第17話 戦士たちの休暇 -前編-

 試験飛行と訓練。そして作戦行動。


 一瞬も気を抜けないにもかかわらず、生活パターンそのものは単調な日々が続いている。


 だから、というわけではないだろうが訓練の成果も試験飛行へのフィードバックもパッとしない状態が続いていた。



「ん……どうも、アレだな。悪くは無いとは思うが」



 当初の勢いは無くなったなと、と副長のマリアが総括した。


 現時点での《アジュールダイバー》の出力増強計画は第一次計画が完了し、第二次計画に入ったところで壁にぶつかっていた。


 第一次計画では旧型のほぼ3割増にまで出力を増強。そのことにより機動性と防御性のトレードオフは緩和されたが完璧ではない。


 二次計画でこのトレードオフを完全に解消し、三次計画で解消した状態を保ちつつ全体の出力をさらに増加させるというのが大まかな計画なのでまだ先は長い。


 にも関わらず、この有り様では弛んでいると言われれば返す言葉も無かった。



「申し訳ございません」


「責めているわけではありませんよ。従騎士長も戦士シズクもよくやってくれています。まだ、始めてから2ヶ月もっていないのですから。《アジュールダイバー》に余力が生まれた結果、戦士たちの練度向上と相まって、さほど無理のない採取作戦にもかかわらず、採取率も向上してます。十分に誇っても良い成果ですよ」



 ゆっくりとカップに満たされたお茶に口をつけながら、イリエナはセレスティーナとシズクにほほんで見せた。


 ぺこりと頭を下げてみせる2人に副長が追加でフォローを入れる。



「ああ。少し言い方が悪かったな。すまなかった。だが、それはそれとして……勢いが落ちた原因というのは気になっていてな。お前たちだけでは無い。戦果には影響していないものの、他の小隊の士気も落ちているのだ。まだ、お前たちはマシな方だ」

「そうですね。それは私も気になっていました」



 ふむぅと重いため息がイリエナとマリアの口から漏れる。まだ目に見えるほどの実害は出ていないが、いかにもマズイ流れだった。



「原因はなんだと思う、野蛮人」


「そろそろ、そのあだ名は勘弁してもらいたいんですけど。まあ、なんていうか俺の感想なんですが」


「感想で構わん。それと呼び名は却下する」


「さいですか。じゃあ遠慮無く言わせてもらうと、少しダレてきてる気がします。俺だけじゃ無くてみんなも」


「ダレる?」



 思わぬことを言われたという表情の副長にシズクはそうですと繰り返す。



「最初は《アジュールダイバー》や《竜骸ドラガクロム》を実際に操縦出来るって言う感動とか異世界で本当の戦いをしなきゃいけないとか死に戻りって大丈夫なのかとか、そんな感じで、とにかく無我夢中だったんですけど……」



 ここで一度、言葉と心を整理するために出されたお茶に口をつける。


 かすかな刺激のある異世界のお茶で悪くは無いのだが、そつちよくに言うとコーヒーが懐かしい。



「そういうのに慣れてくると、なんていうか、なんで俺たちこんなことしてるんだっていうか。俺はまだ、みんなの戦力の押し上げって考えれば踏ん張れるんですが……他の連中は正直、かなりキツイんじゃないかな、と」


「それは……報酬のためではないのか? そうヘス卿からは聞いているが」


「いや、そうなんですけど。別に給料日があるわけでもないですし、金は地球に戻らないともらえないわけですし。生活費ぐらいはもらってますけど」



 基地での衣食住は基本的に支給されるが、こうひんの類いまでは支給されない。


 そういうものはわずかながら与えられる異世界の賃金で賄うことになっていた。


 ただ、それもたかがしれているので、異世界の金は使い道があるようで実はない。



「だが、同胞に対する使命感というものが……ああ、そうか。お前たちにとっては別に同胞、ではないのだったな」


「ええ、まあ。そういうのじゃダメなのは頭では理解してるつもりなんですが。正直なところ、隊長たち以外の異世界人って見たこともないですし」


「実感も沸かん、か。確かにな。これはうかつだった」



 金のためと割り切れるタフさがあれば良いのだが、それはかなり難しかった。



「なるほどな。従騎士長。小隊長たちの方はどんな具合だ?」


「はっ。私は任務上、あまり交流は無いので確たることは言いかねるのですが」


「外から見た意見、というヤツを聞かせてくれ。従騎士長も野蛮人も、少し皆から離れた場所にいるからな。全体がかえって見えることもあるだろう」


「承知いたしました。私から見ると、戦士シズクから見た戦士たちとは反対の意味で、油断と戦士たちとのかいが出てきているように思えます」



 セレスティーナの見たところ、小隊長たちはかなり緩んでいるように見えた。


 当たり前と言えば当たり前の話で、この騎士団に来るまでは常に生死がかかっていた戦いの中に身を置いていたのが、今は全てのリスクを戦士に任せてしまえるのだ。


 安全圏からミードの採取だけを行い、適当なところで帰還する。


 一方で戦士たちは実際には死なないとは言いつつも、変容という言い知れぬリスクを背負って戦っている。これでは隊の一体感など形成されようが無い。


 小隊長なりに隊員と交流している小隊もいくつかあるのだが、逆に完全に交流を放棄してしまっているのではないか、という隊も出てきている。



「やはり、早急に対策を行わんといかんな、これは」


「確かに。このままでは騎士団が分裂しかねません。そうですね――どうしようかと思案していたのですが、ちょうど良い頃合いかもしれません」



 イリエナはそういうと、デスクから大仰なふうろうされた封筒を取り出した。



「実はジャーガ・フォライスより招待状が届いているのです。我が騎士団の戦士の皆にも」


「ジャガ?」


「……世界樹を預かる太守の称号だ。ちゃんと勉強しておけと言っただろう。者」



 すっかり慣れた者を聞き流しながら、シズクは軽くうなずいた。要するに領主みたいなものだろう。たぶん、伯爵とか公爵とかそんな感じの。



「ジャーガ・フォライスですか……日頃から何かとご無理を聞き届けていただいている手前、悩ましいところですね」


「ええ。騎士団の設立はもとより、この基地の建設にも多大なご援助を受けています。さすがにお断りするわけにもいきませんし、かと言ってこちらの礼儀もわきまえない皆をジャーガのお目にかけるというのも。ジャーガは気にしないとおっしゃられてはいるのですが」


「真に受けるわけにはいきませんね」


「ですから、私だけご挨拶にと思っていたのですが……今の状況を鑑みますと、小隊長たちを引き締め戦士たちに使命感をもってもらうためにも必要なことなのかもしれません」


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る