第15話

 サジに連れられてやってきた場所は、大きな川のほとりだ。ゴツゴツした岩々が目立ち、川自体はそれなりに流れが早い。川辺の一画を石でうまい具合に囲った箇所があった。


 見るように言われて川底に目を凝らすと、ぷくぷくと地下から水が湧き出ているようだ。


「この場所は、川から湯が湧き出ているんだ」


「温泉か」


「ああ。なかなか気持ちがいいぞ。俺もだいぶ歩いたからゆっくり浸かりたい」


 柰雲は泥まみれの服を脱ぎ、サジとともに湯に浸かった。久方ぶりの禊に緊張が解けていく。ずいぶん長い間緊張しっぱなしだったようで、身体中が湯の温かさに軋むようだ。


「柰雲、これを使うといい」


 サジに渡されたのは束子たわしで、サジもそれで身体を擦っている。同じようにして擦り、染みついた汚れを落とす。衣服で隠れていない部分の肌は、いつの間にか日に焼けていて、長旅だったことを視覚的に理解した。


 サジの背中を流してやると、柰雲もごしごしこすられる。お互い身体に着いた傷の経緯などを話しているうちに、すっかり體の芯まで温まって心地好かった。


 顔についていた泥と血を洗い流したサジは二十代そこそこの好青年だ。くっきりした二重の丸い目の幼くも見える顔立ちだ。サジは気持ちよさそうに浸かりながら、柰雲の顔をまじまじと見つめてきた。


「そうして髪を解いていると、女子と見まごうような顔立ちだな。女子たちが騒いでいたのもわかる」


 柰雲は上背が高く身体つきは立派だが、顔立ちは男らしさよりも美しさの方が勝る。凛々しい眉を削れば、女子と言っても通るような華奢な輪郭をしていた。


「そういえば村で、遠目によく女に間違えられていた」


 今ではそれさえも遙か昔のように思える。村人たちは息災だろうか、と思いを馳せた。


「ははは、そうだろうな。さて、そろそろ上がろうか。腹は空いているだろう?」


 それに柰雲はそれほどでもないと答える。


「そんなに痩せて。ろくなもの食べてなかったから、体力が落ちているんだ。少しでもいいから食べて休むといい」


「ありがとう」


「いいんだよ。族長が迎え入れたんだから、もう柰雲たちは我ら一族だ。好きなだけ滞在するといいさ」


 柰雲はもう一度感謝を伝えた。湯から上がって客人用の天幕に通されると、そこには稀葉のために敷物が敷かれている。自由に使っていいと言われて、やっと気持ちが落ち着いてくる。久々の寝台の感触に、どっと疲れが押し寄せてきた。


 そのままほんの少しの間目をつぶっていると、あっさりと眠りについてしまっていた。天幕の外から声をかけられて、飛び起きてから自分が寝ていたことに気がついたほど疲れ切っていたようだ。入り口に向かうと、稀葉を連れた少年が顔を輝かせている。


「兄ちゃん。この候虎はいい子だね」


「連れてきてくれたんだね。ありがとう」


 礼を言うと、男の子は照れたように目を細めて笑う。そしてから改めて柰雲を見上げてきた。


「あのさ、もし大丈夫だったら、明日この子に妹を乗せてやってもいい?」


 男の子の視線が横に向けられる。小さな女の子が木の影からこちらをじっと見つめていた。柰雲は隠れてしまった少女に苦笑いし、「もちろんだ」と少年の頭を撫でた。


「明日、必ず乗せると約束するよ」


 兄妹は嬉しそうに柰雲の元を去って行く。稀葉を天幕の中にいれると、サジが夕餉を告げにやってきた。


 ついでに稀葉の食べ物もたっぷり用意してくれ、稀葉は久方ぶりのごちそうに喉を鳴らした。その様子を見てから、大刀を腰に下げ自身の天幕を出た。

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