第28話 穿たれた世界樹 -前編-

 アピスの巣は世界樹の幹のほぼ中腹、というか真ん中あたりの高さの場所に設けられていた。

 間近によって見る世界樹は幼樹といえども、ほとんど山という感じでアピスの巣の出入口も樹木に穿たれた洞というよりは洞窟の入口のような印象を受ける。

 巣の入口には数匹の狩人アピスがせわしなく出たり入ったりを繰り返している。おそらくは門番というか見張りのような役目を担っているのだろう。


『……感づかれると厄介だな。シズク、どうだ?』

「見えてるのは問題無い。全部、一気に片付けられる。ただ、さすがに中にいるのは無理だな」


 シズクは《竜骸ドラガクロム》の射撃管制スキルを起動させると巣の外に出ているアピスに狙いを定めた。合計で5匹のアピスが自動的に標的として固定される。あとは射撃を開始すれば、スキルによってほぼ同時に沈黙させられるはずだ。

 まったくS・A・Sスキル・アシスト・システム様々というところで、これが無かったらと思うとゾッとする。少なくとも自力のみでは複数のアピスに対してほぼ同時にヘッドショットを決めるなど出来る気がしない。

 問題は巣穴の中に引っ込んでいるアピスで、これはいかなスキルといえどもさすがに狙えない。

 シズクの報告を聞いたセレスティーナはしばらく考え込んでから、指示を下す。


『よし。アピスが入れ替わった瞬間を狙うぞ。シズクは中のアピスと外のアピスが入れ替わったら、外のアピスを始末しろ。私とカミラは即座に突入して入口付近のアピスを片付ける』


 了解、とシズクとカミラが応え、それぞれの所定の場所へと移動を開始。極力音を立てないように《竜骸ドラガクロム》は接地ギリギリの浮遊状態を保たせる。

 ほんの数分も経たずに移動を完了。じっと息を殺しながらシズクはセレスティーナからの合図を待った。


『今だ』


 ささやくようなセレスティーナの合図でトリガーを引く。と同時にスキルが稼働。最も無駄の無い動きで銃口をスライドさせながらトリガーを次に次に引いていく。

 瞬時に5体のアピスの頭が消し飛んだ。


『行くぞっ』

『はい!』


 セレスティーナの声と共に2機の《竜骸ドラガクロム》が巣穴に飛び込んでいく。何かを切り裂くような音が数回聞こえ、それっきり静寂が戻った。

 油断なく、巣穴の入口に銃口を向けたまま合図があるのを待つ。長い時間のように感じられたが、実際には一分も経たないうちにセレスティーナから通信が入ってきた。


『シズク。いいぞ。入口は片付いた』

「了解。今、合流する」


 あっけないほどに入口の制圧が完了。外と中で合わせて10体ほどのアピスの死骸が散らばっていた。


『これほど簡単に見張りを倒せるとは……。お嬢様。是非とも戦士殿の世界の武器を採用するようにジャーガに進言するべきかと』

『私が進言せずとも、もうその方向で話が進められているそうだ。これからは騎士の戦いも変わるだろう……良きにつけ悪しきにつけ、な』


 セレスティーナは少し言葉を濁して、そう応えた。

 シズクたちのような地球人を囮に使うという高効率の追求、という戦いには今もまだ納得しきったというわけではない。変化の全てを諸手を挙げて受け入れるという心境にはなれなかった。

 物事の変化というのは良いことも悪いことも同時に起こる。どちらか一方だけということはあまりない。

 あまり多くを語ろうとしないセレスティーナに何か感じるものがあったのか、カミラはこの話題をそれ以上続けようとはしなかった。

 沈黙を守ったまま、静かに静かに歩を進めていく。

 首尾良く、巣への潜入には成功したがここからが本番だ。

 シズクの放った発信機から得た情報を元にした、雫PGによる巣穴の構造解析によるとアピスの群れの規模に比べてかなり深く入り組んだ構造になっていることが解っている。

 巣に残存していると思われる狩人アピスの数は概ね二千から三千の間。多くても五千を越えることはない。

 数千と言うと凄まじい大群のように思えるが、一般的なアピスに比べると随分と少ない部類になる。

 おまけに広大な巣に分散しているので、実際には入口で見たように十から数十程度の小分けの群れが巣のあちこちをうろついているというのが実際のところだった。

 この程度であれば、剣だけのトゥーンの《竜骸ドラガクロム》ならいざ知らず、ハリネズミのように飛び道具で武装している今のシズクたちならばさほどの苦労は無い。

 不意をつけば、無傷での完勝も難しくは無い。

 それだけに、群に包囲されるということだけは避けなくてはならない。完全に囲まれてしまっては入り組んだの巣の中では逃げることも隠れることも出来なくなってしまう。

 その状態で赤目赤翅が出てくれば、完全にチェックメイト。ゲームオーバーだ。


 不完全な構造予測図を便りに、少しづつ巣の中を進んでいく。

 路の途中でいくつかの小規模な群に遭遇したが、とくに戦闘になることもなくあっさりと駆除が完了する。

 遠距離からアピスに気がつかれる前に叩けるという優位性は、こうした場所では恐ろしいほど有効だった。


(まさか《竜骸ドラガクロム》でスニーキングミッションをやるとは想像もしなかったな)


 思わず、懐かしの地球時代のゲームのことを思い出してシズクは一人ほくそ笑んだ。こうしたノリの潜入系のゲームは地球にいたころはしょっちゅうプレイしていたので、何となく懐かしい気さえする。

 気がつかれるまでは一撃必殺というのも、そっくりだ。その代わり、バレたら最後瞬殺されるというのがゲームでのお約束だったが……ここではそうならないことを祈るしか無い。

 などと、いささか不謹慎な回想をしていると心を読まれたかのようなタイミングでセレスティーナから声をかけられた。


『シズク……言っておくが、気を抜くなよ?』

「ど、どうしたんだよ。いきなり」

『いや。何かこう、お前が腑抜けている時の気配を感じたような気がしてな』

「気のせいだろ、気のせい」

『そうか? まあ、いい。とにかく集中力を切らすなよ』


 とりあえず、了解とだけ返事をするとシズクは気を入れ直して迷宮のように入り組む巣の奥に目をやった。

 世界樹に穿たれた巣の壁面はうっすらと発光しており、さらに《竜骸ドラガクロム》によって増幅されて視覚が補強されているので暗くて困ると言うことは無い。

 ただし、その見え方はやはり太陽光の元とはかなり異質でどこか幻想的な雰囲気を感じる。


『お嬢様、戦士殿。そろそろ、この辺りで休息を取った方がよろしいのではないでしょうか?』


 巣に潜入して、はや数時間。とくに戦闘らしい戦闘は行っていないが確かにずっしりとした疲れを感じていた。

 音響探査などを組み合わせて視界に投影しているため、不意を襲われるという不安はほとんど無いが、それで曲がりくねった先にアピスが待ち構えているのでは? という緊張感はそれなりに体力を削る。


『……そうだな。さすがに《竜骸ドラガクロム》から降りて身体を休めるわけにはいかんが、この辺りで小休止するとしよう』


 セレスティーナが決断を下し、ゆっくりと身体を坑の壁面にもたれかけさせて関節を固定し待機状態へと移行させた。

 待機状態になれば、自分の身体の動きと《竜骸ドラガクロム》との同期も解除されるのでかなり楽に力を抜くことが出来る。


『それにしても、思ったよりも順調だな』

「そうだな。拍子抜け、とまでは言わないけどさ」

『……気を抜くなと言ってるだろうが。莫迦者。まだ赤目赤翅も女王も見つけていないのだぞ。ここから先が難問だ』


 薄暗くてはっきりとはわからないが、なんとなくこちらを睨んでいる気配が伝わって来る。いつもの調子に思わず苦笑していると、横合いからカミラの楽しそうな笑い声が聞こえてきた。


『お嬢様も戦士殿も随分と打ちとけておられるのですね』

『べつになれ合っているわけでは無いぞ』

『とても良いことだと思いますよ』


 二人のやりとりを聞きながら、セレスティーナにもやはり苦手なものがあったのだなとシズクは何となく面白さを感じていた。

 基本的にシズクの知るセレスティーナは騎士団の中の分隊長という立場でしかない。そういった立場から離れたセレスティーナというのもやはり存在していて、とくに基地から離れてからはそういう姿を見る機会が格段に増えた。

 今もそうで、カミラとのやりとりは家格の上下などというものからは離れた親しさが伝わって来る。


『ところで、戦士殿の世界でもやはりアピスのような敵が存在したのでしょうか?』

「え? どうしてですか?」

『いえ。戦士殿の世界の武器はとても、よく出来ています。きっと今までにさまざまな敵と戦ってきた、その経験が生かされているのでは無いと思ったものですから』

「ああ……それは、なんていうか」


 カミラの素朴な質問に、果たしてどう答えたものかとシズクは少し考え込んだ。

 もちろん、地球にはアピスのような人類の天敵などは存在しない。カミラが感心している兵器の発想の根本は人間同士の戦いの歴史から積み上げられてきたもので、要するに同士討ちの長い歴史の産物だ。

 さて、どうして説明したモノかと考える。何しろ天敵が存在するトゥーンにはそもそも同じトゥーン人同士による戦争があるかどうかもわからない。


「アピス、みたいなのはいませんけど、それなりに戦争は多かったですから……俺は実際に戦争に行ったことはありませんけど」


 結局、あまり深入りしない返事で適当に濁すことにした。戦争という言葉がうまく伝わるかは自信は無いが、誤解されたらされたで構わないという気分だった。

 だが、カミラはそこにではなくシズクが現実の地球では実際に戦ったことがないという方に驚いていた。


『戦士殿は戦士殿の世界では戦ったことが無いのですか!?』

「ええ。まあ、ゲームっていうか訓練はしてましたけど」


 さすがにリアリティ追求型のゲームに嵌まっていたとは言えずに、訓練とごまかした。カミラ達からすれば、シズクのような人間は噴飯物の存在に違いない。


『実際、シズクたち異世界人の戦士というのはかなり変わっていてな』

『と言いますと?』

『皆、技量は驚くほど高いのだが、まるで統率がなってないのだ。アレには驚かされた。あとはアレだな。樹寵クラングラールを使うのは我々の世界だけでの話で、異世界人の世界では基本的にはそういうものはないらしい』

『なるほど。エイリンが戦士殿のことを樹下の民と似ている、と言っていたのはそういうことなのですか。そういえば、戦士殿は雑技イリハグラスタを使うことなく料理をされると聞きました。機会があれば、是非ともご相伴させていただきたいものです』

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