第17話 そして、舞台は整った

「ん。つなげる準備はOK。そっちは? 心の準備はOK?」


「ああ。いつでもいいぞ」


「ボクもいいよ~。シズクは?」


「…………OK」


 久しぶりの空間へのダイブにまったく緊張が無かったといえば、うそになる。

 

 が、それよりもこれから空間で合わせる顔ぶれを思うと、そちらの方がプレッシャーはより大きかった。


「了解。回線接続……完了。S・A・Sスキル・アシスト・システム接続……完了。空間会議室への入室申請……受諾確認。それじゃ、行ってらっしゃい」


 視界に闇が訪れたと思った次の瞬間、シズクは久しぶりの空間に移行していた。

 最後の空間での記憶は滴とのティールームの記憶だ。


 少しの苦さと懐かしさをのみ下すと、かたわらに視線を向ける。

 そこには同じように空間にダイブしてきたセレスティーナとヨシュアの姿が見えた。


「……始めて経験するが。なんとも不思議な感覚だな、これは」


「ま、慣れだよ慣れ。ボクなんか、こっちの方がみが深いね。シズクもそっちの口じゃない?」


「ええ、まあ」


 空間に設置された、巨大な大樹の切り株をかたどった円卓におっかなびっくりで腰かけながらセレスティーナが周囲を見渡している。


「……なんだ、シズク。その顔は」


「いや。そういうセレスは珍しいな、と」


。大きな、お世話だ。それよりも――2人とも、よろしく頼む」


「ああ」「任せて」


 まだ少し不安げなセレスティーナにシズクとヨシュアが力強くうなずく。

 今から始まる空間での会議によって、樹下の民の街とセレスティーナの進退が決まるとあっては、さすがのセレスティーナも緊張を隠せないようだった。


  †


 ヨシュアの発案による提案……というよりも半ば脅迫に近いプランは想像以上に2つの指揮系統が混在している作戦司令部を揺さぶることに成功していた。


「いいかい? 実はこの作戦でのボクらの立場はね……まだ決まってないんだよ」


 という言葉から始まったヨシュアの話は、シズクとセレスティーナの意表を突くには十分な内容だった。


「補給でめた時にさ。地球側とトゥーン側で主導権争いみたいなことしてただろ? あれの決着がまだ着いていないってことさ。一見、隊長さんが3・3の指揮権を掌握しているから、トゥーン側がボクらの指揮権を握っているように見えるけど……実は違うんだな」


「なんだと? どういう意味だ?」


「ボクらに命令を下す権利はトゥーン人は実はもってない。ただ、合同作戦中は隊長もしくは副隊長の下命に従うべしという命令が出ているだけだ」


「それは理解しているつもりだが……結局、私の指揮ということは騎士団の意向に従わざるを得ないということではないのか?」


 イマイチ理解出来ない、という顔のセレスティーナにヨシュアは笑いながら首を振った。


「少し、違うんだな。もし、隊長さんが指揮を執れない……という事態になった場合はどうなると思う?」


「それは……シズクが指揮権を引き継ぐことになるな」


「だね。じゃ、どうしてシズクが副隊長になれたと思う?」


「それは……実質的な名誉位階ではあるが、従騎士の称号を有しているからな。立派な騎士だ」


「そう。つまりね……シズク、キミがキーマンなのさ」


「お、俺?」


 思わぬところから、自分の立場を再確認したシズクは思わず自分自身を指さしていた。


 たしかに1つ1つ言われてみればその通りだが、シズクとしては完全にセレスティーナの補佐としてしか自分のことを見ていない。

 なので、実は自分にも指揮権がある……ということはまったく考えもしていなかった。


「そ。キミだよ、シズク。シズクは地球側とはで契約している。ボクらと違ってね。その一方でトゥーンの騎士団にも所属している。この世界でただ1人のいわば二重国籍状態だ」


「え? あれって、お飾りの称号なんじゃ?」


。そんなわけないだろう。従騎士とはいえ、騎士の称号がそんなに軽いわけはないだろう……シズク。実感はないかもしれないが、お前は一応はその、貴族身分になるのだぞ?」


うそだろ? 貴族? 俺が?」


 日本で生まれ育ったのだから当然と言えば当然だが、貴族などと言われてもまるでピンと来ない。


「いやいや。これが本当なんだな。そしてね、シズク。キミに対するトゥーン側の評価はキミが想像している以上に高いみたいだね」


「なんで?」


「なんでって……キミは英雄だよ? 異世界人でありながら、たった数人でアピスの本拠地に乗り込んで騎士たちのあだを討ち、世界樹がうしなわれるのを未然に防ぎ、知られていなかった危険種についての貴重な情報をもたらした……すごいね」


「それ、本当に俺?」


「改めてそう聞くと、確かに英雄的だな」


 セレスティーナがそんな風にうなずくのをシズクがジト目で眺めているのも素知らぬ顔でさらにヨシュアが続ける。


「そして、そんな英雄の尊敬する唯一の上官が隊長さん。キミってわけ」


「……んむ? ちょっと待て。私は決してそんな大それた」


 今度はセレスティーナが面食らう番だった。ハトが豆鉄砲をらったような顔つきでシズクと2人して顔を見合わせる。


「そんな2人が身命を賭して、ことの重要性を訴えているのにあっさりそれを握りつぶした。このままでは2人がどう動くかまったく予測出来ない、なんてね。話をあちこちにばらいてみたら……思ったより食いつきが良くてさ。こっちも驚いちゃったね。なんで、まあ隊長さんも覚悟は出来てるっていうんで、もうちょっと脅してみたってわけ」


「お、脅した!? だ、誰をだ!?」


「ジャーガ・フォライス夫妻とその上位のお偉いさん。さすがに領地持ちの貴族が動くと違うね」


「ん。隊長と副隊長が2人そろって覚悟を決めて動こうとすると……どうやっても地球とトゥーンの間で責任の所在と指揮権の主導権争いでさらにめる、という状況に今はなってる」


 アリアナの言葉に「なんせ、今でもめてるんだから」と、ヨシュアは楽しそうに笑って見せた。


「もちろん、地球側もトゥーン側もこんなことで互いの関係が気まずくなることは望んでないさ。ただ、その反面でお互いに抱えている人員の指揮権だけは死守したいとも思っている。隊長さんが思いあまって職を辞して、シズクが後を引き継ぐ。そして、彼がやらかした場合、指揮権に固執して責任をかぶるか、その逆か。双方とも悩ましいところだね」


「少しどころか、完全に脅迫ではないか……」


「こうなっちゃうと、一番良いのはね。2人の行動を認めちゃうことさ。面子があるからノーペナルティってわけにはいかないだろうけどね。というわけで、あとは実際に話し合いで落とし所を見つけるだけってわけさ」

 

 そんなにくいくのか……というシズクの思いとは裏腹に自信たっぷりなヨシュアの言葉の通りに事は進み、あっという間に緊急の上申会議の日程は決定された。

 

 とにかく広大なトゥーンであるために実際に顔を合わせてというわけにはいかずに空間での開催になったのもヨシュアたちの計算のうちらしい。


  †


『地球側の接続およびトゥーン側の接続を確認』


 空間にダイブしてから数分後、アリアナからの通信と同時に円卓に複数の姿が投影される。


 地球側の席に2人。トゥーン側の席に2人。


「さて……それじゃあ、楽しい会議の時間だ」


 ヨシュアの楽しそうな声と共に会議の幕があがった。

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