第142話 藪を突いて蛇を出す(2)

「シエルの気持ちはよくわかった。虎鉄さんとの婚約は俺にとってのビジネス的なメリットがほぼなかったが、こちらの場合は相応の見返りがあると考えていいんだよな?」




「ええ。お兄様のことですから、悪いようにはなさらないと思いますわよ。『王子様には立派な王冠と剣が必要だよね』とおっしゃっていました」




「つまり、ビジネスで便宜を図ってくれるだけではなく、最新鋭の装備も譲ってくれるってことだよな。大盤振る舞いだな」




「そういうことでしょうね。もっとも、ワタクシは、詳しいことは存じ上げませんけれど」




(これはメリットが大きい。そしてメリット以上に、断った時のデメリットがでかすぎる)




 圧倒的な格下の俺に、肉親のシエルちゃんをくれるというのだ。もしこれを断ったら、お兄様の面子を潰すだけでなく、翻意ほんいありとみなされかねない。それが何より怖い。




 今現在の俺は、戦国時代で言うと、信長が浅井長政ではなく、当時の出世前の秀吉にお市の方と結婚させてやると言ってくれている感覚に近い。断ったらブチ切れられて殺されそうな感じだ。




(とりあえず、受けざるを得なさそうだ。そうなると、問題はぷひ子嫉妬爆弾の処理か……。どうやって納得させればいいか、考えないとな……)




 こういう政略絡みの婚約というのは、関係者にマウントを取るためにあるので、情報は周囲に積極的に開示される。




 もちろん、ぷひ子は政略とは直接関係ないのだが、ソフィアを含む、シエルちゃんのお家の関係者がこの町にはたくさんいるので、秘密にしておくのは無理だ。




 人の口に戸は立てられない。俺がシエルちゃんの提案を受ければ、遅かれ早かれ、ぷひ子の耳にその噂は届くだろう。




 ギャルゲー的に一番最悪なのは、『人づてにぷひ子が俺の婚約を知る』パターンである。




 これをやらかすと、ヒロインは、失恋と、主人公が人生における大切な決断を自分に打ち明けてくれなかったという二重のショックで一発KOされてしまうのだ。




 シエルちゃんと婚約するなら、あらかじめ真正面からぶつかって、ぷひ子を説得しておくしかない。




「……俺にとってはありがたい話だが、正直、尻込みしている自分もいる。太陽に憧れた身の程知らずのイカロスは、地面に墜落して死ぬって相場が決まってるからな」




 俺はシエルちゃんとお兄様が好きそうな気取った言い回しで呟く。




 婚約自体は嫌じゃないけど、その時期はもう少し先延ばしできないかなあ。




 せめて一年、二年猶予をもらえれば、徐々にぷひ子を説得して、ソフトランディングできるかもしれないのに。




「そう思うのも無理はありませんけれど、ワタクシとしては受けてくださると助かりますわ。お兄様の首尾が上々であることはとてもめでたいのですけれど、そのせいで、日を追うごとに、ワタクシの下に舞い込んでるくる鬱陶しい縁談話が増えてきて、幾分、うんざりしておりますのよ」




 シエルちゃんが肩をすくめて遠い目をした。




 お兄様が政争に勝利しそうってことで、勝ち馬に乗りたい奴らがコネをつなごうと群がってきてるってことね。




「つまり、俺はさながら虫除けか、蚊取線香代わりってことか」




「あら、蚊取線香だなんて失礼なこと考えてませんわ。寝所に張る蚊帳くらいには大切に思ってますわよ。日本に来てから使い始めたのですけれど、便利ですわよね。あれ」




「同じようなものじゃないか?」




「いいえ。蚊取り線香は使い切りですが、蚊帳は何度も繰り返し使えるではありませんか」




「なるほどな。って、結局物かよ」




 俺は腕を振って、一応突っ込んでおいた。

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