第23話 密貿易

 それから半月。




 約束の花はほころび、時は満ちた。




 うららかな午後、眠りに落ちた母を横目に、俺は壁に耳を当てた。




(メイドの気配は、ないな)




 すかさず俺は魔法を発動して、そっと部屋を出る。




 首から提げるのはお守り代わりの小刀。




 背負うのは、かけ毛布を風呂敷のようにして作った、即席のバッグ。




 中に入っているのは、もちろん、妖精との物々交換に手作りの小道具――それに、万が一の時のための切り札が少々。




(散歩の度に地道に集めた木片、あれこれ作るのにも、ベッドの下に隠しておくのも、かなり手間がかかった――報われるといいのだが)




 これまでの苦労をしのびつつ、足音を殺して、早歩きで屋敷から庭に出る。




(この曜日の今時ならば、父は練兵所に、アレンは森に狩猟へ。デレクは東の庭で剣の自主訓練、サージュは賢者と魔法のフィールドワーク。マタイは畑の見回り。キニエはザラにしごかれているはず)




 軍家らしく、この家の行動カリキュラムはきっちりと決まっており、皆がそれを遵守している。よほどのことがない限り、ズレるということはほとんどない。堅苦しいが、こういう時には出し抜きやすいのでありがたい。微細な変更あるが、夕食時の『一日の反省と明日の目標』を述べる時間のおかげで、脳内の情報は常に最新にアップデートされている。




(つまりは、現状、デレクを避けることができればいい)




 西回り――デレクのいる方向とは逆回りで、例の野原じみた庭へ。




 やがて、匍匐前進の格好になれば、赤子の俺の身体など、すっぽりと下草に隠れてしまう。




 服が汚れないように身体の周りに薄い風のバリアを張りつつ、地道に這って進む。




 一度、二度の休憩を挟みつつ、なんとか俺は家の端まで辿り着く。家の中でも、森に面している方だ。境界代わりに設置されたレンガブロックの外周。それに沿って撒かれた鉄粉の一部をどかし、妖精のための通路を作った。




 そしてさらに、付近には、赤く塗った矢印の積み木ブロックを置く。




 妖精を誘導する目印にするためだ。




 やるべきことを終えた俺は、そのまま引き返し、例の待ち合わせ場所の木陰で、ようやく半身を起こす。




(これで奴らが忘れてたらお笑い草だが……それもまた一興か)




 そこは、気まぐれな子どものような妖精のこと。




 すっぽかされるのも、十分にあり得ることではあった。




 だとしても構わない。




 香木という結果も大切だが、それと同じくらい過程も重要だ。




 今、俺はこのささやかなスリルを、全力で楽しむ。




(これは、寝かせた方がいいか。こっちは、土を盛って高さを出す)




 光の当たり具合やレイアウトなど、少しでも商品が魅力的に見える様に工夫しつつ、客を待つ。




「ぼくたち、トゲクサ探検隊ー」




「つよいぞ、えらいぞ、かしこいぞー」




「つまらないおとなの目はくりぬいて、鳥のえさ、虫のえさー」




 やがて、外れた調子の歌を口ずさみながら、3匹の妖精の一団が列を成してこちらにやってきた。




 いずれも、前には見なかった個体だ。




「あー、なんかいるー」




「きみ、なにやってるのー?」




 目敏く俺を見つけた妖精たちが、周りを取り囲む。




「お店!」




「わー、かっこいい! ねえ、これちょうだい! 代わりにこれあげる!」




 一匹の妖精が、手に持っていたスリングショットを押し付けようとしてくる。




「おいら、これ欲しい。きれいな石やる」




「交換は、いい匂いの物じゃなきゃ、ダメ! 他の妖精と、約束、した」




 俺はそれを断固拒否して言った。




 またこのやり取りか。




「ああ、そういえば、ティルクが人形を自慢しながら言ってたっけ! ひさしぶりに、『遊べる』子に会ったって。きみかぁー」




 先頭にいた隊長格らしき妖精が納得したように頷く。




「でも、おいら、いい匂いのするもんなんて持ってないぜ」




「あるよー。ほら、この前、ティルクがすごいやりたがったから、一緒にみんなで宝さがしごっこやったじゃん!」




「そうだった。忘れてたぜ」




「あれ、どこにしまったけ。どっかの秘密基地だったよね」




「えーっと、確か、お化けキノコの隣か、十字杉の隣の、まあ、どっちも行ってくればいいか!」




 肩を寄せ合い、話し合う妖精たち。




「ねえ、キミ! ――ちょっととって来るから、待ってて。これ、他の子にあげちゃだめだよ!」




 やがて俺の方に向き直った隊長格の妖精が、そう要求してくる。




「わかった。とくべつなおまけ、つけるから、他の妖精にも、俺のこと、伝えて」




 俺は頷いて言った。




「おまけ!? いいよ! みんなにも言っておく!」




 妖精たちが、翼を羽ばたかせ、高速で森へと引き返していく。




 ワキャキャキャキャキャ。




 フフフフフフフフフフフ。




 やがて聞えてくる無数の黄色い声。




 まるでイナゴの大軍のごとく、空飛ぶ小人が押し寄せくる。




 前に見たことのある面子は交換品を準備してきたらしく、草の蔓で編んだ籠を背負っていた。




 他の妖精も、なんとか見繕ってきたのか、腕にいっぱいの交換品を抱えていた。

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