華村咲

 黒髪で長髪の女性――華村咲はなむらさきは窓から差し込む陽光で目が覚めた。大量の汗でTシャツが濡れていた。汗の原因は分かっている。毎晩のように見る悪夢のせいだ。あの日からずっと悪夢を見続けている。

 華村は半袖に着替えながら、窓の外を見た。遠くの方に小さな山が見えた。空蒼山くうそうざんと呼ばれる山であり、町からほんの少し離れたところにある。噂によるとガスが噴出しているらしいが、一度も登ったことがなく、本当かどうかは知らない。

 華村はリビングに向かおうとしたが、レーダーが反応したことに気付き、足を止めた。携帯端末型のレーダーを手に取ると、朝食を食べずに家を出た。

 華村はレーダーが示す場所に向かいながら、悪夢を見るようになったあの日のことを思い出す。


 ☆☆


 華村はリビングでテレビを観賞していると、姉のつぼみがトイレから出てきたことに気付いた。蕾は顔面蒼白だった。なぜか内股でリビングに入ってきた。

「あのね、トイレにこもってたら急に陣痛が始まっちゃって……赤ちゃんの頭が出てきたの」

「え? 本当?」

 華村は慌てて蕾の股の間を見る。蕾の言う通り、赤ちゃんの頭が少しだけ出てきていた。

「私が赤ちゃんを取り上げるから、お姉ちゃんはソファーに寝転がってくれる?」

 頭が少しだけ出ていることを考えると、救急車を呼んで病院に行くより、自分が取り上げた方が早いと判断したのだ。

「うん、わかった」

 蕾がソファーに寝転がると、華村は股の間に手を入れてゆっくりと赤ちゃんを取り上げた。華村は無事に赤ちゃんを取り上げられたことに安堵したが、すぐに首を傾げた。赤ちゃんにしては髪の毛の量が多いように感じた。不思議に思いながらも、赤ちゃんを蕾に渡す。

 蕾は体を起こし、赤ちゃんを抱きしめた。すると赤ちゃんの髪の毛が蠢き、した。何が起きたのかが分からず、固まっていると、粘土が蕾の体を貫いた。一瞬にして蕾の体中に穴が空き、大量の血液が溢れ出た。

 華村は蕾が死んだことをすぐには受け入れられなかった。しかし、数秒後には怒りが湧き上がり、赤ちゃんの首をへし折っていた。しばらく放心状態だったが、我に返ると、顔が青ざめた。

 華村は自分の両手と赤ちゃんを交互に見た後、キッチンに向かった。


 ☆☆


 あの後、包丁を首に突き刺して自殺しようとした。だが、窓から侵入した『幼児狩人ベイビーハンター』に止められ、『幼児保持者ベイビーホルダー』について教えられた。

 華村は蕾親子のような者を生み出したくないという思いから『幼児狩人ベイビーハンター』になった。そしてあの日からずっと蕾と赤ちゃんが死ぬ悪夢を見続けている。目の前で死んだ蕾、自分が殺した赤ちゃん。悪夢を見るたびに、胸が締め付けられる思いがした。

 気が付けば華村は空蒼病院の前にいた。病院の中に入ると、レーダーを確認する。確認し終えると、廊下の奥に進み、階段を上がった。二階の病室に『幼児保持者ベイビーホルダー』はいるようだ。

 華村は二階に上がると、廊下の奥へと進み、立ち止まった。病室の扉を開けると、赤ちゃんが刀で看護師の体を切断していた。肘から先が刀になっているところを見ると、どうやら腕を変質させたようだ。

 赤ちゃんは華村の存在に気付き、襲い掛かってきた。華村は髪を粘土に変質させ、弾丸のように飛ばした。華村の能力は『髪粘土クレイ・オブ・ザ・ヘアーズ』であり、姪と似た能力だ。姪の血液を注入したからか、あるいは姪と叔母の関係だから、似た能力になったのかもしれない。

 粘土は勢いよく突き進んだが、赤ちゃんは刀で叩き落した。叩き落された粘土は髪に戻り、床に散らばった。赤ちゃんは刀を振り上げると、自らの左腕を切り落とした。

 華村は赤ちゃんの突然の行動に驚いていた。赤ちゃんは隙を突くかのように、刀化を解除した右腕で左腕を掴んで投げた。左腕は刀に変質し、華村に向かって突き進んでいく。

 華村は刀に向かって走り出した。タイミングを見計らい、頭を勢いよく下げた。刀は重力に逆らって舞い上がった髪を切断し、病室の壁に突き刺さる。髪はひらひらと漂いながら、床に落ちていく。

 華村は急ブレーキをかけると、後方に飛んで赤ちゃんと距離を取った。赤ちゃんは右腕を刀に変質させると、走り出したが、急に立ち止まった。両足をからだ。先ほど床に散らばった髪を粘土に変質させたのだ。赤ちゃんを捉えるために、髪を切断させた。

 華村は深呼吸をすると、短くなった髪を粘土に変質させ、赤ちゃんの体を貫いた。粘土に体を貫かれた赤ちゃんは体中から血を流し、息絶えた。姪が蕾にしたのと同じ殺害方法だった。

 華村は政府に電話を掛けると、任務完了を告げた。それから赤ちゃんを抱き抱え、病院を出ると、蕾親子の墓参りに向かった。墓には蕾親子だけでなく、今までに殺した赤ちゃんの骨も入っている。


 ――君の骨もちゃんと墓に入れるからね。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る