第3話 本庁という場所




 ——五分後の会議の資料を作るのか?


 安齋あんざいは、田口たぐちを見つめていた。彼が田口という男をよく知ったのは、昨年度の職員研修の時だった。

 それ以前は、安齋が配属されていた音楽ホール『星音堂せいおんどう』に業務の一環として顔を出すくらいだったから、彼の中身まで理解したのは、研修の時が初めてだったのだ。


 研修の時。田口は冴えないポジションにいた。自分はチームのリーダー。大堀はお金の計算。もう一人一緒だった男は発想力豊か。田口は真面目一徹の堅物というキャラを生かしてプレゼンテーションを成功させたが、地味であることには変わりなかった。

 

 新しい部署で彼と一緒になると聞いて、正直に言うと一番足手まといになる男なのではないかと思っていたのだ。それなのに——。


 ——研修会の時の田口と、今の田口の印象が違うのは気のせいなのだろうか。少し騙せば、いいように扱える男。そう思っていたのだが……。


 田口が資料を作成している間、大堀はボールペンやノートを取り出して打ち合わせの準備のようだ。

 ここのまとめ役、つまり室長である男は、傍にある資料を眺めていたが、田口がプリントアウトをしようとしているのを見て立ち上がった。


「どれ、行こうか。四十五分から初め式があるから。その前に


 ——捕まえる、だと?


 大堀と安齋にとったらこの男とは初対面だ。まだ彼の人と成りがつかめないせいで、キツネにつままれたようなことばかりだ。たった十数分しか時間が経過していないのに、一時間以上ここにいるみたいな感覚だった。


「いけます」


 田口は資料を手に男に続く。それに遅れながら大堀も着いていった。


 ——一体、なんなのだ?本庁とは、どんなところなのだ。星音堂とは随分と違うのだな。


 安齋は慣れない環境を実感しながら、最後に廊下に出た。




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