です。凜と屹立していて貰わねばなりません」
と、武蔵が厳しく言った。
ケリーを置いて、九度山を去った。
勿論、警護の者は、今までと変わらなかった。
みなが帰ったあとで、雪は、
「ケリー、本当にありがとう。私には、本当にあそこまでが、皇帝としての精一杯だったのよ。それを言ってくれて。もう、ポキリと折れそうだったの。その意味では、本当に危篤状態だったのよ」
「雪様。もう終わったことです。ゆっくりと休んでください」
ケリーが、雪を寝かしつけるようにした。
*
それからの助村の毎日は、尋常ではない多忙さであった。
先ず、領土の広大さを覚え、軍事力を覚え、国の基本は、土木と農業、鉱業、工業、将兵の一人々々の練兵の強さ、兵器、武器の最新性、情報力の大切さ、外交の巧みな使い方、国の経済力、商業の大切さ、食糧は、最大の武器であること。
戦争は出来る限りしてはならないこと。
国民は全て、自分の子供であること。
将の名前を覚えること。
今の、兵器、武器、戦艦で大丈夫か?
兵器、武器の研究は?
燃料は充分有るか。
どれくらいの穀物が出来でいるか。
備蓄の穀物の量。
商品にしてもよい、穀物の量。
金、和金(小判・大判)、金貨の量。
金は、経済の基本であること。
これらを毎日のように、三宿老以外にも、菅沼氏興、田中長七兵衛、松井善三郎、内田勝之助、海軍のことは清水将監と愛洲彦九郎、青柳千弥、高梨内記。海兵隊のことは綿貫量之介と言うように、猛烈な勢いで猛講義を受け続けた。
「ああ・・・頭が莫迦になりそうだ」
と、言うくらい詰込まれた。
それでも序の口であった。
「これくらいは、新兵でも判って居るぞ」
武蔵や信幸、孫一に徹底的に叩き込まれた。
そう言う教育を半年間やらされた。
流石に、鳳国のアウトラインは、判ってきたようであった。
「一体、どれくらい大きな国なのだ?」
というので、船団を一個師団組んで、国の広さを肌で感じさせようと言うことになって、世界一周を企画した。
先ず日本の全てを見せて歩いた。
その田園も、稲で青々としていた。
陸は小型の司令車でまわった。
何処を見ても、豊穣な田園光景であった。
「実に、平和な田園風景である」
助村がいったが、武蔵が、
「こうなるまでに、祖父の幸村公が、どれほどのご苦労をなさったことか。それまでは、各山河は、荒れ放題でござった。各村々は飢饉で、集団離村者が山のように出て、道端には餓死者が倒れていて、それは悲惨でござった。いまのヨーロッパが同じでござる。強い指導者が出ない限り、あの惨状は解決しないでありましょう」
「指導者によってそんなにも違うものなのか」
「はい。天と地程に違って参りましょう。ですから、すこしでも良き指導者になって頂くために、こうして、先ずは日本中を巡視して頂いて居るのです」
「相判った。心してこの光景を目に焼き付けておこうぞ」
*
同様にして、世界を回って来て、助村はその国、鳳国の巨大さを思い知った。
「これだけの国を祖父、幸村と父、大助と祖母、雪が造り上げたのか・・・」
二人の枢機卿も同道していた。
同じく驚愕しかなかった。
「この巨大な国を兄を中心にして、我ら三兄弟で守り抜いていかなくてはならないのだ」
と幸大が言って、助幸が大きく頷いた。
改めて、地球儀と世界地図をひろげて、三人が凝視し続けた。
その姿を三宿老以下の重臣たちが見守り続けていた。
(この、お坊ちゃんたち三人に、鳳国が守り切れるのか)
重臣たちの誰と言うこともなくが、不安な思いにかられていた。
そこに、
「ご苦労さまでございました・・・」
という、女性の声が掛ってきた。
雪であった。
ケリーに支えられて杖をついていたが、確りとした足取りになって現れたのであった。
「ご無理をなさっては・・・」
と、武蔵が案じたが、
「みなが、世界中を回っていた、この半年余りで、体も心も、このように丈夫になりました。たまには遠出もよかろうと、体操のつもりで邪魔ではありましょうが出張ってまいりました。三人のボンボンのために、三宿老を始め重役方が、色々とご苦労を致しているのを聞き、一度はお礼を言いたくての。この通りじゃ」
と雪が頭を下げた。
「勿体ない・・・表をお上げくだされ」
と、武蔵が恐縮をした。
他の二人も同様であった。
「幼い頃から、鳳国の大きさは、いい聞かせては参りましたが、聞くと見るのとでは、大違いであったであろうよ」
「はい」
皇帝以下、三人が同時に頷いた。
「さて、この広大な国を駆け足で見て参りましたが、この世界地図でもお判りのように、どうやって統治していけば良いのか。途方に暮れております」
「案じない。今は、知識として、承知しておくだけで充分じゃ」
「はい」
「その地域には、司で、総統が統治しておられる。みな、立派な総統である」
「はい。西シベリア、中央シベリア、ここは総じて高原でありましたが、更に、東シベリア、ここはまだ、開発途中とのことでありました。そして、アラスカ、北カナダの一帯を宮本武蔵総統が統治しておられる。さらに大きく飛んで、新大陸の南アメリカの三国も、武蔵総統は統治しておられる。ここは、第一国が、北からコロンビア、ベネズエラ、ガイアナ、スリナム、ギアナ、東側に飛んでエクアドル、ペルー、チリの八箇国を一国に併合した。次の第二国は、ボリビア、パラグァイ、ウルグアイ、アルゼンチンを一国にまとめた。そして、第三国として、ブラジルを一国とした。生意気ですが、実に合理的に纏めたものと思います。流石は武蔵総統であると思いました」
「違います。そのように纏めたのは、前(さき)の皇帝、お雪様が、現地で戦いながら、そのように計画されたのです」
と武蔵が訂正した。
「拙者は、それを実行したまでです」
「そうだったのですか」
「ふふふ・・・実行する方が難儀ですよ。特に、コロンビアと、ベネズエラは、麻薬が蔓延(はびこ)っていて、ヤクザだらけの国でした。どうなることかと思っていましたが、武蔵殿が、徹底的に退治をして、今のような、平和な田園都市の国にしてくれたのです」
「その北のパナマ、コスタリカ、ニカラグア、エルサルバドル、ホンジュラス、グァテマラ、ベリーズ、メキシコを一つの国にしたのは、直江兼続殿、直江殿は、豪州、東豪州、上豪州も統括して居られる。その先の南洋は、鳳国発祥の地でもあり。大根城の鳳凰城のある大切な地域で、鈴木孫一総統が管轄しておられる。孫一殿は、アフリカ全土を統括して居られるが、現地で統括して居られるのは、ご次男の孫介どのである、年齢が私に近いので、親しみが持てました。そして武龍と東北アジアを統括して居られるのが、大叔父の真田信幸である。武龍の西隣は、カザフスタン、中央アジアと、ウラル山脈以西のロシアと東欧諸国で、一番敏感であり、危険な地域であるが、ここを統括しているのは、大叔父の真田十兵衛である。身内は、殿を省略しました。そして、新大陸の北アメリカの西部と南部、南カナダを統括しているのが木村重成総統。それに、太平洋のハワイ、ミクロネイア、メラネシア、ポリネシア。ここは、ポツポツと浮かぶ島ですので、海軍の管轄で、清水将監提督と愛洲彦九郎提督とで管轄しています」
これらのことを助村は、何も見ずに、空でいったのである。
「ほう・・・見事じゃ。間違いは何も無かった。嬉しい限りじゃ」
と、何時も怖い武蔵が、相好を崩した。
「これらの、総統の上に居られるのが、お二人の枢機卿と一番上が皇帝でござる。この総統たちは、何れも怖いですぞ。皇帝にも、平気で文句をつけますからな。ところで、ここらで、少し、鳳国も若返りを図りたい。まず、儂の南米だが、コロンビアで代表する一の国を高橋是高を将軍として統括させたい。次の二の国、アルゼンチンを、小林勇を将軍として統括させたい。三の国ブラジルを京町ケスラーを将軍として統括させたい。さらに、北カナダを武藤一二三を将軍として統括させたい。アラスカを岩上書之介を将軍として統括させたい。東シベリアを八幡野仙吉を将軍として統括させたい。中央シベリアを野村当麻に、これも将軍として統括させたい。西シベリアを馬込新吉を将軍として統括させたい。神林俊春を沿海州全域の将軍として統括させたい。モンゴル全域を村上吉之介を将軍として統括させたい。以上十名で、若返りを図りたい。儂は、統括として全体を見るが、日常は、皇帝の来られる脇で、本部詰めとする。孫一もそうしろ」
「判った。本部詰めになろう。これから人選をする」
「直江兼続殿もそうせい。人選に掛れ」
「判った。潮時だな」
「それが出来んのは、木村重成殿と十兵衛だな。ヨーロッパは危ない。何時でも応援にいくがな」
「意味は、わかる。若返りは少しづつで良い」
と十兵衛が答えた。
「儂は?」
「近いんだから、もう少し、いったい来たりだな」
「人遣いが荒い」
「伝統だ。武龍に誰か、置けよ」
「もう、置いている」
「誰だ?」
「倅の、信時だ」
「しかし、おおきくなったなあ・・・」
孫一が、世界地図を見て、改めた言った。
武蔵が頷いた。
その目の中に、一抹の不安が宿っていた。
孫一は、それを見逃さなかった。
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