第5話

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 悪竜ヴァルゴンの火球がメイサの頭上、拳一つ分の距離で消滅する。同時に鋭い光が生じ、青色の竜巻が代わりに発生。メイサがパチンと指を鳴らすと、超高速で宙を行き始めた。

 別の戦士と戦っていた一体の右翼先端に当たった。竜巻は一瞬で鱗を削り、即座に骨肉に達した。一秒も経たずに悪竜ヴァルゴンは、翼の付け根まで失った。

 地に倒れていく仲間に気がつき、周囲の悪竜ヴァルゴンがメイサを睨んだ。十体ほどが地を蹴って飛翔し、メイサに襲いかかる。他の四体は小さく顔を上げ次々と火球を吐いた。

「おいおい、相手は十二歳のいたいけな少女だぞ。多少の手心は加えるものだろう。空気を読めない輩には、天誅を食らわすしかないな」

 獰猛に笑うメイサに、接近してきた悪竜ヴァルゴンが右前足を引いた。空気を切って鋭利な爪を突き出す。

 しかし触れる寸前、足はすうっと消えていった。またしても消滅点が発光し、こんどはゴウッと火炎が生じる。

 一瞬で炎は悪竜ヴァルゴンを包み、残る身体の部分を焼いていった。ぐしゃり。残骸がメイサの足下に落下する。

「何よこれ。当たる直前で、火球から何から全部掻き消されて──。でたらめ過ぎるわよ」

 戦慄した様のフィアナがぽつりと言葉を零した。

 ユウリはフラットな心境で隣に立つフィアナに応じる。メイサに悪竜ヴァルゴンが集中し、今や二人は傍観の立場だった。

「メイサ先生の神鳥聖装セクレドフォルゲルは燕がモチーフだ。その能力は色々あるけど、十八番おはこ絶燕絶壁アブサルト・レフィクションっていう技なんだよ。全身を隅から隅まで薄い神気ルークスで覆って、触れた物の反物質を生成。相殺して消すと同時に、失われた物量に応じてエネルギーが発生して、自然現象に形態を変えて敵に襲いかかるって寸法だな」

「反物質? 聞き慣れない語だな。それはどういうものなんだ?」

 目を細めつつ、シャウアが訝しげに問うた。

「俺も何度か尋ねたんだけど、『ユウリには理解できないだろうし、する必要もない』って詳しいことは教えてもらえてないんだ。メイサ先生は天才だよ。戦闘面でも学問的な意味でもな。凡人の俺には想像もできない真理を知ってるんだろう」

 諦観を込めてユウリが呟く間にも、悪竜ヴァルゴンはどんどん数を減らしていく。

 一体が頭から突っ込んだ。メイサの手前で消えた。刹那、そこに掌大の光の球が出現。数瞬ののちに弾けて、眩い光線が飛んでいく。

 光は遠くにいた別の一体に向かう。悪竜ヴァルゴンは反応できず、光線が額を貫いた。貫通点から血が吹き出し、やがて力なく倒れていった。

「ふむ、原初の悪竜ヴァルゴンというから少しは手こずるかと思ったが、杞憂だったな。先に進もうじゃないか諸君。甘美で危険な世界の秘密が手ぐすね引いて待っている」

 朗読のような調子で力説し、メイサはおもむろに歩き始めた。

 ユウリは小さなメイサの背中に、あまりにも大きな風格を感じるのだった。

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