第8話・父親
ほじくり出されたドラゴンを再び埋め戻し、新しく別の穴まで掘って、四つの遺体を葬った・・・というよりは、隠滅した。父親は毛布に寝そべり、そっぽを向いている。足の悪い人物に力仕事をさせようとは思わないが、せめて自分の罪は自覚してほしいものだ。ジュビーは、遺体を埋めた穴に黙々と土を盛っている。墓標を立てる気はないらしい。余計なことをすれば、後々に厄介なことになると理解したようだ。むっすりと何事かを考え込んでいる。いや、呆然としてなにも考えられないでいるのかもしれない。
作業を終えると、ジュビーはひざまずき、祈りはじめた。オレも手を合わせる。
「ひとを殺した後の気分を知ってるか?」
「・・・わからない。まだ・・・」
まだ・・・か。いずれ殺すわけだ。あの父親の下で育ったのなら、そういう生き方になるのだろう。
荷を背負い、また歩きだした。一刻もはやくこの地域を離脱しなければならない。ひとりを取り逃がしたのだ。仲間を連れて戻ってくるかもしれない。あるいは、先々で待ち伏せがあるか・・・いずれにしても、オレたちは賞金首として手配されることになる。
「そのほうが、都合がいい」
父親が奇妙なことを言う。
「近づく者すべてを血祭りに上げて、名を轟かせるのだ」
この男、やっぱり頭がおかしいのか?なぜそんなに殺したいのか、理解できない。しかし、そうした個人的な殺戮を積み上げた総合が、この戦争の全体像といえる。人間は、憎しみ合いすぎた。殺すという罪に対し、無自覚になりすぎた。とにかく、ここは逃げるのが賢明だ。これ以上のもめ事はごめんだ。
ジュビーは、ぼんやりと車椅子を押している。父親がひとを殺す現場に直面したのだ。ショックでないはずがない。ケンカを吹っかけたのはこのおてんば娘だが、ちょっと懲らしめてやろう、という程度の感覚だったにちがいない。それが、こんな凄惨な結末になってしまった。
「代わろう」
車椅子を押すのを交代する。ジュビーは、今度ばかりは素直にハンドルを渡した。それきり、ずいぶん後ろをうなだれてついてくる。そんな娘の様子を気にもとめず、父親が、ぼそりと切り出した。
「貴様も、相当に殺してきたようだな」
ギクリ、虚を突かれた。この男には、すべてが見えている。触れたくない傷までも。思い出したくもない、あの僧院の風景がよみがえってくる。心臓が早鐘を打ちはじめた。斬った肉の感触・・・斬られる瞬間の相手の目・・・
「・・・自分の娘に、あんな思いをさせるべきじゃないと思うけどね」
「剣を握るからには、殺しは、通過儀礼だ」
「殺さずにすませる方法もある」
「馬鹿め。剣を用いるときは、殺すときだ。傷ばかりを負わせて、相手が争いごとを悔やむとでも信じておるのか?俺は違う。殺す」
父親は、吐き捨てるように言う。この男は、なぜこんなにも荒っぽいやり方を好むのだろう。憎んでいるのは、党か、賊か、あるいは人間?それとも社会そのもの?どんな相手に、どんな因縁があるというのか。押される車椅子に背を預けたまま、ナイフに砥石をあてている。そいつを、スネ、脇、背・・・からだ中のあちこちに仕込む。殺したくてたまらないらしい。
「あんたはどこで剣を?そこそこ使うようだけど」
「ふっ・・・」
そこそこ、と評価されたのが気に入ったらしい。ジュビーの父親は不敵に口をゆがめた。
「・・・俺のはゲリラ戦法だ。数知れぬ現場で培ったのだ」
山賊、海賊・・・あるいは本物の戦場の最前線でおもてを開いてきたか。道理で、躊躇もなければ、やり口に情け容赦もない。
「何人も殺してきたんだろうな」
「ま、片手では足りぬな」
あたりまえだ。さっき殺した分だけで、指が四本折れる。なんてオヤジだ。
「言っとくけど、ジュビーに殺しはさせないからな」
「どうかな。生きるためには、殺さねばならぬ場面にも出くわそう。こういうことは、はやめにすませておいたほうがよいのだ。いったん経験すれば、ヌートンの実をもぐのと同じよ」
ひねくれ者め。そうはさせるものか。
「ジュビーの持ってるあのヘンテコな剣は、元々はあんたのだな」
「そうだ」
「あのサーカス芸は、あんたが教えたのかい?」
「あの剣はな、最初から曲がっていたわけではない。曲がったために、あんな使い方を編み出したのだ。あの子が独自でな」
「へえ。どうしてあんなふうに折れ曲がったんだい?名剣のようだけど」
父親は刹那、遠い目をする。言葉を継ごうとしない。
「うっかり、硬いものでも叩いちゃった、とか?」
「ま、そういうことだ」
「剣までへし折るような硬いもの・・・って、なんだろ?・・・金属?・・・岩?」
「ふっ・・・見上げるようなものよ」
この男は、巨大なものと戦ったのだ。戦車か、重火器か・・・あるいは城壁か・・・
「貴様もそのうちに知る日がくるかもしれぬ」
多くを語りたがらない。ここに、過去の怨念のヒントがあるのだ。鉄・・・石・・・まてよ・・・骨?
「・・・そういえば、あの王様ドラゴン・・・額に派手な向こう傷が・・・」
「ねえ、変わりましょっ」
不意に、ジュビーがオレの手から車椅子のハンドルをひったくった。小さな尻でオレを押しのけ、父親との会話をさえぎる。
「あなた、あまりひとの過去をほじくらないほうがいいわ」
「ん?ああ・・・ごめんよ」
父親は、あの巨大なドラゴンと一戦交えたのだ。その額に突き立った剣を、今では娘が操り、しかも相手のドラゴンをもかしずかせている。この話には、やはり思い当たるフシがある。
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