第11話 決着、そして  

「捕まえたぞ、こんのやろう!」


 けんげきをもっての空中格闘戦をモットーとする異世界の騎士であっても、さすがに空中での関節技というのは想定外だったのだろう。


 ぴったりと副長機の《竜骸ドラガクロム》に肉薄したシズクは、副長機の腕を取ると、そのまま巻き取るように抱え込んだ。


 密着した部位の斥力フィールが互いに干渉し、不気味な和音を奏でたかと思った途端、副長の《竜骸ドラガクロム》の肘から下が嫌な音を立てて力を失った。


 するりと手のひらから剣が滑り落ちて、はるかな雲海の下へと落下していく。



『さすがに野蛮だな、異世界人!』



 一瞬、シズクが油断した機を逃さずに、副長機がシズクの《竜骸ドラガクロム》の肩を力任せに蹴り飛ばす。


 斥力場と斥力場が激しく反発し、キリモミ状態で吹き飛ばされた。



「どっちが野蛮だっつうの」


『無論、貴様だ』



 副長機は剣と片腕を失い、シズク機は肩部の装甲および可動域に無視出来ないダメージが蓄積される。


 けんこんいつてきの奇襲により、武器をかろうじて奪いはしたが代償も小さくは無い。



『さて……楽しくなってきたじゃないか』



 副長機は残された片腕の手首から、斥力場を操作して刃を形成。もっとも長さはかなり短い。


 いわば短剣あるいはインドで使われていたというジャマダハルという方が近いだろうか。



「それなら、俺はこっちだな」



 かつてスカイナイツ時代に何度かお遊びで、斥力場をいろいろと操作して遊んだことがある。


 その時にスキルとして組み上げたものが、この《竜骸ドラガクロム》にも移植されているのは午前中に確認済みだ。


 シズクが生成したのは腕部に装着する小型の盾のようなフィールドだった。


 手首から先は機動用の斥力場を発生させるのに必要なため、副長機と同じ方法は使えない。


 これで攻撃を弾きながら、懐に潜り込んでもう片方の腕も機能を停止させる、という作戦を即興で組み上げる。



 武装はほぼ互角。



 両腕を使えなくなった副長の《竜骸ドラガクロム》では、もはやあの変態機動は維持できないだろう。


 ならば、回転機動を使えるようになっただけ、シズクの方が若干有利だ。


 もっとも、肝心の技量テクニツクでかなり負けているので全体で見ればまだ不利は否めない。



『さて……続きを始めようか!』


「だよなっ!」



 二つの《竜骸ドラガクロム》の影が空の一角で絡み合いながら、見ようによっては優美な曲線を描き出す。



    †



『そろそろ、決着がつきそうですね』


「……はっ」



 イリエナの言葉にセレスティーナはとうとう最後までシズクを援護出来そうにないという事実を受け入れざるを得なかった。


 何度も良いところまで追い詰めたのだが、イリエナの守りは堅く最後まで有効打を与えることは出来なかった。


 もっとも、始まった当初に感じていた焦燥感は今は無い。


 自分は全力を出し切ったし、それはシズクの前でも胸を張って告げることが出来る。


 ただ、今回はイリエナの守りが上を行ったというだけだ。


 

 距離を取って慢心することなくたたずむイリエナに合わせて、そっとセレスティーナは肩の力を抜いた。


 こうなった以上、後はシズクと副長にこの戦いの行く末を委ねよう。


 それで今は十分だった。


 イリエナも同じ考えなのだろう。じっと自分の信頼すべき副官の戦いを宙空にたたずみながら見守っている。



『それにしても、あの異世界人。副長と互角とは。今後が楽しみです』


「私もです。ですが、その……さすがにやりすぎだ、者」



 もっとも、その、2人とも少し熱くなりすぎではないかとは思うが。


 上位者権限を使って、シズクの《竜骸ドラガクロム》の状況を呼び出して確認する。


 セレスティーナの視界にシズクの《竜骸ドラガクロム》の状況が映し出されると、予想以上のひどさに思わず顔をしかめた。


 四肢の各関節やてのひら部などの末端部が異常に加熱。肩部の装甲ははく。その他にも細かいダメージは数え上げればキリが無い。



『それはマリア・トラファも同じね。片腕が使えなくなってるもの。ここまでやる必要もないでしょうに』



 あきの団長の声にセレスティーナは激しく同意した。


 二人とも、これはあくまでも現在の技量を確認するための模擬戦だということを忘れているのではないだろうか。



 すでに戦意を喪失したと見なされたセレスティーナとイリエナが審判および基地システムによって【模擬戦・棄権】を宣告される。



『団長殿・従騎士長。両名とも戦意喪失による棄権と判定されました。ただちに模擬戦空域を離脱し、帰還してください』



 審判機からの当然の通告にセレスティーナは了解と応じようとして、ふと思いとどまった。


 すでに出来ることは何も残っていないし、その意思もないはずなのになぜか胸のうずきが収まらない。



『審判機へ。申し訳ないが、私はこの場に残留する』


『従騎士長? ……団長殿。従騎士長を伴い、速やかな帰還を』


『ごめんなさい。私も同じよ。どうしてかしら……ずっと、そうささやいているの』



 その時だった。二つの影が重なり合い、見たことも無い虹色の輝きがほとばしったのは。



『団長殿! 緊急事――』



 悲鳴のような報告がシズクと副長の戦いを見守っていた審判機より、もたらされる。

 

 それを聞き終えるよりも早く、セレスティーナは胸の奥からほとばしうずきに意識を明け渡した。



 はるかな過去からの記憶と経験・知識・技術・能力。そして人格がセレスティーナのそれと混ざり合い溶け合って融合する。


 魂結晶に残された祖の意思の再臨はセレスティーナの人格と溶け合うことで初めて成立する。


 再び目を見開いた時、そこにはもはや従騎士長としてのセレスティーナは存在しなかった。



「私はあの異世界人を」


『無論、我はわいひなどりを優先するともさ』



 イリエナも全く同じタイミングで、融合を果たしたのだろう。


 明らかにそれまでとは異質の人格がイリエナの声を発していた。


 すぐ傍らで二人に警告していた審判機の小隊長は何が起こったのかを把握出来ずに、木偶でくのようにぼうぜんと浮かんでいる。



 はるかな祖先のみが有していたという《樹寵クラングラール》を何の疑問も無く、セレスティーナ――アトハールティーア・エクルース・クランモールとの融合人格は使いこなし、竜骸ドラガクロムの斥力場を滑らかに変形させて幾重にも重なった層を形成させた。



 すっと軽く動いた瞬間、空気を取り込んだ斥力場は勢いよく、それを後方へと吐き出した。


 加速すればするほど取り込まれる空気が斥力場で高密度に圧縮される。


 それだけではない。


 地球の技術では届かぬ領域の技術によって、幾重もの斥力場の層に取り込まれた質量は高効率の推進力へと転換されていた。


 セレスティーナの祖は今はもう誰も理解の出来ない技術を自ら編み出し、それを独自の《騎技ドラガグラスタ》として構築することに成功していた。


 ただし、それは今に伝えられてはいない。


 セレスティーナの祖はそれを世界樹に差し出すことはしなかった。


 故にそれを使えるのはアトハールティーアと融合を果たした、もう一人のセレスティーナだけだ。



 そして、イリエナの祖と融合したイリエナも同じく彼女だけの秘匿された《騎技ドラガグラスタ》を有していた。


 ちゃっかりとセレスティーナの《竜骸ドラガクロム》に捕まって相乗りした今一人のイリエナは、極大まで薄く引き延ばした斥力場を広大な面積に幾重にも重ねて展開。


 地面へ向けて絡み合いながら加速する2機の《竜骸ドラガクロム》を受け止めながら減速させた。


 本来は迫り来るアピスの群れの速度を強制的に低下させ、騎士たちの攻撃を補助するために生み出された《騎技ドラガグラスタ》だが、こういう使い方も可能だ。


 さらにイリエナは細く絞った斥力の棒でもって、絡まった2機をがした。


 そのまま副長の機を絡み取って、自分の方へとはじばして静かに抱きかかえる。


 セレスティーナはというと、そんなイリエナには目もくれずに速度を減じたシズクの《竜骸ドラガクロム》を地表すれすれで受け止めていた。



『――従騎士長、団長……殿?』



 危うく大惨事になるところを、見たことも無い絶技でもって回避した2機の《竜骸ドラガクロム》を思わず見比べながら、審判機がとりあえず、声をかける。



『大丈夫です。心配をかけましたね』



 聞こえる声はすでにイリエナ本来のものだった。イリエナの祖はやるべきことを終えたら、そのままさっさと魂結晶の奥へと引っ込んでしまったらしい。


 そういう感傷的な感情とは無縁の性格らしかった。



「そこは、私とは違うところよね」



 つぶやきながら、セレスティーナは懐かしげな瞳を気絶したシズクとその《竜骸ドラガクロム》に向けた。


 なぜ自分がそんな風な郷愁にも似た感情をシズクに覚えるのか理解出来ないままに。



『……あ、れ?』



 気絶していたのはほんの一瞬だったらしい。シズクはすぐに気を取り戻すと、なぜかセレスティーナに抱かれていることに気がついて、慌てて《竜骸ドラガクロム》の身をよじらせた。



「ほら。じっとしてなさい。このまま下に降りるわよ」


『……セレス……じゃない?……いや、けど……?』



 セレスティーナの言葉遣いから異変を感じ取ったのか、シズクは大人しく身を委ねながらもいぶかしげな視線でセレスティーナを見つめた。



「セレスティーナ、よ。私もね」



 すっと全身に張り巡らされていた意思が再び胸の魂結晶へと戻っていく。身体の熱が引いたときにはすでにいつものセレスティーナに戻っていた。



「……まるで最初から全てを知っておられるようだったな」



 おさまらない胸のうずきは、シズクと副長の起こす事故のことを知っていて、それを警告していたのではないだろうか。


 そんなことを思いながら、セレスティーナは地上へと帰還した。シズクと共に。



   †



 模擬戦を終え、それぞれの隊舎で疲れ切ったシズクや他の隊員たちが眠りについた頃。


 騎士団の団長であるイリエナは基地の責任者のエリオット・ヘスと副官のマリア副長と共に今後の騎士団の方針について話し合っていた。



「それで、マリア副長。彼らの評価はどんな感じかしら?」


「はっ。こと《竜骸ドラガクロム》の個々の戦闘力に限定すればという条件が付きますが、十分に戦うだけの能力は備えていると判断いたします」



 昼の疲れなどまるで見せず、マリアは姿勢を正してイリエナに答えた。想像以上の戦いぶりを見せつけたシズクはもちろんのこと、他のどの隊員の技量もマリアの予想を大きく越えていた。



「個々の戦闘以外は?」


「礼節や態度は、さておくとして……編隊での連携などはまだ使いものにはならないでしょう。ひどくチグハグです。まるで、それぞれが勝手に訓練を受けていたという感じさえします。あの技量に見合った集団戦闘は全く期待出来ません」



 マリアにとって、それはとても不思議なことだった。


 トゥーンの騎士は個人の技術や技能よりも、まず真っ先に集団での行動をたたき込まれる。


 そのために幼いころより養成校の寮で先輩の従士として、徹底的に命令に殉じることを学び、そしてそれによって集団での戦いにおいて完全に個を捨てて貢献する動きを身につけていくのである。


 こういった行動規範ばかりは《樹寵クラングラール》からは得ることが出来ないので、その教育で騎士のしが決まると言っても過言では無い。


 それゆえ、この課程を修了して、初めて《竜骸ドラガクロム》に触れることが許されるのである。



 だが、異世界人たちは全く逆だった。



 真っ先に《竜骸ドラガクロム》で好き勝手に行動した結果、その技能だけが突出したという感じなのだ。


 一体、どんな訓練をしてきたのか想像もつかない。



「ということですけれど、ヘスけい?」



 イリエナに水を向けられ、ヘスは軽く肩をすくめて見せた。



「礼儀作法に関しては言葉もありませんな。実際、彼らが地球で受けた訓練は極めて偏っております。規律だの集団の意義などというものを期待するのは正直、難しいですな」


「にも関わらず、あれだけの技量か。つくづく、異世界人というのは理解が難しい」


「個人の力量だけで言うならば、どのメンバーも折り紙つきです。ああ見えても、厳しい選抜をくぐけた猛者もさ、というやつですからな」



 イリエナもマリアも知らぬことだが、何しろカジュアルモードも含めれば数万分の1の確率をモノともせずに勝ち抜いてきたのがスカイナイツ組である。


 純粋な技量だけでいうならば、皆、一騎当千だ。


 ただし、メンタルに関しては課題は大きい。そこは所詮はゲーマーでしかない。



 そんな内心の考えはおくびにも出さずにヘスは表情を隠すようにグラスに口をつけた。お気に入りのこちらの世界の酒だった。



「まあ、そういった礼儀作法に関しましては今後の課題ですな。私どもとしましては、基本的に戦力になりさえすれば問題無いと認識しておりましたので」



 ヘスの言葉にイリエナは軽くうなずいた。



「そうですね。まずは戦えなければ話になりません。礼儀作法はおいおい考えましょう。それよりも騎士団としての集団戦は難しいというのが副長の見解のようですが。ヘス郷はこれに関してはどのようにお考えですか?」



 これも予想された質問だった。当然、対応策は講じてある。



「そうですな。それに関しましては……まずは彼らをうまく運用するためのドクトリンを考えるべきでしょうな」


「ドクトリン?」



 マリアの言葉にヘスはデスクに編隊の模式図を投影させた。



「小隊長が隊を率いるというのに無理があるのではないか? ということですよ」



 各小隊から小隊長のみを抽出し、10機編成の2個小隊を編制する。残りは5機で1個小隊が計10個。2個中隊+2個小隊というわけだ。



「このように戦力を二つにわけ、片方をミードでしたか? それの採取に専念させ、もう片方はおとり兼護衛として戦闘に専念させます。もちろん、危険度の高いおとりは私どもの提供する側が引き受けることになるでしょう」


「……それではおとりは使い捨てではないか!」


「問題は無いでしょう。彼らはいくらでも、再生出来ますからな」



 冷酷な声に思わずマリアは声をあげようとしたが、すんでのところでイリエナに阻止された。



「なるほど。そういう使い方が出来る戦士たち、ということなのですね。不死身であるということは」


「だとしても……」



 死なない異世界からやってきた騎士がいる。そういう話は幾度となく聞いていた。


 実際にマリア自身も何人かは異世界人の顔見知りがいるし、彼らと話をしたこともある。


 とはいえ、彼らを部下として預かるのは初めてのことだし、ういじんで未帰還を前提にした編成案など考えたこともない。


 ういじんの騎士は戦力的にはオマケというか、経験を積ませるだけに参加させるというのが基本方針なのだから。


 要するにこの期に及んでも、まだ彼らが全員無事に再生するということをマリアは信じ切れないでいた。



「あくまでも一つの方針にすぎません。彼らも素人ではないのですからな。何度か痛い目を見れば、ちゃんと集団戦闘ぐらいこなすようになりますよ。最初だけです」



 イリエナはうなずくと書類ケースから数葉の地図を取り出した。



「この基地から半日程度の場所にアピスに侵食された小さめの世界樹があります。今まではたまに巣から迷い出てくるアピスを追い払うぐらいでしたが、私はこの世界樹からミードを採取したいと考えています」


「この規模の巣から、ですか?」



 マリアの常識ではこの規模の巣からミードを奪うにはおそらく軍団規模の騎士が必要になるはずだ。


 それ故に比較的近距離にある孤立した世界樹であるにも関わらず放置されていたのだから。


 だが、この男の言うように採取とおとりを分離し、おとりは最悪全滅しても良いというならば話は全く別だ。


 なにしろ、制圧の必要がない。少し離れた場所で待機しながらミードを採取すればよいのだ。おとりが支えきれなくなったら逃げれば良い。



「マリア副長。仮に彼らがアピスの巣に対して先制攻撃をかけたとしたら、どれぐらい時間を稼げると期待出来ますか? ヘスけいの編成案で」


「おそらく、半刻。その程度ならば」


「そう。ならば、試す価値は十分にあるということですね」


「そうですな。その任であれば、彼らにうってつけでしょう。良い教訓にもなる」


「……ヘスけいはそれでも良いのですか?」



 こらえていた感情を抑えながら、副長はじっとヘスをめつけた。この男には同郷の人間に対する情というものはないのだろうか。

 

 再生出来る、ということにうそは無いとしても。


 だからといって、死の恐怖と無縁というわけではないはずだ。


 それを指摘するとヘスは誤解されては困る、というようなことを言った。



「心外ですな。私はあくまでも同胞のために働いているのです。彼らも、です。無償の善意で、彼らをにえとして差し出しているわけでは無い。その価値に見合うだけの見返りはお約束いただきます」


「その辺りの政治のことは私たちにはわかりかねますね。大樹公とお話くださいませ。いずれにせよ、可能か否かと問えばどうですか? マリア正二位騎士ダーラハータ・ローデン


「十分に可能と判断いたします」



 イリエナは決断を下す。この騎士団で功績をあげるには必要なことだと判断した。



 作戦決行は今より半月後。もとより《竜骸ドラガクロム》と彼らの技術によって新たに生み出された《アジュールダイバー》に慣れるだけの時間さえあれば良い。


 それならば、これで十分だ。


 そして、予定通りに作戦は決行された。

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