第109話 創作物のハイキングにおける事故率は異常(1)

 とある日曜の早朝。




 俺はレンタカーのミニバンで、いわくつきの土地へと繰り出した。




 運転手は、いつぞやの小百合ちゃんをストーカーから守る時にお世話になった黒服エージェント氏だ。もちろん、土地の場所は香パパに事前に聞いてある。




「それでは、みんな、改めて、今日はよろしくね」




 俺は三人掛けの後部座席の真ん中でシートベルトを締める。




 格好としては、リュックに登山靴を履いたハイキングスタイルだ。




 そして、膝の上にはクロウサを載せている。




 もしなんかヤバイことが起きそうだったら、即行で逃げるためだ。




「はい。よろしくお願い致します。確認させて頂きますがー、私は穢れの気配を感じた時に祓いの儀式を行えばよろしいんですよねー?」




 右隣のたまちゃんがおっとりした口調で言った。




「うん。お願い」




「それでぇ? アタシはぁ? もし噂のモグラさんが出てきたら、叩いてもいいのかしらぁ?」




 俺の左隣に座ったアイちゃんが訪ねてくる。彼女はシートベルトなどする気はさらさらなさそうだ。




「それは時と場合によるよ。人ならざるモノなら退治もアリかもしれないけど、相手が人間ならそうもいかないし。ともかく、第一の目的は情報収集だから。場合によっては威力偵察になるかもしれないけど、基本的には穏便な方向で」




「なんだぁ。つまらないわねぇ」




 アイちゃんはそう言ったきり目を閉じて、俺の肩に頭を預けてきた。




 今回連れて行く戦闘員はアイちゃん一人きりである。




 兵士の数を増やそうとも思ったが、敢えて人数を限ったのは、たまちゃんが一度に癒せる人数に限界があるからだ。




 仮にチーム全員連れてって、片っ端から呪いにやられたら、対処が追いつかない可能性がある。




 つまりは、攻撃より防御中心の編成なのだ。




(あー、マジ怖い)




 正直、アイちゃんたちに全部任せて、俺だけ安全なところで待機――という策も頭をよぎったが、結局諦めた。やっぱり、自分で見るのと伝聞では得られる情報量が違うからな。




「出します」




 黒服マッチョメンが寡黙に告げる。




 ミニバンがスムーズに走り出す。




 今、俺の住んでるところも大概田舎だが、目的地はそのさらに上を行く僻地だ。




 舗装が甘いガタガタの道を揺られて行くと、昼前には山の麓についた。




 ミニバンから降りて、山を眺める。




 見た目は高くも低くもない、普通の田舎の山といった風情だ。




 山頂近くには廃墟と化した精神病院があるはずだが、今は青々とした初夏の樹木に覆われて姿は見えない。




「どう。たまちゃん。何か感じる?」




「いえ……。現時点では特にはー」




「クロウサは?」




「ぴょぴょ」




 クロウサは首を横に振った。




「そう。じゃあ、やっぱり実際に登ってみるしかなさそうだね」




 俺はミニバンから、大きめのリュックを持ち出して背負う。




 登山に必要な道具はもちろん、祭祀に使う道具の一部も入っているので、割と重めだ。




「そのようですー」




 たまちゃんも同じようにリュックを背負う。




「無駄足はごめんよぉー? もし何もいなかったら、熊狩りでもして遊ぼうかしらぁ」




 アイちゃんはいざという時に身軽に動けるように、荷物は最小限だ。




 ただし、手には獣道を切り開くための鉈を持っている。




「無益な殺生は穢れを生みますー。お控えくださいー」




「無益じゃないわよぉ? ちゃんと食べるしぃ、皮は着るものぉ」



「じゃあ、行こうか。――エージェントさんは車内で待機していてください」



 黒服さんにそう告げて、俺たちは山登りを始めた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る