第56話 四天王の一人

 誰だ!? 

 宮殿の屋根の上に人影が見える。

 深緑の髪と暗褐色に輝く瞳、両腕に鋼鉄の手甲を装着し、竜を連想させる戦闘服に身を包んだ少女。


「ウリャアアアアアアアアアア!!」


 その少女は屋根から僕らに向かって飛びかかってきた。

 かなりの距離があったのに何て跳躍力だ! 

 少女の拳が僕らに襲いかかってくる。


 僕らは咄嗟に後ろへ飛んでそれを躱した。

 少女の拳は地面を撃ち抜く。

 もの凄い衝撃と共に石畳が砕け飛び、大穴が空いた。


 そして、その少女はそのまま真っ直ぐ姿勢を正し、ルークさんの方へ右手の拳を向けてこう言った。


「この裏切り者め! そう簡単に魔王様の元へ行けると思ったら大間違いだぞ!」


「これは厄介な方が現れたものですね。四天王随一の武闘派、魔拳闘士のレイラさんじゃないですか?」


「四天王!? 魔王軍に四天王なんていたんですか!?」


「何でちょっと嬉しそうなのよ。ユウ? もしかしてああいう女の子も好みなの?」


「えっ? 違うよ! 四天王が居るなんて思ってなかったから、ちょっとテンションが上がっちゃっただけで」


「なっ!? チガウって何だ! 初対面で失礼なコト言ってんじゃねえよ、この勇者!」


「あ、ごめん。怒らせるつもりは無かったんだけど」


「それはさておきレイラさん。なぜ貴女が此処にいるのですか? 勇者来襲時の緊急対応マニュアルでは貴女の持ち場は儀礼門のはずでしょう?」


「何を言ってやがるルーク! 正面が持ち場のお前が裏切ってんだから、このルートで来るなんて分かりきってんだよ! 舐めんな!」


「でも裏をかいて儀礼門を通過するとは考えなかったのですか? 貴女が此処に来てしまっては向こうが手薄になるじゃないですか」


「知るか! 現にこうしてエンカウントしてんだから結果オーライだろ!」


「やれやれ。四天王随一の脳筋の割に、こういう所は勘が鋭いんですから。困ったものですね」


「誰が脳筋だ! クソ真面目に持ち場を守ってる他の二人の方がよっぽどバカじゃねえか! それにルーク! お前には言いたい事が山ほどあんだよ! 次の刺客はアタシだから準備しとけって言ったくせに、いつまで待たせんだこの野郎!」


「あっ…………。すみませんレイラさん。すっかり忘れていました」


「わ・す・れ・て・たじゃねえよ! コッチはいつ出番が来るかとソワソワしながらずっと待ってたんだぞ!」


「ああ、見かけによらず意外と乙女ですよねレイラさんは。でも苦情があるのでしたらミリア様に言ってください。私としても計画が狂って色々と大変だったんですから」


「ごちゃごちゃごちゃごちゃうるせえんだよ! コッチはもう戦いたくてウズウズしてるんだ。テメェらまとめて此処で沈めてやるから覚悟しやがれ!」


「どうやら戦うしかなさそうですね。勇者さん、エリス様。ここは私達に任せて先へ行ってください。私がレイラさんを押さえますから、ルーシアとピロロは兵士達をお願いします!」


「ちょ、ちょっと待ってくださいルーク様! いま私とピロロに兵士たちをって言いましたか!? 無理ですよ! 私、隊長と一対一でも勝てるかどうか分からないのに、こんな人数を相手に戦えるわけがないじゃないですか!」


「そうですよルークさん! やっぱり僕らも一緒に戦います!」


「大丈夫です勇者さん。ここは私達に任せろと言ったでしょう? ルーシア、これを使いなさい!」


 ルークさんはそう言って、ルーシアさんに褐色の薬袋のようなものを投げ渡した。


 そして、それを受け取ったルーシアさんは袋の中身を確認したあと、すぐさまそれを地面に向けて思いっきり叩きつけた!? 


 何で!? 

 薬の粉が地面に散乱する。


「ふざけてるんですかルーク様! これってあの、す、スライムを元気にする秘薬じゃないですか! こんな時に何を考えてるんですか変態上司!」


「何をごちゃごちゃやってやがんだ! もう構わねえ! オメェら、この裏切り者どもをやっちまえ!」


 レイラの掛け声を受け、はっと気がついたように闘志を取り戻した兵士達はルーシアさんに向かって襲いかかってきた。


 士気を取り戻した兵士たちを目の当たりにしたルーシアさんはもう半泣きになって動けないみたいだ。


助けに入らないと! と、思ったその時だった。


「うわああああああああ! 何だこれはああああ!?」


 突然後方にいた兵士達の何人かが殴り飛ばされたかのように宙を舞った。

 何が起こったんだ!?


「ス、スラエモンさん!?」


 そう呟いたルーシアさんの肩には一匹の青いスライムが乗っかっていた。

 そして何処からともなく現れた同じタイプの青いスライム数十匹が、いつの間にか兵士たちを取り囲んでいた。


「スラエモンさん……。助けてくれるんですか?」


 ルーシアさんがそう言うと、スライムは無言で彼女の肩から降りて地面に散らばっていた白い薬の粉を吸収し、俺達に任せろと言わんばかりにルーシアさんを一瞥した後、兵士の群れに向かって飛び込んでいった。


 そしてスライムたちが合体し、巨大なスライムとなって兵士たちを蹴散らしていく! 


 強い! 兵士たちがなすすべもなく圧倒されている。


「さあ、何をやっているのです! 勇者さんとエリス様は先に行ってください!」


 レイラと剣を交えていたルークさんが振り向きざまに僕らに向かってそう叫んだ。


「ユウ! ここはスラエモン達に任せましょう! 行くわよ!」


「よ、よし行こうエリス! みんなありがとう! 任せたよ!」



 そうして、僕はエリスと二人で広場を駆け抜け、魔王の居る本殿の中へと入っていった。


 二人で薄暗い宮殿の中を真っすぐ進んでいく。

 しばらくして前方に怪しく光る二つの炎が見えてきた。

 長い廊下を抜けるとそこには見上げるほど大きく天井まで届く扉があった。


「この扉の向こうが魔王の間よ。ユウ、準備はいい?」


「ああエリス。もう覚悟は出来てるよ。外で戦ってくれている皆のためにも絶対に魔王に勝とう!」


 僕らは数秒ほど見つめ合い、二人で同時に頷いたあと、一緒に扉を押し開けた。

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