第46話 魚心あれば水心あり

「……赤城さんが……ですか?」

「あぁ。間違いねぇ」

 放課後、オレは黒嶺に話しかける。


「なんか……昇陽祭が終わった後から様子がおかしいんだよ。オレの話もあんまり耳に入ってねぇみたいだし、気もそぞろって言うか……」

「ふむ……」

 黒嶺は、顎に手を添えて考える。


「……場所を変えますか」




 学校の近場の喫茶店に入るオレと黒嶺。席に着いた後、適当に紅茶とコーヒーを注文する。……11月も半ばを過ぎ、すでに少し肌寒い。


「それで……赤城さんが変わる兆候はあったのですか?」

「わかんねぇ。昇陽祭の後夜祭が終わったあとから、急になんだ。さっき体育の時もそうだっただろ?なんか急に力が抜けた感じがあったじゃねぇか」

「……」

 黒嶺は、下を向きながらこう言った。


「それもいつもの赤城さんと思って、全然気付きませんでした……」

「友達やめろ」

 オレたちの前に温かい紅茶、そしてコーヒーが運ばれてくる。2人ともミルクを入れる。オレは1つだけ角砂糖も入れる。


「……そう言えば、白枝さんと赤城さんの関係って……」

「……恩人だよ。オレの」

 『恩人?』と首をひねる黒嶺。


「中学の時に色々あって、もう学校に行くこと自体嫌になってたんだ。その時に、オレを助けてくれたのが、高校1年の時のあいつだったんだ。オレは推薦されるようなスポーツもないから死ぬ気で勉強して……どうにかこの昇陽学園に入れた。そこであいつに会ったんだ」

「そんなことが……羨ましいです」

「え?」

 何か失言したようで、黒嶺は静かに首を横に振った。


「でも、どうして私なんですか?緑川さんか青柳さん、もしくは灰島さんに相談するか、赤城さんに直接聞けばよかったのでは……」

「赤城に相談したところで、うやむやにされて終わりだ。緑川、青柳、灰島より、お前の方がいいんだよ」

「え!?」

 口を押さえる黒嶺。


「聞き上手的な意味でだよ!変な想像してんじゃねぇ!」

「そ、そうですよね!?あぁビックリした……」

「なんでビックリしてんだよ……」

 落ち着いて座りなおす。そして黒嶺は少しだけコーヒーを飲んだ後、話を始めた。


「もしかして……後夜祭のジンクス……」

「え?……あの、ランタンが飛ぶ時に手を握っていた2人は……って奴か?」

 こくりとうなずく。

 後夜祭のジンクスが本当なら、手を繋いでいたのは……


 ……まさか。まさか。まさか。


 ……ん?まさかって……なんだ?別に、灰島と梓が手を繋いだからって……

 灰島と赤城が、手を繋いだからって……


 ……え?なんでこんな想像するんだ?なんで灰島が出てくる?なんで梓が出てくる?

 でも、梓って確か、灰島と幼馴染だったよな。灰島が転入してくた(と、思われる)時、『久しぶりに幼馴染に会った』と言ってたし。


「あ、あの、白枝さん?」

「……!?わ、悪い」

 なんだ?今の感情。一瞬心の奥で、どす黒い炎のようなものが燃えていた気が……

 何考えてんだよ、オレ。親友のことくらい、素直に祝ってやれよ。……いや、まだ梓が灰島と手を繋いだってことが事実かもわからないが。


「……」

 だが、妙に気になる。気になって、しまう。


「な、なぁ。黒嶺」

「どうしましたか?」

「お前、後夜祭の時……誰かと手を繋いだか?」

 その言葉に、黒嶺は顔を赤らめた。


「繋いだ……のは確かなんですが、ランタンの灯りの影響で影が差して、顔が見えなくて……」

「……そうか。オレも実はあまり覚えてねぇんだ。確か、人に押されて転んだ。そこまでは覚えてるけど、その後誰かに立ち上がらせてもらって……」

「そ、そうなんですね。……」

 深刻そうな顔をする黒嶺。


「どうした?」

「……」


───────────────────────


「いや~最後のランタン、相変わらずきれいだった~!」

 お姉様が、私の前を歩く。


「……」

 私は未だに、手のひらを見ていた。


 あの時、私の手を握ったのは、誰なんだろう……?

 明かりはランタンしか見えないし、誰がどこにいるかはよくわからなかった。灰島さんとははぐれてしまっていた……はず。


「お?どうしたの麗華ちゃん?」

「あの、お姉様……実は私……」

「まさか!?灰島君と!?手を繋いだの!?」

「こ、声が大きいです!」

 誰かと手を繋いだかもしれない。と言う事だけを伝える。仮にあれが灰島さんでなければ、恥ずかしさで死にたくなるからだ。


「なんかふわふわした思い出」

「しょ、しょうがないじゃないですか!私だって灰島さんたちとはぐれて、探しているうちにランタン飛ばし始まっちゃったんですから!」

 必死になって言う。


「……あのね。麗華ちゃん。これは真面目な話なんだけどさ」




「麗華ちゃんは灰島君の事が好きなの?」




 ……この問いの答えを、未だに私は出せていない。


───────────────────────


「……おーい。戻ってこーい」

「!?」

 ようやく我に返った様子の黒嶺。


「ご、ごめんなさい」

「別に構わないさ。……でも梓、なんか最近灰島を避けてるような気がするんだよな」

「灰島さんを……?」

「……」

 そして思い切って口走ってみる。 


「オレ……ちょっと思ったんだけどよ」

「え?」

「……ま、まさかとは思うけど……」


「あいつ、灰島の事が好きなんじゃないか?」


 ・ ・ ・ ・ ・


 自分でも何を言っているのか、意味が分からなかった。いや、意味がわかっていたら、こんな聞き方はしていないだろう。

 オレがそう言うと、途端にオレの中に恥ずかしさが沸き立ち、体中に循環する。


「な、なんてな!冗談冗談!あいつ、恋愛には興味なさそうだし、きっと最近はなんか調子が悪い」

 だがその言葉を聞いた黒嶺は……


「……」

 左胸を押さえ、顔を赤くしていた。


「く、黒嶺?」

「……あ、あの……もし……」


「もし私が、灰島さんが好き。そう言ったなら、あなたは私を軽蔑しますか……?」


 ……は?と口を開ける。なんで?なんでこんなこと聞くんだよ。黒嶺らしくもない。

 そう、言いたかったのだが、口元で言葉が渋滞した。何も言語が出てこないし、口を動かすことが出来ない。

 こういう時、なんて言えばいいんだ?正解はなんなんだよ……?


「……な、なんて、これも冗談です。冗談」

 さすがに空気を察したのか、黒嶺はそう言って場の空気を取り戻そうとする。


「でも、もし冗談じゃないとしたら……」

「や、やめようぜ。なんかお互い……寿命ドンドン縮めてる気がする……」

 その言葉以降、オレと黒嶺はあまり話さなくなった。


「……」「……」

 口火を切ったのは、黒嶺だった。


「白枝さんは……夢はあるんですか?」

「え?」

「夢、というか、将来の夢です」

 将来の夢……か。そう言えば、灰島以外に話したことがなかった。


「……医者に、なりてぇんだ」

「医者……ですか?」

「あぁ、親父のような……立派な医者。お袋や兄貴の跡継げるような……笑うだろ?頭悪いし、お前にも、灰島にも迷惑かけまくってんのに。それで医科大学入って、医者になりたいって言ったら」

 首を横に振る黒嶺。


「笑いませんよ。だって、そう言った夢を持ってるって、素敵なことじゃないですか」

「じゃあ、お前の夢は?」

「……私?」

 すると黒嶺は目を閉じ……


「私も……なんです」

「え?お前も医者に?」

「いえ、違います。私も……家族を目標にしてるんです」

 照れたように続ける。


「私の姉は、学校の先生をしていて……そのお姉様のように、私もなれたらいいなって……」

「……」

 するとオレは、ふっと笑った。


「な、何か……おかしいですか?」

「いや、オレとお前、案外似てるなって思って」

 似てる?と首をひねる。


「お互い何かしら秘密を持ってるとことか、目標が家族なとことか。性格は全然似てねぇけど」

「……そう、でしょうか」

「前はいけ好かなかったけど、今はお前の事、結構好きだぜ」


 ・ ・ ・


「……何顔赤くしてんだよ!オレ女だぞ!?」

「し、失礼しました!確かにそうでしたね!」

「確かにじゃなく紛れもねぇよ!」

 椅子に座りなおす。


「……ありがとな。黒嶺。結局梓のことは解決できずじまいだったけど……なんか楽しかった」

「それはよかったです。でも、確かにあなたの言う通りかも知れませんね」


「{魚心あれば水心あり}です」


「……?」

「あ、もうこんな時間。今日少し用事があるので、早く帰らないと……」

「お、おう。あ、いいよ。お前の分オレが払っとくから」

 オレはこれ見よがしに財布を取り出した。


「いいんですか?」

「あぁ。そもそも話を聞いてくれって言ったのはオレの方だしな」




 金を支払い、黒嶺と別れた後で……


「……」

 オレは急いでさっき聞いた言葉を検索した。


 魚心あれば水心あり:相手が好意を示せば、こちらもまた好意を持つと言うたとえ


「……」

 オレとは無関係の言葉……か。


 ――白枝


「!?」

 なぜかオレの前に、灰島の顔が浮かんだ。オレは大急ぎでその幻想を拭い去ろうとして……

 ……思いとどまる。


 ……なんで、消すのをやめたんだ?てかなんだよ。この、感覚。


 胸の奥が……熱いような……そんな感覚……




問32.次の意味を持つ言葉を、漢数字を使って答えなさい。

 『やたらに嘘を言うこと。根拠のない嘘』

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