第161話 また夏がくる
梅雨が明けて、また夏がやってきた。
やむを得ず何回かおサボりもしたが、基本的には真面目な小学生である俺は、無事五体満足で終業式を迎えることができた。
「はい、それではね。事故や怪我に気を付けて、良く学び、良く遊ぶ、いい夏休みにしてくださいね。休み明けには皆さんの元気な顔が見られることを、先生は楽しみにしていますよ」
教室。
おばあちゃん先生が通り一辺倒の注意を伝え、帰りの会を終える。
見計らったかのようなタイミングでキーンコーンカンコーンとチャイムが鳴り、おばあちゃん先生が去っていく。
俺たちは立ち上がり、教室の中心に集まって、談笑を始める。
途端に騒々しくなる教室。
明日から夏休みなので、皆の気分が上がるのは当然といえば当然である。
しかし、今日はそれに加え、子供たちの心を刺激する原因があった。
「明日はお祭りかあ。楽しみだね」
「お兄ちゃんが楽しみなのは、お祭りじゃなくて、翼お姉ちゃんに会うことでしょー? 最近、毎日、一生懸命、スーパーボールすくいの練習してるもんねー」
渚ちゃんがにやにやして言う。
「ああ。翼に負けてばっかりだと情けないからね。でも、お祭りも楽しみなのも本当なんだよ」
香くんはもはや妹のからかいに動ずることなくそう答える。
うんうん。マイベストフレンドも順調に成長してるな。
香氏の言う通り、明日から夏祭りが始まる。
とはいっても、所詮は田舎の夏祭りだから、たまちゃんの神楽がかわいいくらいで大したことはない――と思いきや、今年は違う。
「祈ちゃんは、お祭り、どうするのかしら? 一日目はみんなで縁日を回るから当然参加として、二日目は映画祭で、三日目・四日目は音楽祭なのだけれど」
みかちゃんが祈ちゃんに朗らかに話しかける。
「映画祭には参加したいですね。音楽祭は――あまり騒がしいのは得意でないので、様子を見てにしようと思ってます。でも、なぜそのような質問を?」
「二日目以降は自由参加でしょう? 一日目は縁日で済ますからいいのだけれど、二日目以降は、参加した子たちとはイベントが終わった後、みんなでご飯を食べることになるだろうから、事前に人数を把握しておきたいのよ。ほら、参加人数によって、作るお料理の量を調節しなくちゃいけないから」
「なるほど。では、二日目の参加は確定で、三日目以降は音楽祭の出演者リストを検討してから、今日中に連絡します」
みかちゃんの説明に、祈ちゃんは納得したように頷いて言った。
「ありがとう。そうしてもらえるとありがたいわ」
みかちゃんが微笑む。
(上手くいくかなー。できれば毎年恒例のイベントにしたいんだけど)
映画祭は、例のクレイジー監督から、エモい映画イベントをやりたいって話を持ち掛けられたのが発端だ。あの監督はわがままでぶっ飛んだところもあるけど、撮る映画のクオリティは間違いないし、俳優陣や他の芸能関係者への強烈なコネクションがあるので、おろそかにはできない。という訳で、俺が出資者となった。
んで、『どうせやるんだったら、夏祭りにくっつけた方が、参拝者も増えてウハウハじゃん』ってことで、夏祭りと連動させることになった訳だ。
理由付けは、まあ、芸事は全て神様への奉納であるということで適当に。
「小百合さんまた来てくれるんだー。お話しできるかなー?」
ぷひ子が呑気に呟く。前は小百合ちゃんに嫉妬していたぷひ子も、さすがは正妻(正妻とは言ってない)の余裕である。
「一応、ライブの後に、こっそり俺たちの食事会に来てくれる手筈になってる。――あっ、秘密だぞ。騒ぎになるから言うなよ」
俺はぷひ子の疑問に答えて言った。まあ、ぷひ子のことだから、うっかり周りにバラしそうだが、乱入者は兵士娘ちゃんと臨時雇いのエージェントニキたちが物理排除するから問題ない。
(音楽祭はやらなくていいといえばいいんだけどなー。でも、小百合ちゃんと会う口実にはなるしなー)
たまには小百合ちゃんと会っておかないと、関係性が途切れてしまいそうで怖いからね。フラグのメンテナンスの一貫という訳だ。
ちなみに、日本の夏にはフジロックフェスティバルというビッグイベントがあるが、こっちは、ロックではなく、ポップスといった感じで、アイドルから演歌歌手まで、幅広い出演者でお送りするファミリー層向けのイベントである。まあ、紅白歌合戦みたいなのをイメージしてもらえればいい。
目玉はもちろん、我らが小百合ちゃんのライブであることは言うまでもない。
また、会場をいくつかに分けて近隣の村にも設置するので、結構大きめのイベントだったりする。
裏事情的に言えば、あんまりウチの田舎だけが儲けまくると嫉妬されるから、周辺の自治体にも利益を撒いて歓心を買っておこうということだ。
本当は花火大会とかもやりたいけどなー。この辺りで夜空に大輪の花火をぶち上げるのは、明るいのが嫌いなぬばたまの姫への煽りになりかねないから控えなきゃいけないんだよね。
「全く。どうしてあんな小娘に老若男女が熱中するのか、私には理解できないな。美人を求めるなら女優でいいし、上手い歌を求めるなら歌手でいいのに。これが日本のロリコン文化というものか」
ソフィアが冷めた口調で言った。
「女優として完璧な容姿と、アイドルとして完璧な容姿は違うんだよ。そして、上手い歌が心に響くとも限らない。イエス・キリストより、マリア様の方に親しみを感じる人がいるのと同じさ。――な、シエル?」
俺はそう答えて、シエルに水を向ける。
「ええ……。そうですわね」
シエルちゃんにしては珍しく、気の無い声が返ってきた。
「どうした? 何か心配事か?」
「いえ、心配事、というほどのものではないのですけれど、実は、今朝、お兄様より、ワタクシどもの屋敷にとあるお客様を招くように仰せつかりまして、その方へのおもてなしの方法を考えておりましたの」
「……その『お客様』は、俺にも関係ある奴かな?」
シエルちゃんの真剣な口調に、俺は目を細める。
(シエルちゃんは本来、おもてなしとかが好きなタイプだよな。そんな彼女が悩むってことは、相当めんどい相手なのか?)
「そうですわね。むしろ、当事者であると申し上げた方がよろしいのかもしれません」
シエルちゃんが、しばらく考えてから言った。
(あー、よくわかんねーけど、さては、お兄様、俺を何かにパシらせるつもりだなー?)
そろそろ来るとは思っていた。
まあ、すでにお兄様の兵器のライセンス契約は結ばせてもったし、そろそろお返ししなきゃいけない頃だよね。
ギブ&テイクが世の
しがない田舎民だって、勝手に軒先に置かれている謎野菜の出所を特定し、適切にお返しするスキルがないとめちゃくちゃ陰口を叩かれるんだからね!
「わかった。じゃあ、後でアイを捕まえてから、そっちに行くよ。そのお客様がフェス好きならいいんだがなー」
俺は答える。シエルちゃんの気持ちを軽くするために、明るい調子を意識しながら。
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