第5話

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 午前の授業が終わり、メイサたちが悪竜ヴァルゴン闇星ウステルに行く時間となった。情報通の友人によると、エデリアからの参戦者の一人が有する宇宙空間の飛行能力を用いるという話だった。

 ユウリは一人、士官学校の敷地内の芝生の道を行っていた。向かう先は食堂である。周囲には、歓談しつつ歩く他の生徒の姿がある。

 普段は友達と食事するユウリだが、今日は一人だった。ルカの死の衝撃はあまりにも大きく、しばらくは誰とも関わりたくない気分だった。

 焦げ茶色のレンガ造りの建物が見えてきた。食堂である。ユウリは入口へと向かって歩き続ける。しかし。

 シュウゥゥゥ。風のような音がすぐ近くからした。ユウリは辺りを見回し、右側を見るなり瞠目する。

 純黒の渦があった。直径はユウリの背丈の半分ほど。

(ファルヴォスの時の──!)ユウリが動揺していると、ぬうっ。渦の中心から一本の手が出てきた。

 刹那、額に衝撃が来た。(がっ!)なすすべなく食らい、ユウリはどさりと後ろに倒れる。

(何……だ)重い頭を動かし、ユウリは自分を攻撃した何かに顔を向けた。

 悪竜ヴァルゴンだった。首を回し、剣呑な佇まいで周囲を見渡している。人型ではなく、カノンとともに相対した通常タイプのものだった。

(……学校の中に悪竜ヴァルゴン、が。早く先生たちに知らせない……と──)危機感を抱くが、意思に反して身体はぴくりとも動かない。やがてふうっとユウリは気を失った。


  □  □  □


(ここは、どこだ?)ユウリは意識を取り戻した。おもむろに目を開くと、視界は白一色だった。

 次にユウリは、自分が仰向けに横たわっていると気づいた。右手を突いて力を入れ、ゆっくりと立ち上がる。

 不思議な空間だった。上下左右全方向、どこまで行っても白色で満ちている。

「えへへ、お兄ちゃんだ! また会えたね」

 女の子の溌剌とした声がした。ずっとずっと聞きたかった声だ。ユウリははっとして振り返った。

「ルカッ!」歓喜のあまりユウリは叫んだ。祭服姿のルカが立っていた。この上なく愛の籠もった、優しくて甘い視線をユウリに向けている。

 たたっとルカが駆け出した。ユウリは小さく手を開き、愛しい妹を待ち構える。

 ルカがぎゅっと抱きついてきた。ユウリもルカの背中に腕を回し、力を込めて抱きしめた。そのまま二人は動きを止める。

 ユウリの目に涙が溢れた。頬の緩みが止められない。二度と会えないはずだったルカと会えて、まさに天にも昇る心地だった。

「ルカ! ルカ! くそ、もうなんつったらいいか……」

 ユウリは心のままに喚いた。永遠にこうしてルカと触れあっていたかった。

 しかしすっと、ルカはユウリから身体を離した。ユウリも姿勢を元に戻し、ルカの顔を見つめる。相変わらず笑顔ではあるが、どこか諦めのような色も混じっているように思えた。

「わたしも嬉しいよ。とてもとっても嬉しい。だけどね、ずっとは一緒にいられないの。わたしはすでに亡くなっているんだよ。残念だけどね」

 ルカが寂しげに呟いた。薄々わかっていた現実に、ユウリは目を伏せる。

「『ここ』は一体何なんだ? 死後の世界か? それとも幻覚か?」

 早口で問うユウリに、ルカは薄い笑みを見せた。

「またわかる日が来るよ。だから焦る必要はない。今は答えを求めないで」

 はぐらかすような物言いだった。不思議な雰囲気に飲まれてユウリは口をつぐむ。

「気づいているだろうけど、さっきお兄ちゃんを気絶させたのは悪竜ヴァルゴンだよ。メイサ先生たちがいなくなった瞬間を狙って攻めてきたんだね」

「やっぱりそうか。くそっ! 悪知恵だけは一丁前に回りやがるよな! どこまでも憎たらしい連中だよ、ほんと」

 ユウリは毒づき、唇を噛んだ。するとルカは、右手でユウリの左手をふわりと握り込んだ。

「お兄ちゃんはわたしが死んだショックで、一時的に神鳥聖装セクレドフォルゲルを使えなくなってる。だけどわたしは心配してないよ。なんてったってお兄ちゃんは、優しくて強くて頼りになって優しいわたしの兄なんだから!」

 きっぱり言い切ると、ルカは力強く笑った。澄んだ大きな瞳でユウリの目をじっと凝視する。

「行け、ユウリ・ヴェルメーレン! みんなを救ってヒーローになるんだ! わたしはここから、お兄ちゃんの大活躍をじっと、じーっと、穴が空くほど見続けてるよ!」

 晴れやかな口調で言い放つと、ルカの周囲にきらきらした光が舞いだした。そしてだんだんと、ルカの姿が消えていく。

「ルカッ!」ユウリが思わず声を上げると、ルカは再び暖かい笑顔になった。やがて完全に消失し、ユウリの意識は再び闇に溶けていった。

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