第84話 天王山
「ただいま」
「あ~、麗華ちゃんおかえり」
家に帰ってくると、リビングでお姉様が何か資料を読み漁っていた。
「お姉様、それは?」
「あぁ、ごめん。今直すから……って、麗華ちゃん、気になる?」
「はい。これ見よがしに散らばっていたんで……」
その中の1枚を手に取る。
『8年前1月に発生した 教師の過労死事件について』
その内容は、京都のとある学校で教師が過労による体調不良により病死……学校側に責任を負わせようとある人物が訴えを起こしたが、学校側の圧力によりその訴訟自体が頓挫した。と言うもの。
「いや、緑川潤一郎さんに聞いたんだけどね、なんでも匿名で、教育委員会側に訴状が届いたみたいなの。でもさすがに京都の事は二次市の管理下じゃないから、動くわけにいかないみたいでさ」
「匿名……ですか。でもこの資料の学校側の意見……大分検問されていますね。被害に遭った女性教師の方の名前も、学校の名前も消されています」
「そうなんだよ。だから色々と調べまわってるんだけど……あんまり重要な情報は残ってないし。そもそも8年前に発生した事件だから、証拠も残ってないだろうしね~」
今更誰がこんな訴えを……?と、思いつつ、お姉様を見ると、お姉様はパソコンで色々調べまわっていた。
邪魔するのも悪いし、私は夕食を作ってあげよう。そう思った時……
「?」
携帯の着信音。お姉様だ。
「もしもし?」
しかしすぐに首をひねる。
「あの……どちら様?」
……すぐに電話は切れたようだ。
「ど、どうしたんですか?」
「いや、わかんないけど、ボイスチェンジャーの声で{コレイジョウ キョウトノジケンニ カカワルナ}って」
「お姉様は真似しなくていいと思いますが……」
でも、なんだろう?この胸のざわめき。
この事件は、何だか放置してはいけない気がする……
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「……私たち青柳家は、もともと京都の出身だったの」
青柳の心を落ち着けるために、ひとまず近場の喫茶店に入って話を聞く。
目の前に置かれたホットコーヒーの湯気が、彼女の表情をはかなげに映し出す。
「父さんの青柳 武志、母さんの青柳 唯(あおやぎ ゆい)、一番上のお姉ちゃんの青柳 ゆかり(あおやぎ ゆかり)、お兄ちゃんの青柳 宗悟(あおやぎ そうご)、そしてさっき会った青柳 祐輔」
「つまりお前は4人きょうだいの2番目か」
こくりとうなずく。
「前に……話したよね。母さんは、過労死したって」
「……あぁ。確か周りの教師に仕事を押し付けられて、それが折り重なって」
「父さんがおかしくなったのは、それから間もなくだったんだ。それにつられて姉さんも、兄さんも、祐輔も私から離れて……」
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「ふぅん?あんた、やっぱり父さんの言う事を無視するんだ?」
目の前にいる……お姉ちゃんが私を見下しながら言う。
「……そもそも私は、お姉ちゃんやお兄ちゃん、祐輔みたいに運動が出来ないって何回も」
「だから何?そんな勉強して、まさか学校の先生にでもなるつもり?」
……わかる。お姉ちゃんは、私のことなんてどうでもいいんだ。
自分は父さんに従い、そして陸上アスリートとしての道をそれほどの障害なく文字通り走っている。人生としては、お姉ちゃんの方が正しいのだろう。
……でも、それは父さんが作り出した道。父さんが、自分の思い通りに進ませた道。……何故なら……
・
・
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「見て!見て見て!お父さん!私学校のテストで100点を……」
「……!」
バチーン!
いきなり左頬を思い切り平手打ちされる。油断していた私は、大きくもんどりうってしまった。
「それがどうした?」
「……!」
「それがどうしたと聞いている。勉強などやるだけ無駄だ。唯が証明しただろう?すぐれた頭脳など無駄だと」
父さんの顔は、氷のように冷たくて、視線は刃物のように鋭かった。
「そんなことで喜んでいる暇があるなら体力を付けろ。いいな?」
「……で、でも」
「逆らうな。俺はお前の親だぞ」
その声のすごみに、私は何も言えなくなった。
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・
結果的に私は休みの時間はほとんど基礎体力作りに費やす羽目になった。……だが、まったくと言っていいほど成果は出なかった。
でも、私の夢は母さんのように……
「……ま、せいぜい頑張んなさいよ?すぐお父さんの逆鱗に触れるでしょうけどね?」
「……」
私の部屋を出ようとするお姉ちゃんに、私は……
「お姉ちゃんは!今のままでいいの!?」
大声を出した。だが……
「当然?少なくとも、あんたよりはね」
その一言で、私は一蹴された。
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「結果的に私は高校進学を気に、父さんの元から離れて東京に来た。東京には、母さんの友達がいたから、その人を頼ることにした。でも……」
「結局そのお前の母親の友達もお前の父親に丸め込まれたりとかしたわけか……」
「……」
あれ?違うのか?俺はふと疑問に思う。
「その方がよかった……かも知れない」
「ど、どういうことだよ」
「……」
すると青柳はおもむろに……
「ごめん……奏多君」
「え?」
頭を下げて謝る。俺にはまるで状況が飲み込めなかった。飲み込めるはずもなかった。
「私、嘘をついてた。私が君に会ったのは……この昇陽学園が初めてじゃなかったの」
「……どういうことだよ」
「有栖川先生、知ってるよね。{清音高校}の」
その言葉を聞き、俺の心臓は止まるかと思った。
「な、なんで清音の話に……なるんだよ」
「……その時……私は同じ学校だったから」
そして俺はハッとした。青柳と話しているうちにたまに感じていた、懐かしい感覚……
「じゃあ俺とお前って、清音で何回か会ったことがあるのか!?」
「……会ったこと{だけは}ある。話したことはない……はずだけど……」
何も知らなかった。青柳の事を、何も知らなかった。
そんな俺が『青柳の事をもっと知りたい』なんて、言うのも今思えばおこがましい。
「その有栖川先生が、私の面倒を見てくれると言って、私はこっちで暮らし始めた。……だけど」
「だけど?」
「……」
すると、青柳は急に押し黙って……
「ごめん。やっぱり無理……」
と、か細い声で言った。その目には少し、涙が浮かんでいるように見えた。
「……そうか」
「え?」
こくりとうなずいて話の流れを切ると青柳はぽかぁんとした顔を浮かべた。
そのまま俺は、ミルクを入れてコーヒーを混ぜる。
「しゃべるのが嫌なんだろ?だったら聞かない。誰にだって秘密はあるものだからな」
「……ごめん、奏多君。だけど……」
「だからいいって。でも……もし気持ちが落ち着いたら、また続きを聞かせてくれ」
その言葉を聞いた青柳は、少し落ち着きを取り戻したようだった。
でも、青柳がそこまでひた隠したい過去とは、いったい何なのだろう?……いつか聞けるだろうか。
「……今日はありがとう。奏多君」
「いいってことだ。まぁ、お前の過去は若干興味があるけど……話したくないことを聞くほど俺は悪趣味じゃないからな」
「……」
顔を赤くする青柳。
「どうした?」
「……」
そして青柳は、手をそっと俺の胸に押し当てる。
……そして、ゆっくりと離れる。
「……やっぱり、ダメだよね」
「何が……」
「……」
「……だって、奏多君まで……やっぱり巻き込むわけにいかないから……」
「……次の京都への修学旅行で……きっと……」
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「なるほど……昇陽学園の修学旅行は京都か。ふっ、あちらから来てくれるとは、手間が省ける」
とある家の中で、男が話す。
「ようやく、青柳家がそろう時が来たんだな。父さん!」
「そうだな。無駄に時間をかけさせおって。凛の奴め」
「早く会いたいよ!凛に!凛に会って……」
「父さんに恥をかかせたことを、後悔させてやりたい!」
言葉とは裏腹にその目は澄み切っている。
「お前は本当に親思いのいいやつだな。宗悟」
「当たり前だよ!むしろ凛が親不孝なだけだ!俺はあいつの事を許さないぞ!泣いてもだ!」
そこへ入ってくる、長身の女。
「え?何何?凛がどうしたの?」
「ゆかり、凛が帰ってくるぞ!あの親不孝の凛が!」
「あら?本当なの?結局音を上げたのねあの子」
「そうではない。なんでも昇陽学園の修学旅行の行き先が京都らしくてな……」
するとその男……青柳 武志は突然2人に顔を近付け喋りだした。
「す……すごい……!さすが父さん、目から鱗だよ」
「なるほどね。すべてはこの日のために祐輔を昇陽学園にスカウトさせるように改造したのね」
「ふ、本当は違うがな。だがこれであいつを確実にこちらに戻す算段が立った。早速行動を開始する」
「わかったよ父さん!これから忙しくなるぞ~!」
張り切った様子で宗悟は、ファイティングポーズを取る。
「お前にも手伝ってもらうぞ。ゆかり」
「で、ウチは何をすりゃいいわけ?」
武志がゆかりに、丁寧に説明をし終えると……
「わかった。しっかりやるから、期待してて」
「ふ、頼むぞ。我が最愛の息子と娘よ。お前たちは{失敗作}のようにならんと信じているからな」
ニヤリと笑う武志を前に、軽く会釈をして、そして2人は部屋を出た。
「天王山は、その時と言えるだろう。さぁ。しのげるものならしのいでみろ{失敗作}」
「……ちっ」
自分の部屋に入った直後に、ある人物は舌打ちをした。
問53.次の意味の言葉を、英語で書きなさい。
『弱々しい感情に走りやすいさま、感傷的』
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