第5話 野獣みたいな男




「ねえ、今日の昼間、田口とこそこそやってたのってなに?」


 大堀はおちょこでは飽き足らずに替えてもらったグラスをテーブルに置いた。


 ——別に大堀こいつと親睦を深めたいわけでもないのだが。


 つい十数分前。保住が最初に酔い潰れたのを見て、田口が彼を送っていくと言い始めた。


 ——大の男なのだから、放っておけばいいのに。田口は過保護だ。


 結局は「送っていく」と頑として言い張る彼の好きにさせることにした。安齋としては二人が帰ったことで、この場はお開きにするつもりだったのだが、大堀は安齋と話をしたかったようで、まったくもって帰る気配がみられない。安齋は面倒なことになったと後悔していた。


「今日の昼間?」


 安齋は「ああ」と声を上げてから、ニヤリとする。


 ——こういうタイプは虐めたくなる。


「偉そうだな。教えてもらう立場のクセに」


「これしか人数いないのに、おれだけ知らないだなんて意地悪だ! 仲間外れだ!」


 大堀は必死に抗議してきた。正直にいうと、安齋からすれば大堀という男は初対面からな人種だ。小人数の部署でなかったら近付かないタイプ。


「室長はなにかに夢中になっている最中は、外部の刺激に無頓着らしい。おれが直しで出した書類、返事はしたものの、まったく意識になかったんだそうだ。だから、田口が自分の書類の直しが終わっていないのに、室長に声をかけてくれて、一緒に出してくれたんだ」


「え? そういうこと?」


「お前、鈍感」


「な、本気で頭くるね。安齋って恋人も友達もいないだろう!」


「バカ。恋人くらいいる」


「嘘でしょう!?」


 大堀はショックだとばかりに顔を真っ青にした。


「なんだ、その驚き様は……失礼だな」


「嘘だ~! おれだっていないのに」


「お前いないの?」


 相手の弱みを見つけると、すぐに握りこむのが安齋の性質だ。彼は意地悪な笑みを浮かべる。大堀みたいな単純な男は面倒だが、扱いやすい面も持ち合わせていると安齋は理解している。


 ——面白い獲物ヤツがいたものだ。


 少し突いただけで、彼はしどろもどろに怒っているのだ。それが面白いのだ。


「お前ってさ。つまんない男だよな」


「う、うるさいな! なんだよ! きっと。田口だっていないよ、きっと……」


「さて。どうかな……?」


 安齋は意味深な表情で笑みを浮かべた。


 ——あの男に恋人がいないだって? そうは思えない。田口にはいる。確実に恋人のような、心の支えになってくれる人が。


 目の前で自分に対しての批判をしている大堀を無視して田口に想いを馳せていると、大堀の面倒をみるのが億劫になっている自分に気がついた。


「うううう……安齋の意地悪」


「意地悪? これがおれだが」


「室長に言いつけるもん」


 泣き真似をし始める大堀をほったらかしにして、安齋は思いに耽る。


 今日の懇親会は、メンバーたちの新たな一面を見ることができて有意義だった。

 室長の保住は仕事ばかりの男であると思っていたのだが、今日の飲み会では彼の意外な部分を垣間見た。

 保住はこういう席に来ると仕事の話は振られない限り一切しない。大堀をいじって遊んだり、田口をいじって遊んだりしている彼は、今までの印象とはまるっきり違って見えた。

 初日に副市長である澤井との邂逅を見た限り、すごく別世界の人であるかのように見えたのだが、笑顔を見せる保住は自分たちとなんら変わらない男に見えた。

 よくよく考えたら、彼は自分たちとそう年齢は違わないのだ。確か二つ上だと聞いてる。古めかしい言葉に惑わされるが、同年代なのだ。


 しかも今日の収穫はそれだけではなかった。自分たちをいじって楽しむ彼だが、特に田口に対しては笑顔が絶えない。彼とは前職でも一緒だっただけに、すごく親しい感じに見受けられたのだ。


 ——まるで友人みたいな、それでいて……。おもしろい。


「興味がわいた」


「え? おれに興味わかないでよ」


「お前じゃない」


「じゃあ、なんだよ~」


 思考の整理がつくと途端に、この場にいるのは無意味に思えた。大堀の相手はうんざりだ。彼と話しているとを思い出して、なんだか胸がくすぐったくなるから。


 ——早く離れたい。


「もうお前とは二人きりで飲まない」


「ちょ、どういうこと? 嫌いってこと?」


 大堀は目を白黒させた。安齋はさっさとお金を置くと立ち上がる。


「帰る」


「どういうこと? 安齋の言っている言葉の意味が一つもわからないよ、ねえ! わかるように話してよ」


「うるさい」


「ひどいー! こんな冷たいヤツに会ったことないんだからね!」


「……」


「無視?!」


 大騒ぎになる大堀を見捨てて、安齋はさっさと赤ちょうちんを後にした。


 ——色々な意味で面白くなって来たぞ。


 そう自覚すると、疲れなど薄いだ。心が弾んでいてワクワクする気持ちを抑えることができなかったのだった。





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