第56話 ブラックフラワー・クリスマス(3)

 しとしとと雨が降る。

 窓が濡れ、アスファルトに雨がぶつかる。


「お……お風呂……いただきました……」

「おう。じゃあ俺も……」

 ホカホカと体を上気させた黒嶺が、バスタオルの姿で……


「お、お前!?なんでそんな無防備な姿なんだよ!?」

「なんでって……?…………!!」

 突然黒嶺の顔が真っ赤になり……


「きゃあっ」

 黒嶺の体をそれ以上見ないように、俺はクッションで顔を隠す。同じように黒嶺は、リビングのソファの背で体を隠すように身を隠す。


「……案外ズボラなんだな……」

「お、お姉様がそうだったので……」

「でもいいのかよ。俺最後で」

「いいですよ。灰島さんのお宅ですから」


「はぁ……」

 湯舟に浸かり、息をつく。ようやく今日1日の疲れが取れてくるようだった。それにしても……


「……」

 男物のシャンプーしかなかったんだが、黒嶺にはあっただろうか。

 ……あいつ、案外いい体してるよな。カーミラの時から思ってたけど、胸も腰も尻もなかなか……


「!?」

 って何言ってんだ俺!?そのために黒嶺をこの家に連れ込んだわけじゃないだろ!?無だ。無。無でいろ、俺……!そ、そうだ。無でいるために体を洗おう。そう思い、湯船から立ち上がり……


「灰島さん」

「どわあああぁぁ!」


 ドボ~~~ン!


「な、何やってるんですか……?」

 扉1枚隔てたところにいる彼女の声に、俺は落ち着きを取り戻す……


「な、なんだ……なんだ?黒嶺……」

 ……状態とは程遠いが、とりあえず冷静を装う。


「本当に、いいんですか?あなたのお母様の服を勝手に使うなんて……」

「あぁ、いいよ。俺の家、父さんも母さんも放任主義だしな。お前が泊まろうが問題ないはずだ」

「……」

 急に静かになる。そして……


「……胸がきついです」

「遠回しに母さんをディスるのやめてもらっていいか!?」




 風呂から上がり、リビングに黒嶺と2人で座る。


「……ごめんな、黒嶺。本当は空にも話聞いて欲しかったんだけど……空は{話なんてしたくない}の一点張りでな……」

「……そう、ですよね。私は……空ちゃんにも……」

 顔を伏せる黒嶺。


「……もしかして、空ちゃんが勉強が嫌いな理由って」

「あぁ。お前にはきつい話になるかも知れないが……去年のあいつのいじめにあったからだ。だから、空は俺の状態を見て……」


 ――もうやだ……学校なんて嫌い……勉強なんて嫌い……

 ――もう……学校なんて行きたくない……!


 その言葉を聞いた後、黒嶺は静かに唇を噛みしめる。そして小さく『ごめんなさい』と言った。それを見た俺は……


「……悪い」

「な、なんで灰島さんが謝るんですか」

「……悪い」

 いざ『悪い』と謝ってみたが、これ以上の言葉をつなげることが出来なかった。

 本当に悪いのは『黒嶺 麗華』でも『黒嶺 あきら』でもないからだ。


「……ね、寝る時はどうすればいいですか?」

 空気を読んだのか、読めなかったのか、黒嶺はそう言った。


「そうだな……母さんの部屋を使ってくれ。俺と一緒に寝るなんて嫌だろ?」

「……」

 なぜか照れたような顔をする黒嶺。


「え?……お前、まさか……」

「な、なんですか?」

「まさか、ひとりぼっちじゃ眠れないとか、そんな感じのめんどくさい感じの奴なわけ……」

「……!?」


 あったー!チクショーありがとうございまーす!




「……」

 で、その日の深夜、両親の寝室に至る。


「……」

 ……それにしても、黒嶺って……案外ポンコツなんだな……高校生なのに1人で寝れないなんて、初めて聞いたぞ……てことは、普段も南條先生と……


『も~、麗華ちゃんくっつきすぎだよ~♥』

『ダメです、お姉様がいないと私、眠れませんから♥』


「……」

 いや、逆に黒嶺が受け……って、何言ってんだ俺!?ちょっとまずいな。黒嶺には悪いが、やっぱり俺は自分の部屋で寝よう……


 2階の俺の部屋に上がる。そこで違和感。


「?」

 まだ明かりが点いている……?ということは、青柳……

 『まだ寝なくていいのか?』と青柳にメールを送ると、少し経ってから……


 To:灰島 奏多

 From:青柳 凛

 Subject:


 灰島君こそだよ?( •ω•)?

 それかまだ起きてるなら、ちょっとお話したいから、いいかな?


 窓を開ける。雨はすっかり止んでいた。


「……ごめん、灰島君。ちょっと寒いけど……」

「お前が夜更かしなんて珍しいじゃないか。どうしたんだよ」

「いや、ちょっと、とても腹の立つことがあったからスラシスでネット対戦してた」

 その怒りをぶつけられた相手がさぞ気の毒だな。と言う言葉が出かかったがやめた。


「腹の立つこと……?まぁいいや。ところで、後の3人は大丈夫だったか?」

「うん。一応途中まで一緒に帰って、後で連絡を取り合ったよ」

「そうか、それはよかった」

「よくないっ!」

 え?どうした?青柳……?


「今日病院の1階で会ったあの紫髪、絶対許さないんだから!」

「!?」

 ハッとした。尚樹さんから聞いた『むらさきばる かいと』と言う名前の人物。

 導き出された結果は……


「な、なぁ。そいつの髪って、紫色の、おかっぱの髪じゃなかったか!?」

「……そう、だったけど……」

「……!」

 俺は窓枠を思い切り殴った。


「……!」

 そしてもんどりうった。


「何やってるの……?」

「……ごめん、青柳、取り乱した」

「痛いのは灰島君だけだからいいけど……」

 ぶんぶんと手首を振りながら、俺は深く深く後悔する。


「……お前、南條先生から話聞いただろ?」

「う、うん……」

「前の学校で俺を追い込んだ奴……それが紫原……それがそいつなんだ」

「……!」

 口を押さえる青柳。それほどまでに衝撃的だったようだ。


「でも、なんで紫原が……」

「……そ、それは……簡単だよ……」

 青柳はスマホを動かすと、俺に向かって何かを送り込んだ。


「?」

 メールだ。


「!?」

 そこに書かれていたのは……


『紫原 魁人(むらさきばる かいと)さん交通事故 割り込んできたバイクと正面衝突か』


「な、なんだよ……なんだよこれ……!?」

 驚きと恐怖で足がすくむ。そのネットニュースを見ると、まるで南條先生が故意に事故を起こしたかのような書き方だった。


「く、詳しく教えてくれ。お前たちが病院の1階で、紫原は何をやってた!?」

「落ち着いて、灰島君」


 青柳は丁寧に話し始めた。

 紫原は、病院の入口に『何故か』『都合よく』集まっていたマスコミたちに、意気揚々と話をしていたこと。

 そして南條先生の事は……誰も気に留めていない、という事。それどころか……南條先生を責める者までいるという。


「なんでだよ……南條先生は本当に故意にぶつかってないんだろ!?」

「うん。現場にやってきていた赤城さんと白枝さんが言ってた。白枝さんが言ってたけど……車側のブレーキ痕はなかったみたい。だけど……それを言っても誰も信じてもらえなかった」

「……あいつは慎重にやるだろうな。腹が立つほど慎重な奴だから……」

「え?」


 ――でも、紫原君が盗撮をしたという証拠もないのに問い詰められませんよ。それに……仮に、万が一そうであったとしても、見逃してもらえませんか?


 ――紫原君のお父さんは教育委員会で委員をやってるんです。その息子が女の子の盗撮をやっている。そんなことが国会でやり玉にでもあがったら、わが校のブランドは地に落ちます。


 ――あなた方が勝ち目のない罪で訴えられるなんて、嫌でしょう?


 あの学校の、異常な紫原のかばい方だってそうだ。

 きっと学校側を買収するか、圧力でもかけて自身に有利に有利に進めたのだろう。だからこそ、俺も……そして黄瀬も、南條先生も。


「……灰島君」

「……悪い。今日はもうそろそろ寝るよ。お前も明日も学校だから、無茶はしないようにな」

「うん。……おやすみ、なさい」

 俺は静かに窓を閉め、カーテンを閉める。そして……


「……クソおおおおおお!!」

 大声を上げた。


 また……また、あいつは……


 一体なんで俺を狙うんだ。一体なんで、黒嶺を狙うんだ。


 なんで……これ以上何を望むんだよ……!


───────────────────────


「拓人、万事順調に進んでいるようだな」

 紫原の背後から、何者かが声をかける。


「パパ!うん、何もかもうまく進んでいるよ!」

「それはよかった。しかし、魁人の事は少し悔しいがね」

「悔しい?何がー?だって{アイツ}はボクと違って役立たずだもん。仕方ないよー。パパもそう思って、あいつの車のブレーキオイル抜いたんでしょ?」

 そのまま成人向けのビデオをスマホで見ている。


「でも、これで黒嶺は完全に終わっただろうな。あと、灰島も」

「灰島は終わらないよ。ボクが終わらせない」

「ほう?それは何故だ?」

「ボクに恥をかかせた罪は、永遠にさいなまれてもらわなきゃ困るもの。だから……」


「あいつに大ケガ負わして{何かの間違いで}死んだら、あいつもう苦しめられないじゃーん」


 紫原の下卑た笑いは、豪邸の全体にこだました。

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