第6話 お手並み拝見
保住はぬいぐるみが好きなのかも知れない。だからそれを確かめたくて、大堀からぬいぐるみを借りるという作戦を思いついたのだ。しかし本当に好きなら、彼の部屋を眺めてもひとつも見当たらないというのは不思議だ。いや。敢えて置いていないのだろうか。憶測だけが渦巻いた。
「田口」
そんなことを考えていると、保住から呼び出された。
「安齋とこのリストの代表者を回れ。今週中な」
「承知しました」
田口は保住から手渡されたリストに視線を落とした。
先日、
田口はそのまま安齋の元に行き、回る順番を段取り始める。
そして入れ違いに大堀が呼ばれた。
「おれと大堀はグッズの案の打ち合わせに行く」
「は~い」
大堀は嬉しそうだ。
「室長と一緒なんて嬉しいです」
「お前は安齋以外だったら誰でもいいのだろう」
「あれ? よくわかりますね」
二人は仲良く連れ立って事務所から姿を消した。それを見送っていると、ふと安齋が口元を緩めて笑った。
「本当に嫌われたものだな。安齋」
田口は安齋を見る。しかし安齋は別段気にしている様子もなくリストを見ていた。
「別に。あんな奴に嫌われてもなんともない」
「そう言うなよ」
「事実だ」
本当に仲が悪いのだから。田口は大きくため息を吐いた。
***
安齋という男は文章作りと一緒で、無駄なところがない。話しも早く、てきぱきとしている。なにか言うと二言も三言も返してくる大堀とは違って、田口はやりやすいと思っていた。しかしその無駄な遊びがないせいで、うまくいかないことが多いということを安齋は知らない。
「こんなに数を回るとすると、一か所にかける時間は少ないほうがいいな……」
リストと地図を突き合わせて眺めている安齋。田口は首を横に振った。
「安齋。今回の件はおれに任せてくれないか」
「お前にか?」
「そう。おれのやり方でやらせて欲しい」
田口がはっきりと自分の意思を言うのは珍しいことだと思ったのだろうか。安齋は目を瞬かせてから頷いた。
「わかった。お前のお手並み拝見と行こうか」
「そういう言い方はプレッシャーだな」
「悪いな。これがおれの性格だ」
田口は鞄を抱えて立つ。
「では、行くか」
「そうだな」
変なプレッシャーをかけられて、動悸がしてきたが、田口は深呼吸をして気合を入れなおした。
***
「どうぞ、よろしくお願いいたします」
田口が頭を下げると初老の女性は、にこにこっと笑顔を見せた。
「田口さんたちには本当にお世話になったもの。そんな頭を下げるのはやめてくださいね。これからもよろしくお願いいたします」
「ごちそうさまでした。では——失礼いたします」
田口たちは女性宅をお暇させてもらい、駐車場に止めておいた公用車に乗り込み、訪問リストを消す。
「こう茶ばかり飲んでいると、トイレに行きたくなるな」
安齋はため息を吐くが、田口は苦笑するばかりだ。
「あれが市民合唱団の団長、浅川さんだ。彼女はふるまいが好きな方だ。出されたものを口にしないなんで失礼に値する」
「そんなものだろうか」
「丁寧に。こういった丁寧な対応が、なにかの時に役立つものだ」
「そんなものなのだな。
「そうだろう? 文化課では訪問が基本だ」
「部署の相違だな」
安齋は珍しく素直に頷いた。
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