第62話 ブラックフラワー・クリスマス(9)

『教育委員会委員 生徒に圧力 余罪多数』

『親子で家族の車のブレーキオイルを抜き事故を誘発か 近く立件の見通し』

『清音高校「当該生徒への処分を迅速に」』

『怒りの教育委員会「痛恨の極み」』


 瞬く間に、紫原家の悪事は浮き彫りとなった。同時に南條……黒嶺先生の疑いも晴れ、その日のうちに捜査令状は取り下げられた。


「ただいま」

「お、おかえり、おにいちゃ……」

 俺の隣に黒嶺が立っているのを見て、口を噤む空。


「……」

 バツが悪そうな顔をする黒嶺。しばらく静寂が支配する。


「……あ、あの……」

 その静寂を裂くように、空は、頭を深々と下げた。


「ごめんなさい!」

「え?」

「あなたの事を考えずに、色々とひどい事をしてしまって……ごめんなさい……ごめんなさい!」

 すると黒嶺は、にこりと笑った後……


「もう、終わったことですよ。それより空ちゃん、何か食べたいものはありますか?」

「え?」

「なんでも作りますよ。仲直りの証……なんて言ったらおかしいですが」

 それを聞いた空は……


「じゃあ、ハンバーグ!ハンバーグ作ろうよ!黒嶺お姉ちゃん!」

「……ハンバーグですね……って、黒嶺お姉ちゃん!?」

「異存はないだろ黒嶺{お姉ちゃん}」

 顔を真っ赤にする黒嶺。


「空ちゃんはともかくっ!あなたはお姉ちゃんと言うのは認めませーん!」

「だぁー!ごめんなさーい!」

 腕をぶんぶんと振る黒嶺に、俺は腕を上げて驚く。


「だぁー、もうイチャイチャすんな!後ろ詰まってるだろ!」

 白枝の声に、黒嶺が振り返る。そして空がぽかんとした顔を浮かべる。


「れいれいの悪い癖だよ!そうやって周り見ないの!」

「重たい……重たい……!」

「……だから白枝さんに持ってもらえばって言ったのに」

 赤城、緑川、青柳も立っている。


「お兄ちゃん……さっき電話で言ってたちょっと遅くなる理由って……」

「あぁ。今日はクリスマスイブだろ?去年お前に何もやってやれなかったから、今年はやれるかなって思って協力をお願いしたんだが……」

 振り返る。


「こんな風に、みんな俺に協力してくれるって言っててな」

「……」

 そして空の目は、宝石のように輝いていた。


「空?」

「お兄ちゃんもそうだけど、色々な人とパーティが出来るって、とても嬉しくて……!」

「あぁ、そうだな」

 俺は、空の頭をポンポンとやさしくたたいた。




「……やっぱうまいな、黒嶺」

「料理だけには自信があるので……そう言う白枝さんだって上手じゃないですか」

 精密機械のような手際の良さで、ケーキやハンバーグなどを用意していく白枝と黒嶺。空も手伝いをしている。


「白枝お姉ちゃん。ここにもう入れていい?」

「あぁ、いい……お姉ちゃん!?」

 何故か後ろに跳びあがるかのようにものすごく驚く白枝。


「あれ?どうしたの?白枝お姉ちゃん」

「あー、あー、なんでもない。でも初対面の女の子に女扱いされたの久々だったから……」

「あれあれ~?なんですずっち顔真っ赤にしてんの~?さては空ちゃんに」

「ほ、惚れるかバカ!オレはそっちの気ねぇよ!」

 いや、惚れるとかそう言う事は言ってないと思うが……


「で、悪いな青柳も緑川も、掃除してもらって」

「いいよ。家に帰っても今日、やることないし……それに……クリスマスにケーキを食べるなんて、何年もなかったから」

「父さんは今日、会見とかで忙しくなりそうで、帰ってくるの遅くなりそうだから、あたしもいいですよ。それに……ケーキを食べられますから!」

 顔を明るくする2人。……あー。なるほど。


 絶対ケーキ目当てだ!?


「……というより……黒嶺さん、印象変わったよね。髪型もだけど……なんというか、明るくなったというか」

「それは思いますね。今日のあの大声もびっくりしちゃいました」


 ――なんて……なぁんて言うと、思ったかよバーーーカ!


「……」

 あれ、俺が言った言葉のまんまだったよな……俺は正直恥ずかしかった。

 でも、それでも……あいつを、あいつの大切なものを守れたなら、俺はそれでいい。俺の喉のつっかえも取れたが、それよりも黒嶺の方が……




 そして日も沈んだ6時、料理の準備が完了した。

 空ご注文のハンバーグ、フライドポテト、そしてメインのケーキなどなど。リビングのテーブルには所狭しと料理が並んでいる。


「おぉ~!」

 目を輝かせる赤城。あ、こいつ、速攻で全部食う気だ。


「まだ食べちゃダメだよ赤城お姉ちゃん!まずは乾杯の音頭からだよ!」

「何の飲み会だよ」

「む~、いいじゃんお兄ちゃん。だって、楽しいんだもん」

 頬を膨らませる空。


「それに乾杯の音頭って、誰がやるんだよ」

 そう言うと、一斉に向けられたのは、銃口のような空を含めた6つの目線。


「……は?俺!?」

「言い出しっぺの法則だよお兄ちゃん!」

「わくわく……」

「言い出したのお前だろうが!そして青柳もそんな{エサをもらう前の犬}目やめろ!」

 仕方がないので、俺は全員にジュースを入れ、一度咳払い。そしてグラスを持ち……


「……」

 立ち上がる。てか全員の視線がもはや痛いんだが……そして俺は……


「……え、えー、本日は、お日柄もよく……」

「かんぱ~い!」

「「「「かんぱーい!!」」」」

 空気を読んだのか、赤城がいきなり号令。


「コラー!ガチで泣くぞ!?」

 と、言いつつ少しだけ安心する俺だった。




 ……それから3時間ほど経って、黒嶺以外の全員が家路につく。……黒嶺は今日も、この家に泊まることになった。

 黒嶺の家の前に、またマスコミが集まっているからである。マスコミはいかなことがあろうと、結局集まるんだな……面倒な奴らだ。


「ごめんなさい灰島さん、洗い物、お手伝いしてもらって」

 リビングのソファーに腰かける俺と黒嶺、向かいのソファーでは空が、すぅすぅと寝息を立てている。


「いいっていいって。そもそもこの家俺んちだからな。自分の家の食器洗うのは当たり前だ」

 結構な量の洗いものだったが、それでも2人で協力して洗えばすぐに終わった。


「……その、灰島さん」

「ん?」

「あなたには、なんとお礼を言えばいいのか……皆さんにも病院でお礼を言ったんですが、その……その……」

「どうした?言いたいことがあれば、遠慮なく言っていいんだぞ」

 俺はそう言うが、黒嶺はまた左胸を押さえ、顔を赤くしている。


「お前最近そうすることが多いけど……どうしたんだ?」

「……あ、ええっと、何も、ないです」

「ならいいけど……」

 カーテンを少し開けてみる。


「?……おい」

「え?」

 窓の外には、はらはらと雪が降っていた。冷えると思ったら、雪が降っていたのか。


「きれい……お姉様も見ているでしょうか?」

「どうだろうな。もうそろそろ消灯時間じゃないか?……でも、見てるといいな。黒嶺先生」

 せっかくなのでリビングの窓を開けてみる。雪の花は地面に落ちて、ただの水滴へとその姿を変貌させていく。


「私、お姉様に言われたんです」

「え?」

「私が自分自身で物事にあたって、そして自分自身で一歩踏み出したことがたまらなく嬉しい。と。私なんて、まだまだ弱いのに。この{一歩を踏み出す}というのも、灰島さんがいなければ出来なかった事なのに」

「そうか?」

 俺が言うと、黒嶺は驚きではなく『ん?』というように視線を送る。


「結局俺がいくら背中を押そうと、最後にやるのはお前だ。お前は自分の意志でやったんだ。お前は弱くなんかない」

「……自分の、意志……」

 再び左胸を押さえる黒嶺。今度は下を向いて何かを考えている。


「……どうした?」

「……は、灰島……さん」

「ん?」

「正面を向いたまま、め、目を……閉じてください」

「は……?」

「と、閉じてください!お願いですから!」

 なんのお願いだ……?とりあえず俺はゆっくりと目を閉じた。


「こ、こう……」

 その時……


 ちゅっ


「!?」

 俺の左の頬に……黒嶺の柔らかい感触が……触れた。


「く、黒嶺……お、お前……!?」

「……お、お礼、ですが……ダメ、でしたか……?」

「……あ、いや、その……」

 互いに顔が真っ赤になっている。互いの心臓の鼓動が、今にも聞こえてきそうなほど、強く、そして早く音響を響かせる。


「ちゃんと……出来て、よかったです」

 黒嶺は、極めて穏やかな笑みを浮かべていた。


「……」


 ――麗華ちゃんね。クリスマスの日は、いつも楽しそうに笑って、それを見てるだけでも楽しそうで……父さんや母さんは、『ブラックフラワー・クリスマス』って言って、楽しみにしてたな。


 黒嶺先生が言っていたことを、ようやく理解するに至った。そして……ようやくその思いをかなえることが出来た。


「あ、え、えっと……そろそろ寝ます。空ちゃん……お願いしますね。{奏多さん}」

「お、おう」

 黒嶺の感触が残る左頬を触りながら……


「……い、今、{奏多さん}って……?」

「……ふふっ、気のせいじゃないですか?」

 そう言いながら、黒嶺は両親の寝室に入っていった。

 俺はその背中が、ぱあっと明るくなったように見えて……まるで大輪の華が咲いたかのように見えた。


───────────────────────


「……」

 灰島……奏多さんのご両親の部屋に入った途端、私はへなへなとその場に尻もちをついた。


 ドクドク ドクドク ドクドク ドクドク


 心臓の早鐘は、まだ収まらない。息は緊張と興奮で乱れ、足に力が入らない。

 ……やっちゃったんだ、私。奏多さんに……キスを……


「……」

 好き。好き。好き。


 奏多さんが……好き。大好き。


 私の頭の中で、その情報が渦を巻き、そしてその『好き』という言葉に飲み込まれそうになる。

 でも、私はその渦にあらがうことが出来なかった。


 私はもう……自分ではどうすることも出来ないくらい、どうしようもないくらい……




 灰島 奏多さんに、恋をしているんだ。




問39.現在のグレゴリオ暦において12月31日になっている、1年の最後の日をなんというか答えなさい。

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