第20話 眼鏡っ娘は衰退しました(1)

「ねえ、君」




「は、はい」




 突然俺から話しかけられ、眼鏡っ娘はビクりと肩を震わせた。




「君も夏休みの宿題? 読書感想文、嫌だよね」




「え、あ? あ、いえ。私は、趣味で……」




「そうなんだ。じゃあ、読書感想文はもう終わった?」




「はい。『走れメロス』で済ませました」




「ふーん。……君、本当は『走れメロス』、嫌いでしょ」




「え!? どうして分かるんですか?」




「『済ませました』って言ったから。好きな本ならそういう表現はしないでしょ。というか、そもそも読書感想文というスタイルそのものが、気に食わない?」




「――はい。本を読んだ感想は、人それぞれだと思うんです。でも、それを誰かに読ませて、あまつさえコンクールで評価すると言うのは……」




「だから、嫌いな走れメロスで済ませた?」




「ええ、作品というよりは、根本的に太宰の人間性が好きになれなくて……。メジャーどころなら、芥川の方が好きです」




 知ってるよ。てめえのルートの蜘蛛の糸地獄の悪夢攻略のシーンはすっげえテンション下がったわボケぇ。みかちゃんの髪を全部抜いて、それを材料に救いの糸を編み上げる羅生門ギミックなんて誰が喜ぶんだ。普通さ。童話モチーフなら、童貞に自信ニキの銀河鉄道の夜とかロマンチックなやつにしない? なんでグロいのを選ぶの。




「俺もその二択なら断然芥川だな。それより好きなのは、三剣蓮(みつるぎれん)だけど」




「ご存じなんですか!?」




 三剣蓮とは、くもソラの中に出てくる架空の作家である。




 ここらの郷土出身のナンセンスでグロテスクな作風のマイナー作家で、ヒロインが私淑(個人的に尊敬)しているという設定の人物だ。ファンタジー小説に見せかけて、実はノンフィクションで、この田舎に潜む闇を公に告発しようとしたけど、結局、やられちゃったかわいそうな人です。




「たまたま親父の書斎にあってね。『人間の悪意とは、すなわち暇つぶしである。例えるなら、それは少年が戯れにトンボの羽をちぎるような』」




「そうなんです! 人間の本質的な悪性に対する考察が、深いんです。キリスト教文化に見られる原罪的な二項対立ではなく、抽象論に終始する東洋哲学のような衒学でもなく、明確な身体性に基づくリアリズムが――」




 おうおう。語りよる。語りよる。やっぱり、オタクはめっちゃ早口じゃなきゃね。




 判官びいきとでも言おうか、俺は実は眼鏡っ娘というジャンルが好きだ。でも、世間はそうではない。




 昔は一本のギャルゲーがあったら、必ず一人は眼鏡っ娘の枠があったのに、今では見る影もない。




 結局、もう眼鏡っ娘という属性には商業的な需要がないのだろうか。俺は、眼鏡っ娘以上に無口っ娘が好きなんだが、こっちはまだ死にジャンルじゃないよな? なんか負けヒロインばっかりな気がするけど、需要はあるだろ? あるって言ってくれ、ギャルゲーの神よ。




 っていうか、眼鏡さあ。ほんまに小2っすか? まあ、グッドエンドでは天才作家として世間に名を馳せるっていう設定だしね。麒麟児ってことで。




「――で、つまり、三剣作品における虫というのは、『取るに足らない者』の象徴である訳ですが、中でも、両性を具有したオオクワガタというのは」




「なんだ! 虫遊びの話してんのか? オレもまぜてくれよ」




 俺が適当に相槌を打ちながら、眼鏡っ娘の語りを聞き流していると、百合の間に挟まる男的なノリの声が割り込んできた。日焼けと絆創膏を標準装備したロリコンガチ勢に人気っぽい容姿。




 ゲッ、貴様は――フラグを折ったはずの俺娘じゃねえか。何でこんなところに!

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