第3話:逃亡

 私は、いえ、俺は生き残らなければいけないのだ。

 この国の男の希望は、全て俺が背負っているのだ。

 卑怯と言われようと、惨めだと思われようと、絶対に生き残る。

 今の状態では、勝てる可能性は限りなくゼロに近い。

 既に傷口は塞いだが、身体中から噴き出した血と一緒に、多くの魔力が失われてしまっていて、何時もの力を発揮できない。


「透明」(転移)


「「あ!」」


 フレディとマリアンが同時に驚きの声をあげた、次の瞬間俺の視界から消えた。

 二人の目の前から俺が消えたことに驚いたのだろう。

 この世界には多くの失われた魔術があるか、その一つが転移魔術だ。

 そもそも転移魔術を習得できる才能を持った者が少ない。

 才能には適正と魔力の両方が必要なのだが、その魔力が莫大なのだ。

 それに教えてくれる師匠がいなければ、経験して学ぶこともできない。


 今頃フレディとマリアンは必死で俺を探しているだろう。

 常識的に考えれば、心で唱えた転移魔術ではなく、偽装で口にした透明魔術で隠れたと思っているからだ。

 それこそ手当たり次第に剣を振り回し、魔術を放って止めを刺そうとするだろう。

 二人が間違った行動をとっている間に、できるだけ王都から離れなければいけないが、まずは体力を回復しなければいけない。


 私はその場に座り込んで、魔法袋から食料を取り出した。

 こんなことになるとは思っていなかったが、聖賢者の嗜みとして、調理済みの美味しい日常食と日持ちのする非常食、莫大な量の料理素材を保管してあった。

 魔術で体力を回復させるには、まず素となる食事をとらなければいけない。

 傷を治すために使った脂肪と栄養素、失った血液を回復するには、肉がたっぷり入ったシチューと、砂糖をたっぷり加えたワインが必要不可欠だ。


 本当は甘ったるいワインなど飲みたくはないが、身体を治すためには、薬だと割り切って飲むしかない。

 軟らかく煮崩れた肉と根菜入りのシチューを食べ、栄養価の高い全粒粉の小麦パンを食べ、甘いワインで飲む下す。

 食べて直ぐに魔力で気血を流して消化吸収した側から更に食べる。

 同じものを食べるのも嫌ではないが、大好きなチーズとハムにも食らいつく。


 二人への怒りが食欲を増進させているのか、回復させなければいけない体力と魔力が多いのか、どれだけ食べても満足感が得られない。

 それどころかもっともっとと身体が食糧を要求する。

 それでようやく何が起こっているのか気が付いた。

 俺は、フレディの配偶者として求められていた姿から、復讐に相応しい姿に変化しようとしているのだ!

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