鬱ゲー転生。 知り尽くしたギャルゲに転生したので、鬱フラグ破壊して自由に生きます【旧題】泣きゲーの世界に転生した俺は、ヒロインを攻略したくないのにモテまくるから困る――鬱展開を金と権力でねじ伏せろ――
第31話 主人公の性格はルートごとに変わってもいい
第31話 主人公の性格はルートごとに変わってもいい
屋敷の掃除にかこつけて、俺たちはシエルの洋館に入り浸るようになった。
やがて、夏休みが終わり、突然の海外からの転校生に湧く小学校や、イギリスと日本の文化ギャップによるなんちゃらモザイク的なコメディなど、ライターのテキスト水増し(キロバイト稼ぎ)の共通イベントをこなし、そこそこ仲良くなった頃合いを見計らって、俺は、シエルとソフィアと三人だけになる機会を探った。
そして、ぷひ子が歯医者に行き、みかちゃんは学級委員長のお仕事、翼はスポーツクラブ、香と渚は家族でお買い物、祈は楽しみにしている本の新刊が出たので引きこもりモードになったある日、俺は腹案を行動に移すことにした。
「今、ちょっと時間もらってもいいか」
シエルの屋敷で、宿題の算数を終えた俺は、そう切り出す。
「――構いませんわよ。どうやら、ユウキはワタクシに何かおっしゃりたいことがあるようですわね」
テーブル越しに俺の前に座っていたシエルは読んでいた詩集を閉じて、探るような視線をこちらへと向ける。
「バレてたか」
「ええ。しばしば熱い視線を感じて、ドキドキしましたわ。ワタクシの美しさに魅了されてしまわれたのかと思いましたけれど、どうやら、そうではないようですわね」
シエルが冗談めかして言う。
よかった。周りにバレないように、隙を見て、チラチラ見てアピールした甲斐があったよ。
まあ、気付いてシエルは社交界を生き抜いてきた女の子なので、他人の視線や感情の機微には敏感だという設定だからね。
「――俺は、二人にどうしても会わなきゃいけない理由があったんだ。会って、謝りたくて」
俺は深刻な雰囲気を醸し出して、そう切り出した。
「謝る? 屋敷に侵入したことなら、いつまでも根に持つほどワタクシは狭量な人間ではありませんわよ。それとも、ティ―スタンドからケーキをつまみ食いなさった件――でもなさそうですわね」
俺のただならない様子に、シエルは表情を引き締める。
「ああ――俺は今、父方の名字の『成瀬』を名乗っている。でも、母方の名字は『櫛枝』だ。これでわかってくれるかな」
「あなた――! まさか、『スキュラ』の関係者ですの!」
シエルが椅子から身構える。
「……」
ソフィアは無言で剣の柄に手をかけた。
おいおい、いきなりデッドエンドは勘弁してくれよ。
「関係者、といえば関係者なのかな。今はビジネスの一部で、母を利用しているけど、スキュラそのものや『オロチ計画』には噛んでないよ」
「その言葉を知っている時点で、信用できませんわ」
シエルが警戒感を滲ませて言う。
「本当だよ。俺は記憶もないような年齢で、父に連れられて、ここに越してきてるからね。母と連絡を取り始めたのは、つい最近――夏休みに入ってからのことだよ。母がやってきたことを知ったのも、ね。疑うなら調べてもらってもいいけど――ソフィアは、初めて会った時から、俺のことに気が付いていたよね」
「……ええ、存じ上げてました。私の意思に関わらず、『刻印』がうずいて仕方なかった。ですが、あなたに記憶があるとは思いませんでした。あなたもあの施術を受けてるなら、『代償』の一つとして、関連する記憶は失っているはずです」
ソフィアの言う通り、本編の主人公は、特定のルートに入らない限り、ママン関連のヤバい研究のことを思い出すことはない。でも、まあ、俺はくもソラに自信ニキなので。
「うん。知らないままだったら、その方がよかったんだけどね。知ってしまった以上は放ってはおけないから」
「放ってはおけない、ですか。失礼ですが、私より非力で幼いあなたになにができると。安易な同情など、不愉快なだけです」
ソフィアが珍しく感情を滲ませ、声を荒らげる。
「ちょ、ちょっとお待ちなさいな。ワタクシにも分かるように説明してくださる? ソフィアがスキュラで非道な扱いをされていたことは存じ上げておりますけれど、それとユウキがどう関わってきますの?」
「ああ、そうだよな。そこから説明しないとな。あくまで、これは今、俺の知っている範囲の情報でしかないんだが――」
いくつかの事情は伏せて、必要な情報のみ開示する。
全部開示したら、シエルの未来を予言しちゃうことになるからね。
ブラコンの彼女に『あんたのお兄様、俺のママンの百倍くらい外道だよ』という真実を伝えても、好感度がダダ下がりするだけでいいことはない。
「……つまり、あなたのお母様――と呼ぶのは癪ですわね。あの女は、生まれながらに病弱だったあなたを助けるために、あの非人道的な計画を始めたと」
「そういうこと。その行いを許せなかった俺の父親は、母と離婚して、俺をこの村に連れてきたんだ」
「事情は分かりましたけど、それはあの女が償うべき罪であって、ユウキが謝るべきことではないのではなくて?」
「うん。そうなんだけどね。ソフィアさんを始めとする犠牲の上に、俺の人生が成り立ってる事実には変わりないから」
「……そうですわね。生まれながらに否応なく背負わされる運命もありますわ」
シエルが実感の籠った重々しい声で言った。いつもながら、小2の会話じゃないよな。これ。シエルは、社交界で揉まれて否応なく、子どもながら大人にならざるを得なかった設定だからいいとしても、主人公である俺のキャラは崩壊気味だ。
まあ、いいか。ルートによってライターが変わって、主人公が別人格みたいになるのはギャルゲーにはよくあることだしね。
「それで、あなたは一体どうしたいのですか。謝られても、私はあの女を許すことはできませんし、あなたを恨むべきでないと分かっていても、やはり全てなかったことにして、仲良しこよしという訳にはいきませんよ」
「ソフィア……」
シエルが何とも言えない悲しげな表情で、ソフィアを見遣る。
「わかってるよ。ソフィアさん。俺は、そんな都合のいい関係改善を望んでいる訳じゃない」
「では、あなたを人質にして、あの女を脅迫でもしろとでも? そうすれば、何人か仲間が解放されるかもしれませんね」
ソフィアが冷めた口調で言った。
「それは無理だね。初めは俺を助けるための研究だったかもしれないけど、今はもう、そういう段階じゃなくなってるから。俺を人質にした程度じゃ、母は止まらない」
俺ちゃんをパパンに取られたママンは、寂しさからますます研究にのめり込んでマッドにサイエンスしちゃってる設定だからね。色んなヤベーところから出資も受けてるし、もう止まれないんだよねー。つーか、シエルのお兄様がその大口出資元の一つなんだけどね。鬼畜ぅー。
「なら、今のこの会話は全て無意味でしょう。お互いに不愉快になるだけです」
「そうではないと信じたいな。ソフィアさんの言う通り、はっきり言うと、今の俺に母の実験をやめさせる力は全くないよ。でも、全員は無理でも、何人かなら、あの地獄から救えるかもしれない」
ママンの計画をどうにかするのは、続編の主人公くんのお仕事だからね。俺がフラグを盗んじゃいけない。俺の目的は、ママンの討伐じゃなくて、あくまでソフィアちゃんとの関係改善だ。
「救える? あなたが言えば、あの冷血女が『ヒドラ』を融通すると? スキュラの最重要機密にして、最大の資産ですよ」
「『成功例』のヒドラを斡旋してもらうのは無理だろうね。でも、持て余している『蛭子』の方ならなんとかなるんじゃないかな」
ヒドラとは、ママンが有する、亡霊がインフェルノな感じのめっちゃくちゃ強いエージェントである。ここら辺に手を出すと、下手すると続編のヒロインが召喚されちゃう可能性があり、むっちゃややこしい事態になるからノータッチだ。
「ソフィア、『蛭子』とはなんですの?」
「実験の第二段階まではクリアしたものの、最終段階の試験をパスできなかった実験個体を指す隠語です。戦闘技術はヒドラ並ですが、精神面で破綻をきたしており、作戦行動に耐えないような者が多いです。せいぜい、片道切符の破壊工作などで使い捨てられるのが関の山の人材です」
シエルの問いに、ソフィアは苦虫を噛み潰したような顔で言った。
「人に対してこんな表現をするのは失礼ですけど、つまりは、『狂犬』という認識でよろしくて?」
「はい。ソフィア様に拾われなかった私を想像して頂ければ――。それで、壊れた人間を連れてきてどうするんです。救い出したとして、どう扱うんですか。並の看護師程度じゃ面倒見ることなんかできませんよ。秒で首を折られて死体になります」
「もちろん、治すんだよ」
「正気ですか? あなたは、『エラー』を修正できると? あの女が十年近く研究してもできていないのに?」
「母とは違うアプローチがあるんだよ。重傷者は無理だけど、理論上は、軽症者の『プラナリア』なら二桁。そこそこ浸食されてる『蛭子』クラスの人でも、三人はいけるはず」
ママンは化学方面の解決策しか模索できないけど、俺は非学的なアレを使えるからね。
「……冗談で言ってるなら、殺しますよ」
ソフィアちゃんが俺に野獣の眼光を向けてくる。
こわいよー。
「本気だよ。確かに、実際に被験体を確保して、成功させた訳じゃないから、保証はできない。でも、俺には自信がある」
「……仮にあなたを信じるとしましょう。私に何を求めているんです」
「俺がソフィアさんに望むのはたった一つだけ。誰を救うか、君に選んで欲しい。俺には、選べない。俺は、本来、平等に被験者全員を救わなきゃいけない立場だから。でも、俺にはまだ、全員を救う力はないから、君に選んで欲しい」
「責任を私に丸投げしようというのですか」
「そうとってくれて構わない。先ほどは、理論上は三人までいけるって言ったけど、確実を期すなら、一人だけの方が安心かもしれない。そこら辺の事情も考えて、一人以上、三人以下で選んでくれると嬉しい」
俺は睨みつけてくるソフィアを真っ向から見返した。
「……被験体番号0981。個体の識別名は『サードニクス(紅縞瑪瑙)』。名字はわかりません。私は単にアイと呼んでました。――もしも、もし、あなたが彼女を助けてくれたなら、私は終生あなたに感謝するでしょう。お嬢様の次に、あなたを尊敬します」
ソフィアちゃんは真顔で厨二ワードを連発する。ちなみに、コードネームの宝石はモース硬度が高いほど強キャラだぞ! 瑪瑙はモース硬度6・5~7くらいだから、アイちゃんはまあまあ強いってことだ。
(想定通りの名を出してきたな。よかった)
アイちゃんは、ソフィアちゃんルートのトラウマスイッチである。
研究施設で仲良くなったマブダチで心の友だけど、ソフィアちゃんだけがシエルに選ばれて助かって、その子は置いていかれた。
ファンディスクのソフィアのルートでは、『現場に踏み込んだけど、もう手遅れで助からなくて、昔の心の友とキルしあって悲劇!』な感じになるんだが、今ならまだ間に合うはず。本編の高校生編の段階でも、手遅れとはいえ、アイちゃんは一瞬、正気に戻るくらいの精神力はあったからね。
「わかった。早速、母にかけあってみるよ。でも、もし……」
「――わかっています。たとえ手遅れだったとしても、あなたを恨んだりはしませんよ」
ソフィアは俺の言葉を途中で遮って、期待と不安がないまぜになった複雑な表情で呟く。
「――ふう。ひとまず、ソフィアにとっては悪くない提案ということでよろしいのですわよね。それにしても、想像以上にスケールの大きなお話で驚きましたわ。ワタクシはてっきり、ミカとミシオのどちらを選べばいいか――なんて、相談をされるものとばかり思ってましたから」
シエルは大きく息を吐き出してそう呟くと、冷めた紅茶を口に含んだ。
「あの二人は大切な幼馴染だけど、そういうのではないから」
俺は定番の主人公セリフを吐きながら苦笑した。
まあ、本編ではぷひ子とみかちゃんの三角関係に悩んでいる主人公に、シエルちゃんが一喝してくれるシーンがあったりするんだけどね。
俺はぷひ子関連のフラグは絶対殺すマンなのでそんな展開にはさせない。
ともかく、こうして俺は、ソフィアちゃんのマブダチ救出大作戦を決行することになったのだ。
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