第23話 ケンチキついでにアイドルをヘルプ(1)

「はい、そうです。サイ多めで。ドラムはなしで。後は適当に」




 俺は、ケンチキこと、ケンシロウフライドチキン東京新宿店で部位指定する。




 ワープ費込みだと、高級フレンチが食べれる値段のファーストフードだ。わーい。




「美味いか?」




 二階の窓際の席に陣取った俺は、周囲に聞こえない程度の小声で隣に座った兎に尋ねた。




「ぴょん」




 兎は、腎臓マシマシのサイを骨ごとバリバリいきながら頷く。




「それはよかったなー。俺ももう少し食いたいがあんまり食べすぎるとぷひ子ママの晩飯が食えなくなる」




 俺は二個ほど鶏肉の塊を腹に入れた所で、ウエットティシュで指を丁寧に拭く。




 ケンチキが食べたい気分だったのは事実だが、それはもちろんついでである。




(――さて、もうそろそろか)




「兎。そのまま食ってていいから、ちょっと待ってろよ」




 頃合いを見計らって、俺は兎を置いて店を出た。




 とある撮影スタジオの前、どこからか情報を聴きつけたファンが、早くも出待ちしている。




「場所取りすんません。これ、差し入れです」




「……」




 最前列で待機していた黒服は、やんわりと首を横に振って断った。




 ママン経由で雇った一流のプロは、職務中に軽々に飲食などはしないということだろう。




 さすが意識が高いぜ。






 ガチャ。






 おっ、出てきた。出て来た。




 フリフリの服を着た中学生くらいの美少女が姿を現す。




 女性マネージャーに庇われながら、送迎者に向かって歩いていく。




「小百合ちゃーん! こっち向いてー!」




「愛してるううううううう!」




「サインくださああああああい!」




 ファンたちの黄色かったり、茶色かったりする声が、小百合に投げかけられる。




 うん。見ての通り、小百合ちゃんはアイドルです。




 モー〇ング娘やらの数人組のアイドルユニット全盛期に、時代遅れのピンで戦う昭和の歌姫という設定です。




「佐久間さん。少しだけ、いいですか?」




「次の仕事もおしてるんだけど……」




「数分だけですから」




 小百合ちゃんは、そう言ってマネージャーに断りを入れ、気さくにファンサービスに勤しむ。




 全くアイドルの鑑だよ。




「うおおおおおおおおお! 小百合! 永遠に一緒だよおおおおおお!」




 と、いきなり飛び出してきたのは、不精髭の不審者。




 白刃を手に、怒涛の勢いで小百合に襲い掛かる!




「キャアアアアアアアアアアアアアアアア!」




 小百合の悲鳴が夜の街に響く。




「このっ!」




 マネージャーが咄嗟に小百合を庇うように進み出る。




 ガッ。




 その凶刃がマネージャーの首筋を捉える寸前、俺の雇った黒服が、暴漢を羽交い絞めにした。そのまま、犯人の首を絞めて落とす。




「――あ、ありがとうございます」




 小百合はガクガクと震えながらも、はっきりとした声で言う。




 さすが人気アイドルは胆力があるね。




「……仕事ですから。礼は雇い主に」




 黒服が俺に視線を遣った。




 俺は静かに一礼する。




「雇い主……。あんな、子どもが」




「と、とりあえず、車に乗りましょう。収拾がつかなくなるわ」




 騒然となる現場を見て、マネージャーがそう提案する。




「わかりました。あの、お二人共、もしよろしければご一緒に。お礼をしたいので」




「では、お言葉に甘えて」




 俺は黒服と一緒に長めな高級車に乗り込んだ。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る