第一章 7

   七


 本陣船は、来ていた。大西洋に浮かんでいた。

一同が、そのまま、本陣船に旗艦を横付けして、桟橋をかけて、乗り移った。

ドイツの司令官と、副司令官も乗った。

「こたびは、連合くだされ、大変にありがたく思っています。その上、ご出兵までしていただき、感謝しています。これをご縁に、あらゆる条約を結んで、兄弟国となりましょう」

「ありがたきお言葉、たち帰って、我らの皇帝に伝えたく存じます」

「大義でありました」

 というので、パリまで、護衛隊をつけて、ドイツまでは、ドイツ兵を引き連れて、帰国した。

本陣船は、一同が、乗ったまま、地中海廻りで、黒海、カスピ海、シベリア横断の、川と、運河を渡って、ウラジオストクから日本海、青森海峡を抜けて、太平洋に出た。

日本を、通過して、そのまま、鳳凰城に向かった。

その間も武蔵の側を離れずに、世話を焼いている女性がいた。

ケリー准尉であった。

それを見て、早速、孫一が、イジってきた。

「武蔵、そちらの、美しい女性を、紹介しろ」

 と、ニヤニヤした。

「うむ。せ、拙者の三番目の妻だ。ケリー准尉である。初めて、恋愛をして、妻にした。北欧系でポーランドから、鳳国に移民してきた。兵学校から、士官学校に入って、優秀な成績で、卒業して、准尉になって、儂の近衛兵になった。ごほん・・・それだけだ」

 それだけ言うので、顔が真っ赤になっていた。照れまくっていた。

「ケリー准尉であります。よろしく、お願いします」

 ケリーは、ネイチャーな、日本語を喋った。

「ほう、武蔵がなあ・・・結構なことだ。准尉だなんて、ケチなことを言うな。大佐にしろ。外交上も、具合が、悪い、大佐でも、押しが悪い。中将にしろ。上帝命令だ!」

「えっ・・・そんな・・・」

「そんなも、あんなもない。誰ぞ、中将の制服を、持って参れ」

「はい」

 と、小姓が、走って、船内衣服部屋を、掻き回して、やっともってきた。

「ケリー中将、着替えて参れ」

 幸村が、命じた。

やがて戻ってきた、ケリーを、見て、全員が拍手をした。

ケリーは背がたかった。

そのために制服がよく似合った。

「ケリー中将、上帝命令である。良く訊け。武蔵将軍を、大切にせよ。恩人と思えよ。儂からの引き出物だ。一族は何人だ」

「三十二人であります」

「よし。武蔵にやるのではない。ケリーにプレゼントするのだ。金貨の箱を、三つ持って来い」

 運ばれてきた、金貨の箱が三個である。

「武蔵を一生、大切にせよ。常に側にいろ。そのための中将である。判ったか。それで、一族も、不自由しないだろう」

「はい! ありがとうございます!」

「武蔵。何とか言え」

 孫一が、揶揄した。

「何もない。戦争に勝ててよかった。ありがとう・・・で、ござる」

 全員が、大爆笑した。

「武蔵の、こんな、困った顔は、見たことがないわ」

 幸村が、腹を抱えて、涙をこぼした。

船は、台湾の南の、バシー海峡を走っていた。

三十五ノットというのは、想像を絶した。

「真面目な話をする。フランス軍の戦争で、鳳国軍は、戦死者なしである」

「オランダも、そうだ」

 十兵衛もいった。

 続いて、武蔵が、

「なぜか? 鳳軍の兵士の見事な動き。戦車、装甲車、装甲戦闘車、自走砲の破壊力、そして、機動騎馬隊の、素晴らしい動き。これでは、どの国も勝てない。司令車の、拙者の横に、意図的に、座らせて、戦闘能力を、副司令官に見せた。無言で、溜息をついていたが、鳳国に、戦い挑むなど、狂気の沙汰だと言っていた。本音だな、ドイツに、戦前に金貨の箱、十個を渡した。軍資金である。礼儀と思ってお渡しする。これにも驚いて、急遽、出陣の兵の師団数を、増員したが、鳳国軍の戦法に、手の出しようが、無かった。戦後、しみじみと、敵でなくってよかった。と言っていた事を報告する。ともかく、ヨーロッパで、初めて、連合を締結してくれた国である。あらゆる条約を結んで、兄弟国になりましょう、といったら、望むところです、と言う返事であった」

 武蔵の後で、ケリー中将が発言した。

「ヨーロッパに於いて、三大強国というのは、イギリス、フランス、ドイツです。これは、ヨーロッパに育った者なら常識です。その中で五個国を、あっという間に倒した、ミラクルパワーは、ヨーロッパ中、大変な、驚きと、騒ぎでしょう。しかも、ドイツと、友好的に兄弟国になりました。もう、どの国も、鳳国を、帝王の国と見るでしょう。それが、常識だと思います」

 その次に、十兵衛が、冷静に言った。

「五つの国王の冠を差しだしてきた。しかも、国王は退位した。その座は、空位である、といってきた。無条件降伏であるといってきた」

 誰もが黙った。すると、再度、ケリーが、言った。

「ヨーロッパでは、国王が、代わるのは、不思議なことではありません。実力の無い王は、次の強い者に、取って代わられます。そのときに、ギロチンで首を落とされます。王冠を差し出したというのは、そういう意味です。それが、怖くて、王位を、差し出したのでしょう。王冠を、点検して下さい。真贋を見て下さい。多分、本物でしょうが」

 ケリー中将の言葉には、説得力があった。

「まてよ。こういうことではないか。戦っても負ける。和平交渉が、上手く行っても、その後だ。鳳国のと、交易は、今後、ままならなくなる。国民を飢えさせる、飢餓で各地で、暴動が起きる。だったら、やめちゃえ・・・かな?」

五つの王冠が運ばれてきた。いずれも、見事な王冠であった。

ケリー中将が、再び、発言した。

「恐らく本物でしょう。仮に偽物でも、この状況では、本物です。王冠など、鳳国で、新しく、より、立派な物を作れば、よいことです。拘る必要はありません。問題は、その五カ国を、素晴らしい国にして、国民に、支持されれば、善政の王と成るでしょう。まず、食料です。国民を飢餓から、救うことです。そして、農政や、その他の事を、変えていけば、国民は、付いてきます。それが出来るのは、鳳国だけです。移民だから、判るのです」

「ケリー中将の見解は素晴らしい。彼らが、指定の日に来る。それまでの事も、尋ねてみよう。どういう結果になるか、こちらが、考える事ではないわ」

 と、幸村が、結論づけたが、

「しかし、いざ、王になると言っても、さて、この役回りは、重いし、キツいぞ」

と幸村が、付け加えた。

「俺は、柄じゃないからな。早々に外しておいてくれ」

「いや。案外、孫一が、はまるかも」

「莫迦言わないでくれ。俺は外してだよ。武蔵か、十兵衛か」

「今の、の仕事で、精一杯だよ」

「その通り。拙者には、荷が重い。片目だしな」

「は? 片目を、口実に使うか。便利だな」

「ふふ・・・」

「結局のところ、上帝さまに・・・」

「儂は、隠居だ。清水将監と愛洲彦九郎を、陸に上げて、二人だ。後、三人」

 と、馬鹿話をしているうちに、鳳凰城に着いた。

 淀、秀頼、大助が迎えに、出てきた。

淡島も、才蔵、佐助もいた。

 大書院に、落ち着いた。


                 *


 それは、衝撃的な一言であった。

「イギリスには、女王の制度が有ります。つまり、女でも王座に就ける、ということです。そういうこと、でしたら、私が、女王になります」

「あっ・・・」

 一同が、虚を突かれた感じになった。

「そうか、淀が、イギリスの女王にな・・・」

 それは、誰もが、考えていなかったことであった。

 さらに、ケリー中将が、

「それなら、私が、フランスの女王になります。フランス語は、得意ですから」

 名乗りでたのである。

 そこに、清水将監と、愛洲彦九郎が、タイミングよく、現れた。

 孫一が、要領よく、これまでの経緯を説明した。

「そういうことで、清水がスペインの国王、愛洲がポルトガルの国王である」

「え? そ、それは、命令ですか?」

「勿論、命令である」

 と、幸村が、厳然といった。

 二人は、黙ったままであった。

「あと一人、オランダだ」

 といったときに、大助が、

「素晴らしい人物がおります」

 といった。

「ん・・・」

(誰だ・・・)

「鈴木孫丸です」

「なに?」

 孫一が、仰天した。孫一の長男である。

「そろそろ、若い人材が現れないと、鳳国は危ないです」

 と、大助がいって、

「その通りだと、思います。若い力を、信じてください」

「その上で、ヨーロッパ、五カ国を、統治する、帝王が必要です。これは、武蔵将軍しかおりません。地理的に近いこと、すでに、ヨーロッパ中に、その名が知られており、ムサシとジュウベエの名を聞くと、泣いている子も、泣き止むと言う存在です。当然、真田十兵衛は、大王になって下さい」

「大助。いつの間に、そんな、政治力を身につけた。確かに妙案である。盤石だ」

「お二人は、ドイツにも、睨みが利きます。武蔵将軍は、ケリー女王の夫ですから。濃密に、押さえが利くでしょう」

「それでよかろう頼むぞ、武蔵、十兵衛。」

「はっ」

「承知」


                 *


 ヨーロッパ五カ国の使者と、ドイツからは、三人が来た。首相と軍の司令官と副司令官である。

各国の首相、と外務大臣が来た。

国王が退位を表明したので、いまは、首相が、国の一番の役職ということになった。

「この王冠は、本物であろうな?」

 と孫一が詮議した。

「勿論でございます」

 と、各国の代表たちが、首を縦に振って答えた。

「む。つぎに、王は退位したというのは、本当であろうな」

「はい」

「現在、王位は空位あるというのは?」

「本当でございます」

「後嗣は?」

「おられますが、名乗り出れば、首を斬られると、即位を固辞しておられます。ですから、空位なのでこざいます」

「王統が、絶えるぞ」

「仕方が、ございません。どこからか、迎えねばなりません。しかし、どこの国も、ヨーロッパの王室は、殆どが親戚なのですが、こたびの戦争で、無残な敗北をいたしました。鳳国の軍の強さを、いや、と言うほど、思い知りました。海軍は、インド洋海戦で、こたびは、陸軍も、あれは、何というのでしょうか、船から、続々と兵士や、兵器が降ろさせて、突然、海軍が陸軍になります」

「海兵隊じゃ。海軍にも、海軍内陸軍も、乗せている」

「飛んでもない、軍隊です。世界中で、鳳国の軍隊に勝てる国は、有りません。海も、陸も、完璧です。その上にドイツが連合して、兄弟国になったという事では、勝ちようが、ありません。近く、武蔵将軍には、ドイツの皇帝の次女が、四番目の妻として、輿入れをするとのこと。十兵衛将軍には、四女が結婚と、深い結び付きになります」

「儂は聞いておらんぞ。それに、将軍ではない」

 間髪、幸村が、

「いや。将軍である」

 と、それまで、黙っていた幸村上帝が、強い口調で、凜としていった。

「はっ」

 といって、全員が、低頭した。

「では、話を続けるが、その、空位の王位には、鳳国の、然るべき者が、王位に就くが、よろしいか?」

 孫一が、話を進めた。

「先ず、オランダには、儂の長男が、王位に就く。孫丸と申す。次にはスペインには、清水将監提督が、就く。ポルトガルには、愛洲彦九郎提督が、就く。そして、イギリスには、上帝の統室の淀君が就く。最期のフランスだが、ここの王はイギリスとおなじく、女王である。ケリー・エリザベスである、そして、五カ国の統括の王が、真田十兵衛将軍である。以降は、大王となる。十兵衛将軍は何を隠そう上帝の、弟君である故に、真田なのじゃ。その上に、象徴として、宮本武蔵総統が、ヨーロッパ五カ国の、大帝に就く。ご異存はあるまいな。

無条件降伏とのこと故、我々もこれ以上無理な条件は付けない。ただし、王を警護するために、何個師団かの、兵を置く。それと、警察するのは当然である。各国に警察及び、警察機動隊を、配備する。以上である。まず、国を立て直すことを、考えなければ、ならない。緊急の食料支援を考えているが、この食料配布には、各地に配置する、警察の手で配布する。今までの経験から、食料支援の場合、その国に配布を、行わせると、大体が、こう言っては失礼だが、その国の、役人が、横領して、肝心な、飢餓の国民の手には渡っていない、住民登録を行って、家族の人数に応じて、配布する。住民登録をしないもの、出来ないものは、配布を、受け取る資格がないので、恩恵は、受けられない。これらは、王室補佐官によって事業を、計画、立案して、警察機構に降ろされる。王室補佐官は鳳国から派遣する、補佐官補を、出して貰いたい。政府機構は、今までのまま結構である。勿論、首相以下の各官僚も、いじる、積もりはない。ただし、こちらの行政行為に不都合があれば、その限りではない。即刻、やめて頂く。次の地位の者が就く。なお、衛生、医療、病院、学校、消防の機構を、即刻作っていく。新しい国造りである。それと、農業改革を行う。地主と、農奴の制度を、変えていく。抵抗するものは、容赦なく、排除する。団体行動を、執った者立ちには、警察機動隊によって、その場で排除、場合によっては、人命を獲る。改革には、厳しい覚悟がなければ出来ない。他の産業は、追々おこなう。宗教は、迫害はしないが、既得権益は認めない。企業で、財閥と思われる企業は、財閥の解体を命ずる。憲法、法律については、鳳国の法務班で、徹底的に、調査して、改良する。多分、我々の言う通りにすれば、素晴らしい国に成る。そして、こんご、軍備は、これを持たない。平和宣言をする、いまの、軍隊は、陸、海共に、解散を命じる。以上だが、ご質問は、我が、鳳国は、何も、奪わない。与えるだけである、受け取る用意を、最善を尽くして、行って欲しい」

「占領は?」

「しない。我々は、誤解をされているようであるが、覇権主義のように、思われているよう

だが、自由と平等を、何よりも大切にしており、他国を侵略したことはない。武龍も、明が自滅して、仕方なく、引き受けたものである。シベリア、カザフスタンは、大金で買ったものである。五千万両もの、金を支払っている。それが真実である。こたびの戦も、ヨーロッパ五カ国が、手を出さければ、起こることではなかった。インド洋海戦と同じで、我々は、自衛をしただけである。大義のない戦争は、いたさない。我が国の、日常は、いつも通りである」

「恐れ入りました。新王のご到着を、お待ちしております」

 と、幸村が、上段から、厳かに、

「大義であった」

と言って、帝王と共に退座した。一同が、平伏した。


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