第40話 昇陽祭(11)青柳 凛に起こったこと
「……」
2年D組の教室の中で、うろうろとする私。
……今日の朝起きたことが、未だに脳裏に焼き付いている。
───────────────────────
……家庭科室に、南條さんと向かった時だ。
「いや~、ごめんね青柳ちゃん。久しぶりすぎて校内の構図あんまり覚えてなくってさ」
「いえ、大丈夫です。えっと、こっち行って……思ったより近いですよ」
そして階段を1度降りて……
「……!!?」
目の前にいる人が、私の方を見て驚いた。
「あ、中さん。来てくれたんですね」
そう、中さんだ。約束通り来てくれたんだ。
「……」
しかし中さんは何も言わないし、何も動かない。その視線は……南條さんに向けられていた。
「黒嶺……!」
「……」
「え?……え?」
中さんは歯を食いしばっている。そして南條さんはと言うと……しゅんとした顔をしていた。まるで……感情を押し殺そうとしているような顔にも見える。
「な、中さん?黒嶺って……南條さんとはどんな」
「……なんで、こんな所に……?」
中さんは私の声を無視する。いや、聞こえていないのだろうか。徐々にその目に何か黒いものが迸ってくる。
「なんであなたが……奏多君の学校に{また}いるの!?」
「……」
奏多君の学校に『また』いる?そう言われても南條さんは、じっとその場に仁王立ちしたまま動かない。
……いや『動けない』という方が正しいだろうか。
まるでリモコンの一時停止のボタンを押されたかのように、その場に釘で打ちつけられたかのように動かない。
「あなたが彼のために何をしたの!?何をしたって言うの!?答えてよ!」
「……」
だが、私には話が見えてこなかった。
「中さん……?」
「{黄瀬さん}。あえて言わせてほしいんだ。アタシは」
「黙れ!奏多君に近付くことすら絶対に許さないし許せない!何が{奏多君はアタシが守る}よ!結局は{あいつ}からの圧力に負けて、奏多君を傷付けてるだけじゃない!」
中さんは激しく興奮している。まるでこちらからの声が届いていない。
「……ごめん」
「謝って済むと思ってるの……!?それが本当に奏多君のために」
「中さん!!」
私は大声を上げた。不意の大声に驚いたのか、中さんは目を真ん丸にした。
「……青柳、さん」
「喧嘩なら他のところでやってくれませんか!?ここは私たちの学校なんです!」
「……」
すると中さんは、無言で背を向けた。
「ごめん、青柳さん。わたし、もう帰るね」
そしてそのまま1階の出口から学校を出てしまった。
「……あ、あはは。ごめんね。青柳ちゃん」
頭の後ろをポリポリと掻き、照れながら私に話しかける。
「……奏多君って、灰島君……ですよね」
「……」
その言葉に、南條さんは……
「青柳ちゃん。灰島君と仲いいんだよね」
「……はい」
「じゃあ灰島君が、この学校に転校してきたってことも……わかってるよね」
「……はい」
そう言うと、ふうっと息を吐いて、南條さんは私に向き直った。
「……場所、変えよっか」
人があまり来ない(はず)の、校舎裏にやって来た。
「……アタシはね。灰島君の元担任なんだ」
「えっ……」
「そして……多分、灰島君が転校する原因を作ったのも、アタシなんだ」
……正直、私は南條さんに深いかかわりはない。だが、灰島君は南條さんとかなり親しい様子だった。
「それ、どういうことか教えてくれませんか……?」
「……」
南條さんは、ゆっくりと話し始めた。
灰島君が、前の学校で中さん……黄瀬さんと仲良くなっていたこと。
そして、その黄瀬さんのために、灰島君はある男子生徒を追い詰めようとしていたこと。
そして……灰島君のやり方が瓦解して、みんなからいじめられて不登校になった挙句、学校側からの圧力で転校させられたこと。
「結局、アタシは灰島君を助けられなかった。バカみたいだよね。担任の先生なのにさ」
「じゃあ、南條さんも」
「そう。{学校の評判とブランドを、ありもしない噂で落とした}ってことで、普通の中学校に異動って名の左遷ってわけ。ま~、生徒より学校の評判やブランドしか見ない学校なんて、アタシから願い下げなんだけどね~」
……そんなことが、あったんだ。私はうつむいて、灰島君の家に行った時の会話を思い出す。
――あぁ、そういやお前には言ってなかったな。俺も今年の4月に転校してきたんだよこっちに。まぁ、俺は親父と母さんの仕事の都合なんだけどな。
――え?父さんと母さんのお仕事の都合じゃないでしょお兄ちゃ
――仕事の都合だろ?
――いや、違うよ。お兄ちゃんが転校したのって」
――仕事の都合だろ!?
きっとあの時、過去を思い返しそうで灰島君は……怖かったんだろう。
「……でも、灰島君は、南條さんと普通に話していましたが……」
「それが謎なんだよね。と言うか、麗華ちゃんともそうだよ。本来アタシ{たち}が灰島君に心の闇を背負わせてしまったのに」
「……」
もし本当に南條さんが灰島君が転校する原因を作ったのなら、敵の顔は忘れないはずだ。なのに灰島君は、南條さんに親しそうに話していた。どういうことなのだろう。
でも……でも……
灰島君の過去は、まるで焦土のようだった。
みんなからして寄ってたかっていじめられ、信じた人からは放置され、さらには一方的に見放されたのだから。
そう考えたら、私なんて……
「……青柳ちゃん」
「え?」
「いいよ、アタシの事軽蔑しても」
首を横に振る。
「いいって。灰島君をこんな風につらい思いをさせてしまったのは事実だもん。黄瀬さんにもつらい思いをさせちゃったしね」
笑顔でそう言う南條さん。その笑顔が……何だかとても、切なく見えた。
「と、まずい。あんまりみんな待たせちゃ悪いよね。急いで戻ろっか」
「は、はい」
───────────────────────
ふと我に返って時計を見ると、もう午後2時半になっていた。
赤城さんと白枝さんは灰島君をまだ見つけられていないようだ。電話がかかってこない。
さすがに焦りだす。そろそろ業者の人が来てしまうかもしれない。
「青柳ちゃん。ここはアタシに任せて、青柳ちゃんは灰島君を探してきて」
「え?……いいんですか?」
「うん。麗華ちゃんも帰ってこないし、とりあえずアタシはここに残るよ。他の女の子もいるしね」
私は頭を下げ、『ありがとうございます』と言った後、教室を出た。
「……」
(結局アタシは、灰島君にこれからどうやって会えばいいんだろうね……)
……これほどまでに見つからないんだ。すでに学校の外に追い出されてしまったか……もしくは倉庫のような場所に監禁されているか……だろう。
「灰島君……」
そう、思っていた時だ。
「!?」
視界の奥に、中さんがいた。中さんはこちらに振り返ると、驚いた様子で……
「くっ……!」
逃げようと走りだす。……ダメ。ここで逃げさせちゃダメ。
一か八か、私は大声を出した。
「待って!中……黄瀬 香澄さん!」
「!?」
そして、私はその影に追いつく。
「……その名前、黒嶺から……聞いたのね」
「……はい」
「……じゃあ君も{敵}だよ」
堰を切るように、中さん……黄瀬さんは次から次へと言葉をあふれ出させて来る。
「あいつはわたしから奏多君を奪った!わたしの青春も奪った!あいつが紫原の口車に乗せられた先生の言う事さえ聞かなかったら!わたしも停学処分を受けずに済んだの!」
「あなたも……?」
「そう!紫原は奏多君に飽き足らず、徹底的にこの事件を広めた人たちを奏多君の共犯として停学に追い込んだ!全部全部、あいつがいけないんだよ!」
目に赤い殺意が見える。
「だからわたしはあいつを許せない……!奏多君はこれ以上……この学校にいてはいけない……!またあいつの毒牙にかかって、同じことの繰り返しに」
「南條さんは黒嶺さんの手伝いでここに来てるだけだけど……」
「それがどうしたの!?どうせあいつは何も考えてないよ!自分の犯した罪だって!」
何も考えていない……?
――結局、アタシは灰島君を助けられなかった。バカみたいだよね。担任の先生なのにさ。
――灰島君をこんな風につらい思いをさせてしまったのは事実だもん。黄瀬さんにもつらい思いをさせちゃったしね。
「……何も考えていないのは、そっちも同じじゃないの!?」
「?!」
私の大声に、黄瀬さんは立ちすくむ。
「南條さんは言ってたよ……あなたの事を傷付けたことを、深く後悔してるって、灰島君のことだって……そう言ってたよ。あなたの思っている以上に、南條さんも悲しみを背負ってる!だから……」
「……」
ギリギリと、握りこぶしを握る力が強くなっていく黄瀬さん。そして……
「どいつもこいつも……黒嶺が何をしてきたか、間近で見てないからそんなことが言えるのよ!」
「間近で見てないから言ってるんです!だから」
「もうあなたに話すことは何もないわ。せいぜい黒嶺の言う事を操り人形のように信じときなさい!」
そして今度こそ、黄瀬さんは立ち去ってしまった。
「……」
……あれ?なんで私、今怒ったんだろう?南條さんと灰島君の事だから、私は関係ないはず……
関係ないどころか、私が首を突っ込んではいけない問題だったはず……なのに、どうして?
周囲の人々の視線が私に向けられる。ようやく私は落ち着きを取り戻して……
途端に……恥ずかしさが溢れてきて……
「し、し、失礼しましたぁ!」
と、私は遮二無二校舎を走りだした。
気が付くと私は、体育館裏まで着ていた。
「はぁっ……はぁっ……はぁっ……」
久々に全力疾走してしまった。秋の陽気と言うのに、汗が流れてくる。
……体育館の裏か。ここから体育館に入れるという事は……
「?」
なんだ?なんだか予感がした。何かが隠れているような、そんな予感が……
私は思い切って、扉の中に入ると……?
「……」
「……!?」「……!!」
なぜかそこに、将軍ペンライズちゃんと、緑川さんが座っていた。
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