第一章 2

    二


 鳳軍の海軍が、革命的に、生まれ変わってしまった。

 大助は、シャム湾や、南シナ海を、自分の家のプールのように使って、あらゆる実験を行うようになっていた。

七本マストの戦艦の、船底に、完成した、外燃機関のボイラーと、タービン、それを動力にして、スクリューを回転する、シャフトを、四基掛けで運転した。

四基のスクリューの、羽根の配位場所や、角度、羽の表面の凹凸など、あらゆる研究を重ねた。

その様子を見ていた、孫一は、

(幸村の、若いときと、まるでおなじだ。納得するまでやめない。その上に、さらしに改良させる。研究者と職人殺しだな)

 変速機の、ギヤを。

六段と後進一段で歯車は、すべて、金属にした。

ギヤボックスの中には、オイルが入っていた。

「よし。試運転だ!」

 服も、顔も油まみれになっていた。

「これが、最終の完成形だ。」

 と、孫一を見て、油だらけの顔で、思い切り、子供のように笑った。

日焼けで、真っ黒な顔の中で、歯だけが皓い。屈託のない顔であった。

 初速で七本マストの戦艦が、ゆっくりと動く。帆は一枚もはっていない。

「よし。二速!」船足が、早くなった。

「三速!・・・順調なら、四、五、六速にまで、いれろ!」

 六速で、走ると、三十五ノットは出た。

「孫一! やったぞ! この船に敵う、早さの船が、どこにある?」

「無いな。大助」

(儂は、父子二代でこういうことに付き合うのか)

「このスピードで、走りながら、主砲を、ぶっぱなして、的に当てたら、怖いものなしだ!」

 孫一も、こんな早さは、初めての、経験だった。

「よし! 鳳の海軍、海兵隊は、逐次この方式に変える。商船も、輸送船もな。全ての仕事が早くなる」

 船艦は、正しく、波の上を、飛ぶように走っていた、エンジン音も、決して喧しくはなかった。

「この船だったら、どこの国にも負けないだいたろう」

「この船で、主砲を、撃たれたら、全て白旗だな」

「よし。次だ」

「次?」

「内燃機関だよ。あれが完成すれば、小型戦闘艇、戦車、装甲車、装甲戦闘車。大砲も。自走砲に出来る。そして、俺の、夢の二輪車だ、騎馬隊がいらなくなるぞ」

「ああ。親父さんと、双子みたいだ」

「しかし、この船の艦隊で、シベリアにいったら、武蔵や、十兵衛が、どういう顔をするかな」

「まず、親父だろう。見せるのは」

「九度山に隠居してないで。大阪城まで来い。木津川までいってやる」


                 *


幸村が、木津川で、新式の、戦艦に乗った。

三十五ノットを経験して、

「見事だ。いつかこうなると思っていた」

 秀頼も乗った。ただただ驚愕した。言葉もでなかった。

 さすがに、秀頼も、

「どういうことに、なっているのだ?」

 と、スピードぶりが、不思議な気分に、なっていた。

機関の説明を受けても、まるで、納得がいかないでいた。

無理もないことであった。

科学と、化学の研究の塊が、走っているようなものであった。

秀頼には、そういった知識は、殆どなかった。

それで、理解しろという方が、無理であった。

恐らくは、世界の中でも、この戦艦の三十五ノットの早さの、原理を判っている者は、そう、何人もいるとは、思えなかった

「爽快だな。この試験艦を、乗り潰す積もりで、試験走行をして、よしとなったら、鳳海軍の機関を、載せ替えろ。内燃機関よりは、故障は、少ないだろう。しかし、一度に総てを、入れ替えるな。念には、念を入れろ、が科学の世界だ。何が起きるか、判らない。十分の一を、載せ替えて、試験走航して、不具合を直しながら、ゆっくりと、載せ替えてゆけ。国の根幹だからな。十分の一でも、各艦隊に一隻は、行き渡る。この船が、各艦隊に、一隻入るだけで、全員、腰を抜かすだろう。先ずは、操船技術から、学び直しになる。それだけでも、大変なことだ。その一隻で、全員が操船を学ぶ。この船は、大助の研究班のものが、操船しているから、快適に走っているが。他の兵士たちでは、こうはいかない。一度に全部を、載せ替えたら。国の防衛が危うくなる。そういうことも学べよ」

 幸村が言うのに、大助は、

(もっともなことだ。さすが親父だ・・・)

 と思った。

(冷静に、観察しているな)

 幸村の言葉に納得した。

「この力を、農業や、鉱業、土木につかえないものかな? 機関の小型化で田起や、道の工事で、この力が使えたら。シベリア、豪州、カザフスタンで、天地が、ひっくりかえるぞ。科学の、平和利用だな」

 と孫一に、判りやすく説明した。

「うむ。大切なことだ。内燃機関なら、小さいから、利用しやすい。気筒数を増やせば、馬力もでる。ディストルビューターの、研究だな」

孫一が言うと、

「え? 孫一も、内燃機関を研究しているのか?」

「好きな奴が多い。やるなと入っても、知った以上は、研究する。外燃機関は、易しいから、完成は早いだろう。問題は内燃機関だ。これに、挑んでいる」

「儂のところでも、和歌山城で、やらしている。海が近いからな。なんとか平和利用を手探りでやっている」

 と幸村が、けろりとした顔でいった。

「大助のところでは、雪が、陣頭指揮を執っているな」

「え? わ、私が頭だ」

「頭。頑張れよ」

 幸村が、励ました。孫一が、「ふふふ・・・」と笑った。

「儂のところに、大助と同じ歳の長男がいる。次男もな。年子だ。長男が、孫丸。次男が、孫介だ。二人とも、機械好きだ。儂に似た。母親は、早くに病気で、無くした。殿が、二人の乳母を寄越した。そのうちの長男の乳母が、実質的な儂の女房になった。亭主に早くに死なれた。次男の乳母は女中頭になった。公平に、そちらとも、褥を共にしている。二人女房だな。その、孫丸と、孫介が、鉄砲と、忍びの技も、覚えた。科学も、語学もな。行信にも、隠し女がいる。雪殿が、ずっと面倒を見ている。若い。ずっと子供は、出来なかったが、ひょいと、悪戯のように生まれて、もう、十九歳になる。男だ。行信は僧籍で、子供は、まずい。儂の三男にした。孫行だ、息子たちも、承知をしている。雪殿が、代わりだ」

 三十五ノットで、走る戦艦の上で、孫一が、さらりと、とんでもない秘密を打ち明けた。大助が、驚いた。その場に淀は、いなかった。

「父上は、しっていたのか?」

「ああ、全部な。一族は、多い方が良い。ついでに、言っておくとな。十兵衛と、香苗が出来た。近く、正式に結婚をする。これも、めでたい」

「頭が、混乱する」

「真田と鈴木は、親戚以上だ。一族の結束は、固い」

「豊臣が、少ない。秀頼。そっちも頑張れ」

「はい。頑張ります」

「畑を、若いのにすれば、生まれるぞ」

「はい」

 戦艦は、快調に走行していた。

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