第163話 最近のゾンビはただの舞台装置

「ええっと、サファさん。今回は、一緒にお仕事をさせてもらう、ということでいいんですかね?」




 俺は探るように、サファちゃんへと問いかける。




「サファはよくわからないのー。プロフェッサーに、『優しいお兄ちゃんと一緒に外国で【戦争ごっこ】をしてきなさい』って言われたから、遊びに行くだけー。――あっ、そうだそうだ。お手紙を預かってたんだった」




 サファちゃんが思い出したように手を振る。すると、ゾンビ執事がリボンのフリフリがついたボストンバッグから封書を取り出して、俺に渡してきた。


 シエルちゃん家の印章で封蝋をされている。つまり、fromお兄様ってことだね。




「ありがとうございます。ちょっと読ませてもらいますね」




 俺は封を開き、中の指令書に目を通す。




(ええっと、何々? ――戦地はアメリカ。目的は、対立する財閥が擁する要人の奪取任務? お兄様の兵隊との共同作戦。俺たちは西部方面から敵を圧迫して欲しい、と。つまりは、大規模作戦で兵力が足りないから加勢して欲しいってことか。なるほど。それでサファちゃんね)




 なんといっても、サファちゃんは貴重なネクロマンシー。タダで文句も言わずに睡眠も取らず、死も厭わず勇敢に戦ってくれるゾンビ兵を大量生産できるチート幼女だ。土葬文化圏において、サファちゃんは無類の強さを誇る。




 ママンから直接連絡がなかったのは、『私がやりたいことじゃなくてお兄様案件だから』というママンなりの意思表示だろう。政治ってめんどくさいね。




(っていうか、それなら、俺本人が行かなくてもよくない? 指揮官ならアイちゃんで十分だろ――いや、今回は前とは違って、軍隊同士の連携が必要な任務だから、アイちゃんでは突出した行動を取りかねなくて不安だと取られたのか。サファちゃんにもお目付け役が必要だしな)




 俺はアイちゃんをかなり信頼しているし、最終的にはきっちり仕事をこなす素晴らしい人間だと認識している。でも、ママンやお兄様までそうとは限らない。というか、アイちゃんが研究所にいた頃の客観的なデータを参照された場合、『強いけど、頭おかしくてすぐ猟奇的に暴走するヤベー奴』という評価を下されても仕方がない。




(んで、サファちゃんはサファちゃんで倫理観ぶっ壊れてるしな)




 ヒドラは多かれ少なかれみんな倫理観が逝っちゃってるが、サファちゃんはその中でも特にヤバい。生者と死者の区別も曖昧で、敵だろうと味方だろうと死ねばみんなお友達だと考えている。




 ムカつく奴は『殺せば静かになって言うこと聞くおもちゃ』だし、気に入った奴は『死体にして防腐処理すれば、永久保存できるからずっと一緒にいられて楽しいね』って思ってる。




 もし、アイちゃんとサファちゃんに何の枷もハメずに一つの戦場に同時投入した場合、『要人は確保できたけど、それ以外は敵も味方も全員死んじゃった。メンゴメンゴ!』って感じな事態に陥りかねない、と、お兄様は危惧しているのだろう。




 そこで満を持して、俺氏の登場って訳さ!




(お兄様さあ。俺は厄介な女の子を処理するゴミ箱じゃないんだよ? やばいメンヘ〇は全員俺に押し付けとけばなんとかなるって思ってない?)




 内心、そんな不満を抱くが、まあ、どのみち、断るって選択肢はない。




 お兄様から見れば、実際、精神的に不安定になりがちな異能ガールズたちの組織を滞りなく運営している俺は、サファちゃんを扱うのにもぴったりな人材に見えるのだろう。




(それに、報酬もそこまで悪くはないし)




 今回は、確保対象の要人の身柄以外は全て切り取り自由。




 上手くいけば、お兄様からの報酬だけではなく、鹵獲した武器や人材から天下のアメリカ様の科学技術をパクれるかもしれない。




「お友達いっぱいできるかなー? ――あっ、ねえねえ。サードニクス、その子ちょうだい! ワンちゃんとシカがいれば、クリスマスにサンタごっこができるのー。本当はトナカイさんがいいんだけどねー。中々手に入らないからねー」




 サファちゃんは、アイちゃんの頭の上の鹿の頭骨を指さして言う。




「タダではあげられないわねぇ。――でも、交換ならいいわよぉ?」




 アイちゃんは頭から鹿の頭骨外して言う。




「えー、じゃあ、余ったお人形のパーツと交換しよー。おじさんのぽっこりかわいいお腹とかー、おばあさんのシワシワのお尻とかあるよー?」




「だめよぉ。そんな端切れじゃあ。この子はあの辺の森で一番大きな鹿だったんだからぁ」




 アイちゃんは首を横に振る。




「そうみたいだねー。サードニクス、強くなったんだねー。この子の魂、まだ死んだことに気づいてないもんー。これ、ヒドラでもダイヤくらいしかできないよー」




「ふふん。でしょぉ? 苦しむ間もなく殺してあげたのぉ。そっちの方が、お肉がおいしくなるからぁ」




 アイちゃんが自慢げに胸を張る。




「へえー、そうなんだ。でもね。お肉だけじゃなくて、魂も新鮮さが大切なんだよ。だから、鮮度が落ちない内に定着させてお友達にしてあげたいのぉ。――サファのおもちゃ箱にまだ生きてるブリキの兵隊さんが三体いるから、それじゃだめー?」




 サファちゃんがおねだりするような上目遣いでアイちゃんを見る。




 生きてるブリキの兵隊ってなんだよ。おっかねえ。




「悪くないわねえ。生贄なんていくらあっても困らないしぃ」




 アイちゃん、そんな某牛乳男さんのネタみたいに言わないで。




「わぁい。交渉成立だねぇ。――チョコ。鹿さんの残りの骨を拾ってきてー」




 サファちゃんが喜びと共に手を叩く。




 ゾンビーヌが窓から飛び出していく。




(大丈夫かな、これ。マジで両方ヤバイんだけど。-×-は+だよな? 虚数×虚数で-1にはならないよね?)




 謎の取引を成立させたアイちゃんとサファちゃんを見遣りながら、かなりの不安に襲われる俺だった。

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