第89話 料理の隠し味は愛
そんなことがあっても、俺の日常は、いつも通り続いていた。
ぷひ子家で、今日も今日とて俺は朝飯を食った。
『アイドルの朝は、やっぱりイチゴとミルク――なんて、てへっ。嘘つきました。小百合だって、日本人! 日本の朝は、やっぱりこれ!』
テレビの中の小百合ちゃんがぷひ子納豆をバクバク食う。ありがとう小百合ちゃん。宣伝効果は抜群だよ。でも、契約金もめちゃくちゃ高かったよ。佐久間さん、ふっかけてきすぎだよ。
「ほら、ぷひ子。見ろよ。これ全部、お前の作った発酵食品を食べたお客さんからの手紙だぞ」
食後、俺は会社の方に送られてきたそれを、テーブルの上に広げる。
『すごくおいしいです! もっと身近な所で手に入るとなお嬉しい』、『スーパーの納豆とは全然違います。いまでは家の食卓の常備菜です!』、『おかげで末期のガンが治りました』、『引きこもりの息子が部屋から出てきました』。
なんか一部が怪しい宗教か雑誌裏の詐欺広告みたいになってるけど、それは気にしない。
無論、さすがにCMで『ガンが治ります』とか言うと薬事法違反でしょっ引かれるので、公式には何もアナウンスしてないよ? でも、口コミで万病に効く発酵食品として広まりまくってるらしい。値段を馬鹿高くしても売れること売れること。
「ぷひゅひゅひゅー、みんながおいしく食べてくれて、嬉しいな」
ぷひ子が鼻を大きく膨らませて喜びを露わにする。
「だろ? 俺もなんだか自分のことのように嬉しいよ」
「えへへー。私とゆーくんの初めての共同作業だね」
「お前、よく俺に宿題手伝わせてるだろ。共同作業っていえば、そっちの方が先じゃん」
「でも、お仕事は初めてだもん。これで私も、みかちゃんや祈ちゃんに負けない?」
「ああ。仕事に上も下もないからな」
まあ、祈ちゃんはともかく、俺の安全保障に関わる人材管理に必要という意味ではみかちゃんの方が重要だけど、それは言わなくていいことだ。
「ぷひゅー。よかったー」
ぷひ子が安堵のため息を吐き出す。
「それで、どうだ? 今回の成功を足掛かりに、もっと色んな食品を作ってみたいとか思わないか?」
「うーん、私はこれでもういいかもー」
「なんでだ?」
「えー? だって、これ以上忙しくなったら、ゆーくんのためにお漬物や納豆を作る時間がなくなっちゃうもん」
ぷひ子はそこで、これ以上ない完璧な天真爛漫スマイルを浮かべた。
「別に納豆も漬物も誰かに作らせれば――いや、それとこれとは、別だよな」
俺は思わず本音を言いかけて、セルフ軌道修正する。
「うん。――ゆーくん。あのね。お漬物はね、食べる人のことを考えて漬けるからおいしくなるんだよ。その人のことを想う時間が、お野菜にしみ込むの」
ぷひ子はテーブルに両肘をつき、組んだ手に顎をのせて、俺に意味深な視線を送ってくる。
「……そうか」
これ以上喋ると好感度が下がりそうだったので、俺はぶっきらぼうに黙り込み、デザートの甘納豆を口に含む。
くそっ。こんな時だけ普通に幼馴染ヒロインっぽいこと言いやがって。全部、お前のためにやってんだぞ。全く、親の心子知らず――主人公の心ヒロイン知らずだな。
(でも、まあ、とりあえずは、ぷひ子の嫉妬ゲージが減少しただけ、良しとするべきか)
俺はなんとか自分自身にそう言い聞かせて、第一次ぷひ子改造計画を締めくくるのだった。
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