第18話


 ***



 土熊つちぐま一族の老賢者が教えてくれた道を南下し、サジたちと別れて三日ほど経つ頃に、その街は見えてきた。


 街というだけあって、村や里とは規模が違っている。想像以上の大きさに、柰雲は目を見開いた。


「これは、なんて立派な」


 奥之比良おきのひらの入り口には、見上げるほど巨大な美しい朱塗りの門がそびえ立っている。


 堅麗門けんれいもんと呼ばれるらしい門から左右に濠と塀が伸び、末端が見えることは無い。


 街道から見える奥之比良は、いっこうに近づく気配が見えない。巨大な姿に驚くばかりだ。


 堅牢な造りの門の左右には、衛兵らしき短甲をつけた男たちがずらずらと並んでいる。入場する人々を上から下までくまなく見ている。門をくぐると横並びに杭が立てられていて衛兵が隣に立っていた。


 ちゃりんちゃりん、とお金を投じる音があちこちから聞こえてくる。杭の脇に設置された入れ物に通行料を入れる仕組みだ。


 難なくそこを通過すると、目の前に人が数十人は手を広げて横並びしても歩けるような大路が現れた。左右には家々が立ち並び、行き交う人々には活気が溢れている。


「中もすごいな、これは」


 見たこともないような着物を纏う人たちや、大きな籠を背負った商人風、旅人風の人もいれば、高貴な身分の人や甲冑を着た人まで様々だ。


 老賢者が言っていたような腐敗している様子は見えない。森から出てきた柰雲には、ただただ素晴らしい街並みに思えた。


 どこに行けばいいのかわからず、人が多く行き交う大通りを流れのまま歩き進む。道すがら所狭しと並び立つ様々な店があり、あちこちから声をかけられた。


 装飾品や武器を売っている店、食べ物や衣服を売っている店など、耳に痛いほどさまざまな客引きの声が行きかう。


「ちょいとそこのお兄さん、これ美味しいから買っていきなよ」


 ふくよかな女主人がにんまりと笑いかけながら手を摑んでくる。


「腹は空いていません。ここで一番の物知りを探しているんですが」


「人探しかい? そうだね、領主さまならわかるんじゃないかね。あのお方は街のことをなーんでも知っているよ」


「その人には、すぐ会えますか?」


「手が空いていれば会えるだろうさ。この通りをまっすぐ進むといいよ、突き当りにえらい大きな門があるから、その先さ」


 礼を伝えると、情報料だと言わんばかりに手を伸ばされた。奈雲は彼女に小銭を渡してから、言われた通りに道を進み領主の屋敷に向かった。


 屋敷の入り口は四方が庭で囲まれており、身内、役人たちの屋敷がまとめられているようだ。その区画に入るのには、さらに六つあるうちのたった一箇所の門を通過しないといけない。


 それぞれ色の名前がついた門のうち、南西にある青門せいもんからの入場ができるということでそちらに近づくと、巨大な青塗りの門の前は人でごった返していた。


 そこまで来たところで、不穏な空気を感じて柰雲は視線を走らせた。


 道の端に奴隷が並べられており、競売にかけられているのが見える。柰雲は自分の後ろに並んでいる男に声をかけた。


「あれは、一体なんです?」


 突然話しかけられた男性は、柰雲ではなくて稀葉の方に驚いたようだ。しばらく柰雲と稀葉を交互に見てから、旅人だと認識したのか小さく声を発した。


「……お兄さん、奥之比良は初めてかい? 見ての通り奴隷商人だ。」


 頷くと、男は複雑な表情になった。柰雲に顔を寄せてさらに小声になった。


「悪いことは言わねぇから、関わっちゃいけないよ。ここじゃ自分の身を守れないやつはすぐに襲われて売られちまう。ここは旅人だって、ただで手に入る商品だ」


「同じ人間ですよ? 奴隷だなんて」


「これが普通さ。弱いものは強いものに蹂躙され搾取される。お兄さんも、その騎獣の手綱と大刀を離すんじゃないよ」


 奴隷商人があちこちを見ていたからだろう。それだけ言うと、男は口を引き結んでそっぽを向いてしまった。


 それ以上はなにも聞けないと察し、柰雲は売られて行く奴隷たちの死んだ目を見ながら列を進んだ。


 小さな女の子が鎖に繋がれて呆然と立っているのが見える。ろくに食事も与えられていないであろう身体は痩せ細り、申し訳程度の布の破れ擦り切れた衣服の裾から、棒のような両脚がのぞいていた。


 ジャラジャラと足枷の音が聞こえてくる、まとめ役が繋がれた人々を歩かせていた。


 麻紐で結ばれて繋がれた人々は、逃げる気力がないのか従順に付き従っている。捕まえられていることを疑問に思っていないような顔をした人も多い。


「……お兄さん。ジロジロ見てると、あんたも連れていかれちまうぜ。器量がいいんだから顔を隠しておきな。気をつけな、領主様が奴隷商の元締めなんだ」


 後ろの男が、あまりにも奴隷たちを凝視する柰雲を心配して声をかけてくれた。


 柰雲は礼を言うと布で口元を隠した。やり場のない気持ちを抑えきれないが、しかしなにもできず、大刀の柄をぎゅっと握る。


 繋がれた人々の姿が、毒稲の民に捕まった故郷の人々の姿と重なって、ざわついた気持ちが収まることはなかった。

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