第二章 5

   五


 奥の秀頼の小書院に集まったのは、幸村、大助と、秀頼、淀の四人だけであった。

 小書院の、天井裏、床下、隣室は、すべて真田忍軍の手勢で護られていた。

 幸村は、先ず嫡男の大助を目通りさせた。

美男をうたわれた大谷刑部の血を引いたのか、大助も美男であった。

秀頼よりも、八歳若いことを告げた。

「九度山で一通りの武芸は、身につけておりまする」

「体格は、余に酷似いたしておる。誰ぞ、余の鎧兜一式を、これに持て」

 と命じた。

鎧兜が、運ばれてきた。

「筑前。望みのものは・・・余の鎧兜に面頬よ。大助、着けて見よ。ふふ・・・」

 秀頼が、悪戯っぽく笑った。

「何か?」

「筑前。戦略の場に、大助にこれ以外に何の用がある。五七の桐の旌旗。千成瓢箪の大馬印。唐冠馬藺後立(とうかんばりんうしろだて)の太閤の兜。全て用意させた。これに、相応しい本隊の軍兵の数よ。これらのものに負けぬ。軍勢でなければ、敵に侮られよう。余はそこで悩んだ」

「留守部隊に四万。本隊は、十六段構え、後陣二段、それに殿軍(しんがり)で、六万。これに、両翼、福島一万。藤堂四千。加藤六百。片桐二千。これを二つに割って八千三百づつ。遠目には、両翼一万づつに見えましょう。四将の幹部、宿老らから、拙者の下に詫びを入れてきました。よって、真田の麾下に加えました。琉球から、一万」

「琉球から?」

「雑賀の鈴木孫一の手ずるです。留守部隊を三万にすると、十万の本隊となりまする。これなら、太閤様にも叱られますまい。大助、いや、面頬を付けた。秀頼様と、五七の桐の旌旗。千成瓢箪の大馬印。唐冠馬藺後立の兜・・・先陣は、真田の赤備え。雑賀が五百人、赤備えにはいりまする。百発百中の鉄砲の名手が五百人いるとどういうことになりますかな? 馬二頭で運ぶ、移動式の大砲が、十門大きな車が付いた、撃針式のライフルの刻んである大砲でござる。これを十発射込まれて、真田赤備えが先陣を切ったら、それだけで、豊臣恩顧の諸将らは降伏するはずです。一気に、片が付きましょう。家康三万。秀忠二万。これを外すと、徳川譜代の数は知れたもの。恐るるに足りません。本多忠朝三百、本多康俊三百、酒井家次千二百、井伊直孝四千、松平忠直1万、松平忠明五千、石川忠総三百、本多忠政三千、松平康重千五百、本多康紀二千、松平信吉三百、松平康長三百で二万八千二百、これに家康、秀忠の五万を足しても、七万八千二百でござる。二十万の内十二万千八百人は、豊臣恩顧の武将か、外様大名・・・これが、家康の実力でござる。莫迦な大名どもだ。豊臣恩顧の諸大名が降伏したら、逆に、家康、秀忠は、取り囲まれるのでござる。多分、右府様直々のご出馬と聞いた時点で家康、秀忠は陣を抛り出して、逃げるでしょう。馬の上で脱糞しながらね。あの男の癖です。尻の穴の締まりが悪いのでしょう」

 具体的な、分析をしてみせた。

「本隊がそんな少数とは・・・」

「これが、家康の手品でござる。ここまで読まれているゆえに、拙者に百石の誘いが来たのです。あの吝嗇家が、なんで、そんな高禄を出すものでござるか。難癖をつけて、反故にいたしましょう。孫一殿が、話を付けたのは、琉球と、薩摩。薩摩の三万は、来る振りだけで、まいりません。今の分析結果を伝えたのでしょう。村上水軍三家は、味方です。あることのために働いてくれまする。あることとは、我らは、オランダ船とポルトガル船から、買いました。三十門の大砲でござる。すでに十門は真田丸に備え付けました。徳川も大砲を買いましたが、フランキの中古です。それを、我らの倍値で買わされている。知識も知り合いもいないのでしょう。孫一は、南洋、南蛮には、かなり顔が売れております。徳川が設置する場所は、千曲川の中島でござる。しかし、大砲の筒の中に溶かした鉛をたっぷり流し込んで、鉄の玉を鉛が熱いうちに入れたら・・・」

「鉛が冷えたら、鉄の玉は中にくっ付く」

「徳川の砲兵は、即席でござる。やっと撃ち方を覚えただけでござる。訳も判らすに。火薬に点火したら・・・」

「自爆だ」

「左候・・・もう、その手は打ってあり申す。大砲を運ぶ船は、九鬼水軍と、村上水軍。船の上で鉛の細工をされたら? という働きでござるよ。九鬼と、因島、来島、能島の村上三家に、話が出来るのは白井賢房が一番。こたび参戦はしており申さぬ。九鬼守隆、向井忠勝、千賀信親、小浜光隆、分部光信の水軍すべてに手を廻しました」

「手早きこと・・・」

 淀がうっとりして言った。

幸村を見る視線が熱い。

幸村もその熱さを感じていた。

そのときに、大助が秀頼の鎧兜、面頬を、着け終えていた。

「おお。ピッタリよな・・・これでは、味方にも判らぬわ」

「母上に心配を掛けとうはないのでな。見事な影武者ぞ」

 秀頼が声を弾ませた。

しかし、その視線の奥に、秘めたるものがあるのを、幸村は見逃さなかった。

「家康には、弱点がありまする」

「とは、いかがなることかえ?」

「直属の水軍がないのです。愚魯な殿様でこざるよ。戦の時だけ雇うか、外様任せです。こたびの戦に勝利したら、直ぐに豊臣水軍を造るべきです。今後は、海戦が多くなるはず。この国は海に囲まれた島国でござる。戦略は、四十種考えてござるる・・・」

「相判った。残念ながら、これほど、緻密に計算された戦略は、豊臣の誰もが持っておらぬ。明朝。総登城の触れを出す。その場で、総大将が真田幸村こと、羽柴筑前守であることを、余の口から全員に申し渡す」

「それにしても、大助。大切なお勤めじゃ。動きにくうはないかえ・・・何と凛々しい。抱かせてたもれ」

 と涙ぐみなから、大助を抱いた。

「母の我儘を許してたもれ」

「のう。筑前。母上は、女性じゃ。まだ、総攻撃が怖いのじゃ。別室にて安堵させてくれぬか。これは、余の頼みぞ」

「承知・・・仕りました」

 と平伏した。

淀は、奥総取締の淡島を呼んで、

「淡島。羽柴筑前守様を、案内(あない)してたもれ」

 大助は、まだ複雑なことが理解できる歳ではない。

迎えに来た佐助に表まで案内されて、真田丸に戻った。

奥は、特別な許可がない限り、女性でなくでは出入りは出来ないのである。

佐助は女性である。出入りに支障はなかった。

(これで、真田は、表も奥も自在に出来る)

 と思ってから、

(殿の仕事も大変だ)

 と思い直して、首をふった。

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