第13話
少ない食事をしながら、歩調を緩めることなく進み続ける日々が続いた。森の奥深くに入れば獸が獲れることもあり、特に野うさぎは二人の腹を満たすのには十分だった。
野宿では夜の間に草を結んで輪っかを作っておくか、穴を掘って草をかぶせておく。朝になって仕掛けを見に行って、野うさぎがかかっていると柰雲も稀葉も喜んだ。
時には猪や小鹿が獲れることもあり、そういう時は食べる分だけをいただいて、残りは山の獸に分けた。時間があれば干し肉にするのだが、あいにく急いでいるためできなかった。
稀葉を森の中に放すと、獲物を獲ってくることもある。二人はそうやって着々と旅路を歩んだ。
その日は、仕掛けておいた罠に野うさぎがかかっていた。
うさぎの身体を岩や地面に叩きつけて殺したのち、身体を押しつぶして内臓を排出させる。柔らかい部分を稀葉に与え、自分は頭と手足を切り落として皮を剥いで肉を切り分けた。焚火を起こすと、適当な枝に肉を刺して焼いて食べる。
皮は丁寧に水で洗い、歩いている間に稀葉の鞍に引っ掛けておいて乾かすと、人里に着いた時に金銭に交換するか宿代にした。人里の近くで余分に獲物が獲れれば、それを村に持ち込む。久々の肉だと言って、喜んでくれる方が多かった。
候虎は、陸の生き物の頂点に近い。ほとんど敵がいない。共食いさえ厭わない凶暴さだが、数が極端に増えて人里を襲うことは無く知能が高い。
陸の人が恐れる生き物を従え旅をする柰雲は、人々の目からは珍しく映ったようだ。旅をして初めて、自分が井の中の蛙だったと知ったのだった。
村を出てから目的の地に順調に進めているのか、そうでないのかもわからない。情報が乏しく、目的地のことを誰も知らない。
柰雲たちは「東の果て」というあいまいな場所を目指して進み、とうに三週間が経っていた。
その日は朝から山の中を半日ほど歩いていた。
岩かげの涼しい場所で一息をつこうとしたところで人の気配がした。柰雲は辺りを警戒する。稀葉がくんくん鼻を動かし、気配のする方向へ視線を向けた。稀葉の視線の先を追ってしばらく待っていると、森の奥から人が歩いてくるのが見える。
稀葉は一瞬緊張するが、やみくもに人影に向かって襲い掛かることはしない。つまり、相手に敵意も殺意もないというのがわかる。
だとしても、柰雲はいつでも大刀を抜けるように緊張しつつ、森からやって来る人影に目を凝らす。はじめはおぼろげだった人の姿が、くっきりとわかってくる。
男のようだ。
男は深くかぶった笠を上げてこちらを見るなり、不思議そうに目を丸くした。
土と血を混ぜたものを塗った彼の顔を確認するなり、柰雲は手にかけていた大刀から手を外して警戒を解く。男は敵意がないということを伝えるように、両手を大きく振り始めた。
「やはり……!」
柰雲も両手を上げて応えるように振ると、人影が徐々に近づいてくる。近くまで来るとにっこり笑った。遠目で見るよりもがっしりとした体つきの背の低い男は、全身に蓑を纏っている。
「よお、大丈夫か? 山で迷ったか?」
男は柰雲と稀葉を交互に見てから、人の好い笑みを浮かべる。彼の声音に響くやさしさを感じて、柰雲はさらに警戒を解いた。
「向かっているところがあり、旅をしています。あなたは、
「そうだ。あんたは?」
「わたしは候虎使いの柰雲と申します」
自己紹介すると、男はへえと目を輝かせた。
「その獸はもしかして候虎かなと思ったけど。珍しい一族がいたもんだ。あんたずいぶん疲れているようだな。ここから先は人里まで半日、奥は山しかない。よかったら俺たちのねぐらに来るか? 麓の村へ行くより近いぞ」
「ありがたい」
男は白い歯を見せて笑い、サジと名乗った。
「候虎使いの民が歩き回るなんて珍しいな。いつも村か谷山にこもって外には出ないだろう?」
柰雲は旅に出た経緯を彼に話した。サジは複雑な顔をしたのだが、詳しいことはねぐらに着いてから聞くよと話を途中で切る。
サジが「着いたぞ」と指を差したのは森の中だ。柰雲も目を凝らして見てもわからないほど巧みに、草の中に隠れた天幕が幾つもあった。
「あれが、俺たち土熊一族の住まいだ」
気持ちのいい笑みをサジが柰雲に向けた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます