第10話・英雄の剣
スパッ・・・
細腕から放たれたくの字剣が、獲物に当たった。一発必中だ。ジュビーがよろこび勇んで走っていく。彼女が仕留めたのは、ナマケウサギだ。このウサギは跳ねもせず、駆けもせず、ひたすら野を這って地面をほじくり、隠れまわることを生業としている。穴掘りの最中のこいつは、投擲に格好の標的なのだ。
「きてっ、フラワー」
見にいってみると、ウサギはからだを一刀両断されたことに気づくこともなく、上半身だけで土をほじくりつづけている。切れ味抜群。胴を剣が輪切りにしているというのに、素知らぬ顔だ。
「あわれな・・・」
ガラにもなく、憐憫の情に駆られる。しかし、食欲は情に勝る。ジュビーが剣を引き抜くと、二分割にされたウサギは、ぱたりと絶命した。
「ここを切断すると、調理しやすいのよ」
ジュビーが朗らかに笑う。いつもこんな狩りをしていたとは・・・恐ろしい。
「ふむ。今夜は久しぶりに生肉にありつけそうだな」
父親は干し肉を、残された数少ない奥歯でしがむのが好きだ。いつまでもいつまでも、執念深くしゃぶりつづける。その振る舞いには盗賊時代を思わせる凄みがあり、ジュビーが垣間見せるある種の気品とはまったく正反対の粗野さを感じさせる。まったく奇妙な取り合わせの父娘だ。
草木が散在するこのあたりでは、野生動物たちが活発に動きまわっている。危険度は増したともいえるが、ジューシーな脂にありつけるのはありがたい。三人旅も、ようやくこなれてきた。力仕事はオレが担当し、ジュビーは調理や、身のまわりの片づけごとをしてくれる。父親は道中、車椅子で眠りこけているので、夜中の火番を代わってくれることも多くなった。不思議とこの老体が目を光らせていると、野獣たちは寄りつかない。ドラゴンの臭いが染みついているのかもしれない。この男が守る火の周囲をうろつく獣たちの足音には、おびえすら感じられる。
ジュビーは、毎日、朝晩、必ず剣を研ぎ上げ、振り込み、投げ、受け、手飼いのハヤブサの体調をはかるようにコンディションに目を配り、同時に、常に自分の技量を疑う。剣士として必要な資質だ。しかし、危うい。ジュビーはまじめで素直すぎ、その父親の思想性はひねくれすぎている。このふたつが噛み合うと、ひどい暴力性を育ててしまう可能性がある。彼女が間違った道にそれないように、慎重に導いてやらなければならない。
その夜。オレははじめて天幕の中で休むことを許された。パパからの信用を得つつあるということか。ジュビーとせまい一室、という形だが、天幕は外に向けて開けひろげられており、些細な音もダダ漏れになる。どちらにしても、悪さなどしようにない。
「ここ何日もまともに眠っていまい。今夜は俺が寝ずの番をしてやろう」
そんな父親の大サービスに甘えることにする。正直、オレも疲れきっている。大荷物を背負いながら、うたた寝してるあんたの車椅子を押してるからな・・・とはもちろん言い返さない。
「しのびないな」
「かわまぬよ」
天幕に引っ込むと、いきなり警戒のまなざしが飛んできた。昼間のジュビーとは似ても似つかない、すごい形相でにらまれる。男子コーナーと自分との境に荷を置き、油断なくこちらに目を配っている。
「きちゃだめよ」
「・・・わかってるよ」
激烈な猜疑心だ。いや、すでに軽蔑の念まで入り交じっているらしき雰囲気まである。オレは、何事かをするに決まっている容疑者らしい。ジュビーの右手は、くの字剣の柄をしっかりと握りしめている。襲いかかられたら返り討ちに、という牽制であり、実際的な準備だろう。首が寒い。夜這うのはやめにしておく。
と、思った途端に、ジュビーの静かな寝息が聞こえてきた。いきなり寝入ってしまったのだ。衝立となった荷越しにのぞき込む。枕元の剣の柄を握りしめたまま、確かに少女は眠っている。なんと穏やかで、安心しきった寝顔であることか。かえって、遺憾だ。オレはひとりの男として認知されてなどいなかったわけだ。激しい拒絶の態度とは裏腹な、「こいつに襲われるリスクなし」の安らかさが、なんだかくやしい。それとも、これも信頼感というやつなのか・・・
しかし、オレの興味は、美しい少女の寝顔よりも、すばらしい業物のほうに向いている。彼女の枕元に手を伸ばす。そこには、へし曲がった奇剣がある。気づかれないように、そっとサヤに触れてみる。ジュビーに反応はない。柄を握りしめていた指は、もうすっかりほどけている。疲労困憊で眠りが深い。加えて、もともと用心をしているんだかしていないんだかわからないが、まったく無反応だ。本当に襲いかかれそうだ。この警戒心の薄さは問題だ。ジュビーは、くの字剣を使ってサーカスのような芸当は覚えたが、剣士の心構えまでは習得しなかったようだ。がんばったのはわかるが、その技量にふさわしい緊張感が備わっていない。
「パパの甘やかしのせいだな・・・」
静かに眠りつづけるジュビーの手の平から、ひょいと剣を預かった。
「へえ・・・」
すらり・・・
サヤから抜いてみる。なんと端麗な刀身。堅いゴブゴブの幹を貫くまで酷使されたにもかかわらず、刃こぼれひとつない。研ぎ込まれているわりに、造り込みも刃文も冴えざえと美しい。折れたラインは極端にして有機的で、父親が言っていたように、自然にへし曲がったもののようだ。振ってみると、硬質に見えて、適度な弾性もある。完璧なバランスだ。相当な名工の手によるものにちがいない。
「む・・・」
刀身の根に、細密な紋章が陽刻されている。七ツ爪のドラゴンだ。爪を七本持つドラゴンは、支配者の証だ。そして、柄の両脇に彫られた「C」「W」の飾り文字。オレは、このイニシャルの人物を知っている。
「まさかな・・・」
世に知られた英雄だ。この紋章と飾り文字は、かの伝説の人物のたずさえた得物であることを表しているのではなかろうか?ジュビーの父親は、自分を盗賊と名乗ったが、まさかこんな大物から奪い盗ったというのか?いや、あるいは・・・まさか・・・
「・・・おい」
天幕の外から、低くしわがれた声が発された。同時に、背すじに冷たい感触。フェルトのシートを突き抜けて、長尺ナイフの切っ先が背中にあたっている。
「・・・まさか俺の娘は、クソ野郎にいたずらされてなどいなかろうな?」
「あ、ああ・・・大丈夫・・・のんきに眠ってる、みたいだよ・・・オレが見張ってるから、問題ない・・・」
「・・・何度も聞かせて恐縮なことだが、娘に触れた者は八つ裂きにされる運命にある。もしも手を伸ばそうという者があらば、その点を心すべきだろう」
「そうだね・・・オレもそう思うよ・・・」
ふと、堰の向こう側のジュビーを見ると、眠ったまま、開いた右手の平をぱくぱくさせている。まるで、取り上げられたおもちゃを夢の中でさがす子供の仕草だ。邪気のない寝顔。こんな子に修羅の道を歩ませようとは、どういう了見なのか、この父親は。
音を立てないように、くの字剣をサヤに戻し、元どおりにジュビーに柄を握らせる。背後のナイフは、いつの間にか天幕の外に消えている。娘は半人前でも、父親のほうは相当な場数をくぐってきたと知れる。こちらの気配をすべて読んでいる。スキがない。警戒心の塊だ。パパの目が黒いうちは、ジュビーには手を出すまい、と心した。
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