第79話 挑発は立派な戦術

『それでは、ここに両者の合意を持って、神盟決闘を執り行う。いずれかの主の死か、降伏によらずして決闘が終わることはない。さあ、戦え。黄昏の王への忠誠と、大地母神の名誉にかけて』




 渋めのボイスが決闘の開始を告げる。




 ここは非存在の大陸レムリアにある森である。具体的にはバミュータトライアングルら辺にあって、なんやかんやで隠蔽されてる感じの場所でーす(適当)。




「嫌な所ねぇ。息苦しいし、虫は大きいし、湿気は多いしぃ」




「そりゃ、敵にフィールドを選ばせてあげたからね。こうなるよ」




辺りは古代に滅んだはずのクソデカシダ植物くんがはびこる常闇の森だ。




今にも恐竜が出てきそうな感じのロハスで緑多めな空間は、昼だというのに薄暗い。




暗いということは、当然、闇属性の妹ちゃんに有利。しかも、空気中の二酸化炭素含有量が多いので、炎系のアイちゃんには不利なフィールドとなる。




「まぁいいわぁ。作戦通りってことでいいのねぇ?」




「うん。よろしく」




 俺はアイちゃんが植物のツタや葉を組み合わせて作ってくれた臨時のキャンプベースに、ドカっと腰を下ろして、胡坐を掻く。俺の左側にはクロウサが入ったバッグ。そして、右側にはノートパソコンと周辺機器。モニターには、画面分割する形で、俺たちと敵の陣営が映し出されている。音声もついているが、大きな鳥の鳴き声が入る程度で、精度は低い。




 そう。この手の決闘の常として、俺たちの決闘はリアルタイムで中継放送され、一部の上級国民どもの娯楽にもなっているのだ。




 まあ、例えるならバトルロワイヤ〇的な感じである。最近のだとハンガーゲー〇でもいいが、日本人的にはやっぱりバトロワだよね。




 ちなみに今俺が使っているネットはイリジウムを使った衛星回線なんだけど、この時代のだとあんまり回線速度が出なくて、動画というより、コマ切れの画像が定期的に送られてくるって感じだ。




(楓ちゃんは――おっ。いたいた)




 全身刺青ヤクザニキの隣、忍者っぽい黒装束に身を包んだ楓ちゃんがたたずんでいる。髪は紫がかった黒髪で、背は小さい。顔はどことなく子犬っぽい庇護欲をそそる感じである。




 そんな彼女は、今、笑っていた。その表情が意味するのは、闘志か、それとも期待か。




 アイちゃんを陽の狂人とすれば、楓ちゃんは陰の狂人だ。




 同じヤンデレスマイルでも、アイちゃんはニヤニヤ笑うが、楓ちゃんはニタニタ笑うゾ!




「了解ぃー。せいぜい楽しみましょうねぇ、『お兄ちゃん』?」




 アイちゃんがわざとらしい舌足らずな声で言って、俺の胡坐の間のスペースにすっぽりと収まる。そして、俺の胸に後頭部を押し付けて甘えてきた。




「そうだね。アイ」




 俺はアイちゃんの髪を梳とかすように撫でつける。




「お兄ちゃん、くすぐったいわぁ」




 アイちゃんがクスクス笑って、目を細める。




 無論、俺は、アイちゃんといちゃつきたいがためにこんな作戦を立てた訳ではない。妹ちゃんこと楓に、俺たちのラブラブチュッチュ映像を見せつけて挑発するためにやっているのである。彼女たちも、当然、俺たちと同じように情報収集のための道具を持っているのだからして。




「こんなんで本当に大丈夫ぅ? オニキスはぁ、結構こらえ性あるタイプよぉ? 研究所でアタシがいくら挑発してもぉ、全然のってこなかったものぉ」




 アイちゃんが俺の耳たぶを甘噛みしながら言う。




 あふっ。やめて。俺氏、ちょっと耳は弱いの。




「のってくるよ。昔のアイに興味を示さなかったのは、楓は感情の執着を俺という存在に全振りしてるから。でも、今のアイは、彼女の生きる希望を――妹というポジションを奪ったにっくき存在だから」




 俺はそう答えて、アイちゃんの首筋に口づけする。




「わかってて挑発するなんて、悪い子ねぇー。さすがはアタシのお兄ちゃんだわぁー」




 アイちゃんが愉快そうに言って、武者震いをした。俺の評価が上がったらしい。




 普通のヒロインなら好感度が下がるところだが、狂犬キャラは逆だからね。




「本当に心苦しいよ。でも、事情がかなり複雑でね。今はなんとか時間稼ぎをするしかやりようがない」




 俺の個人的な同情度において、楓ちゃんはかなり上位にくる。くもソラヒロインの生い立ちの不幸度において、彼女の右に出る者はいない。




 でも、彼女の場合、俺がこっちの世界に来る前に、『もう起っちゃってる』パターンのヒロインだからなあ。未然にフラグを折って防げない以上、解決するのが難しい。彼女のルートに突入せずに、力押しで解決するには、それこそ神を殺すくらいのパワーがいる。




「まあ、アタシは楽しく殺し合えればそれでいいわぁー。……本当ねぇ。マスターの言う通り、すごいイイ顔してるわぁ」




 アイちゃんがパソコンのモニタを一瞥して言う。




 液晶画面は、一瞬、楓の鬼の形相を映し出した後、暗転した。




「奇襲に気を付けてね」




 俺はアイちゃんの脇腹をくすぐりながら言う。




 雑魚カメラごときでは楓ちゃんのスピードは追えないのだ。




「うふふ。奇襲ぅ? そんなの無理よぉ。殺気丸出しじゃなぃ。こんなんじゃ、いくら地形で優位を取っても、あの子の持ち味が台無しだわぁ」




 アイちゃんがくすぐったそうに身をよじって笑う。




 俺もアイちゃんほど鋭敏にではないが、鳥肌が立つような気配を感じていた。




 戦いの予感に、俺とアイちゃんが身体をくっつけ合って黙り込む。




 サヤサヤと葉かすれの音。




 巨大トンボがブーンと羽音を立てて、眼の前を横切った。




 シダの葉先を伝って雫が零れ落ちる、その刹那。




「死ねぇー!」




 ガンッっと、言葉より早く振ってきた斬撃。




 アイちゃんは、いつの間にか立ち上がり、楓の忍刀を鉄爪で受け止めていた。

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