第127話 However
気が付くと、俺は町に飛び出していた。
当然、麗華がどこにいるかなんてわからないし、携帯もつながらない。そもそも『あの人』と話をすべきなのかもしれない。
だが、それでも俺はいてもたってもいられなかった。とにかく麗華を探すことが最優先。だと考えていたからだ。我ながら冷静さを失っていたと思う。
……麗華が行きそうな場所は全部行ったつもりだ。
アビス、学校、黒嶺家がよく使っているスーパー、黒嶺家などなど。しかしどこにもいなかった。
「くっそ……あいつ……どこに……」
「奏多君!」
大声が聞こえた。梓の声だ。麻沙美と……凛もいる。
「梓!麻沙美!凛!なんでここが!?」
「すずっちから電話がかかってきたの!診療所で片付けの手伝いをしてたら……」
――黒嶺が走っていってたんだが、何かあったのか?
「って!」
「あたしも黒嶺先輩が心配です!一緒に探しましょう!」
こくりとうなずき合う。しかし、ただひとりのみ……
「……少なくとも……」
「え?」
「少なくとも、私は探しに行く資格なんてないよ……麗華さんがこう言った行動に出たのは、私のせいでもあるんだし……」
瞳を震わせながら言うのは凛。だが俺は……
「ここで諦めたら、お前は本当に後悔するぞ。それでもいいのか?」
「……」
だが、その言葉を聞いても、凛は本当に怯えている様子だった。
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「……」
窓の外を、奏多の影が横切る。あいつ、相当必死になってるな……本当に……
「本当に好き、なのかも知れねぇな」
「お前の事が」
「……」
椅子に腰かけている黒嶺に、オレが声をかける。黒嶺はどこか、物悲しそうな顔をしていた。
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「?」
久々に診療所の掃除をしていたオレの目に、走っている黒嶺が飛び込んできた。何か焦燥感を感じる。
「どうした?」
オレは受付の窓を開け、黒嶺に呼びかけた。黒嶺は驚いた様子で、オレの方を向いた。
「白枝さん!?どうして!?」
「どうしてって……ここオレんちなんだが……あ、さっきは悪かった。さすがに痛かったよな?」
「……」
無言のまま、オレから目を逸らす。確かに気まずい……
「とりあえず入るか?ちょっと座って落ち着いた方がいいかもしれねぇだろ?」
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・
そして、黒嶺から事情を聴いて……今に至る。
「まったく、かくれんぼならもう少しまともなやり方ねぇのかよ。それに{携帯の充電を昨日忘れてた}?お前はうっかり何兵衛だよ」
「うう……ごめんなさい……白枝さん……」
「だから謝る相手が違うだろうが。現にお前誰に迷惑かけてんだよ」
それを聞いても、黒嶺は落ち込んだままだった。
「……もっかい言うけど、オレはお前が奏多の事をどう思ってても構いはしねぇ。どうしようもないくらい好きでも、どうしようもないくらい嫌いでも。で、今回の行動が誰のためなのか。も別に構わねぇ。でもな、お前のその行動で、青柳を苦しめてちゃ良くないだろ」
冷静に言うが、黒嶺は何も言わなかった。
「言ってみ?青柳と何があったのか。そろそろ」
「……」
「……オレたちテストが違いんだろうが!こんなモヤモヤした空気の中テスト迎えるとか、そんな事勘弁してくれよ!」
その大声に、大きく黒嶺の目が見開いた。瞳孔は小さくなり、オレの事をじっと見ている。
そしてさすがに勘弁したのか、オレにゆっくりと話し始めた。
「白枝さん……私……わからないんです」
「何が?」
「{好きな人がいる}という事がどういうことなのか、それは本当に幸せなことなのかどうか、わからなくて……それで迷惑をかけてしまうなら、手を引いた方がいいとも思ってしまって……」
「……」
黒嶺の言った『好きな人』が誰なのか、火を見るよりも明らかだった。『オレだって好きだ』と、言いたい気持ちをぐっとこらえる。
「だから、私は奏多さんから身を引こうと思ったんです。他の人の恋の邪魔になりそうだから、と……」
グッと両の手の指を合わせた手のひらを握る。その瞬間、涙がこぼれ始める。
「でも……どれだけ奏多さんを無視しようとしても、ダメなんです。無視しようとすればするほど、奏多さんの存在が大きくなってきて……」
ぽとりぽとりと、頬を伝った涙が手の上に落ちていく。
「本当は、青柳さんが{奏多さんが好き}と聞いた時から青柳さんを応援したかったのに……いつしか青柳さんの事が嫌いになりそうで……{あっち行ってよ}とか{空気読んでよ}よか……{奏多さんに近付かないで}とか、思い出してしまって……嫌なんです!暴走を止められない、私自身が……!」
……なるほど。つまり青柳も、奏多が好き。梓も、奏多が好き。そして黒嶺も、奏多が好き。そしてオレも……
そのまましくしくと泣き続ける黒嶺。オレはその黒嶺に、あえてひとつ聞く。
「本当に、お前は奏多が好きなのか?」
「……え?」
「本当に、お前は、奏多が、好きなのか?そう聞いてるんだ」
その問いには、こくりとうなずく。
「けれども……この思いは忘れなきゃダメなんです……きっと……今回は恋愛の事ですし」
「忘れなきゃいけない理由はなんだよ」
「だって、青柳さんが」
「オレも奏多は好きだぞ」
その言葉に、びくりと黒嶺は動いた。心臓が少し早鐘を打っているようで、顔は少し紅潮している。
オレがあまりに自然と『奏多が好き』と言った衝撃からか?それとも……オレが奏多が好きだと、思いもしなかった驚愕からか?
ともあれ目の前の黒嶺は、オレの瞳から視線を外せなくなっている。
「……な、なんで、そんな堂々と……」
「堂々とじゃねぇ。事実を言っただけだ。……お前も奏多が好きって言うのは、事実なんだろ?」
「う……だとしても……私は……」
「いいのか?迷ってたら、オレが横取っちまうかも知れねぇぞ」
そしてあえて挑発する。さすがに黒嶺なら反応するだろう。そう考えていたためだ。
「……それでもいいです」
「……」
紡ぎ出された言葉は、彼女にとってもオレにとっても、衝撃的な言葉だった。
「なんで……すぐ諦めるのかお前!?」
「きっと、白枝さんや青柳さんの{好き}に対して、私の{好き}は、同じ土俵にすら立てないくらいですから」
「……」
「ここで私が奏多さんから身を引けば、きっと丸く収まるはずですから……すいません。そしてありがとうございます。悩みを聞いてくれて」
そして立ち上がり、去ろうとする黒嶺に……
「……!」
オレはギュッと手を握った。
「!?白枝さん……!?」
「……んでだよ……!」
「なんでお前は戦おうとしねぇんだよ!」
顔を上げ、黒嶺に雄叫びを上げる。再び部屋の中にドクドクとした心音が響く。
「なんで戦おうとしねぇんだよ!なんで自分の心に嘘をつくんだよ!なんで……なんで奏多への思いに蓋するんだよ!大体これくらいで諦めるくらいなら……最初から{奏多が好き}なんて思うんじゃねぇ!」
「白枝さん……けれども……私は」
「それとすぐに自分自身を否定すんな!{けれども}とか{だけど}とか簡単に言って自分を偽るんじゃねぇ!オレも、奏多も、ましてお前に振り回された青柳も報われねぇだろうが!」
その言葉を言うと同時に、オレははぁはぁと息切れした。怒りではない。言い切った感覚に襲われて。である。
オレの呼吸の乱れに反比例するように、黒嶺の瞬きの回数は少なくなってくる。カチカチと、時計の針の音しか聞こえない。
「私は……私が……やるべきことって」
「オレが言えることはこれまでだ。でもこれだけは言っておく」
「動くことを恐れるな。好きになることに、臆病になるな」
「……」
それを聞いた後、黒嶺はオレから背を向けた。
「お前んちには、いずにぃから話つけといてやる。奏多たちに見つからないように、家に帰れよ」
「……ありがとうございます」
静かに言う黒嶺。しかしそのつま先は、真逆の方角を向いた。
「最後に教えてください。どうして白枝さんは……私に対して怒らないんですか?奏多さんが好きだと聞いても……」
「さぁな。こう見えてオレ気まぐれだから。とにかく、早く帰れよ。もう夜も遅いんだし」
「……はい」
黒嶺は少しだけ冷静さを取り戻して、今度こそオレから背を向け、歩き出した。
「……」
そして窓を開ける。
「お前、本当幸せもんだなぁ。奏多」
梅雨の時期の風は、どこか湿っていて、心地よいものではなかった。
「……」
――どれだけ奏多さんを無視しようとしても、ダメなんです。無視しようとすればするほど、奏多さんの存在が大きくなってきて……
――でも、奏多君は、あたしだって好きだかんね。いくらすずっちでも、容赦できないよ!
「オレは……どうすりゃいいのかな」
その梅雨時の湿った風が、オレの不安をあおった。
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「……」
『私』はシャワーを浴びながら、今日の日の後悔を洗い流そうと必死になる。
懸命に目を閉じ、懸命に無心を貫こうとしても……ダメ。黒嶺さんの顔が思い浮かぶし、奏多君の顔も……
あの後『今日は黒嶺さん用事があるのを忘れていた』と黒嶺さんから電話があり、全員ほっと胸をなでおろしたのはいいが……なんだろう。
なんだろう。この猛烈な後悔。
なんだろう。この猛烈な自己嫌悪。
私が元から無意識に『奏多君が好き』と言わなければ、少なくとも黒嶺さんはこうはならなかったはずだ。なのに、私は言ってしまったんだ。だから黒嶺さんは……
「私のせいだ……私の……」
私はシャワーのに紛れ、涙を流した。排水溝の中に、静かに私の涙と、シャワーの水が流れていった。
問76.『いざこざや喧嘩をしたあとは、以前よりも関係が安定すると言うたとえ』と言う意味のことわざを答えなさい。
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