第7話 世界について 異世界チュートリアル②

「みなさんゲームでご存じの世界樹ですね。スカイナイツでは非常識なまでに巨大な樹ということで押し通してましたが、実はこれ単純な木ではありません。


 詳しくはまだまだ調査段階ですが、樹木を利用したトゥーン世界そのものを制御するシステムのノードのような存在だということまではわかってます」



 世界樹と人体模型の結晶体とがクラウドっぽいネットワーク回路でつながれ、世界樹からファイルコピーよろしく、どんどんスキルが流れ込んでいく。



「この樹と魂結晶とは量子的なリンクでつながっていて、トゥーン人はそこから各種スキルをゲットしています。だから《樹寵クラングラール》って言うわけですね。


 この《樹寵クラングラール》はそれぞれの個人の経験だとか生まれ持った先天的な能力だとか社会的なステータスなんかで、大まかに取得可能なスキル数の上限と使えるスキルのレベルなんかが決まるみたいですね」



 便利やなあというアンの声に思わずシズクは苦笑した。


 たしかに、こんなことが出来れば学校も必要ないだろうし、すぐにやりたいことが出来るのだからうらやましい限りだ。



 そんなことを思っている間にもどんどんと解説アニメーションは進められていた。


 今度はすごい勢いで世界樹が増えていき、どんどん複雑なネットワークが形成されていくのが表示されている。


 まるで世界樹を一つの端末としたインターネットのような感じだった。


 ただし、この端末の大きさは異常なまでに大きい。



 つまり、その大きさに見合った途方もなく巨大なネットワークがトゥーンには存在する……と考えるのが妥当だ。


 そんなシズクの推測を証明するかのように、世界樹に埋め尽くされた地図はどんどん縮小されていき、さらに世界樹が広大な領域を埋め尽くしていくが、それを越えて表示される領域が広がっていく……



「まだまだ、大きくなりますよー」



 のんびりとした声のサクヤの言うとおり、世界はどんどんと縮小されて細長い帯へと姿を変えた。


 球形の大地では無く、細長い帯状の大地だ。


 そんなバカなと思っている間にも、ずんずんとズームアウト。



「え?」



 思わず、そんな声が出たのはリング状になった世界地図の中央にぽつんと明るい光が表示されたせいだった。


 よくある太陽系のCGの中心に鎮座する、太陽とそっくりなものがこの世界の太陽なのだとすると……



「ちょ、ちょっと待って……これって」


「はい。知ってる人もいるみたいですね。ダイソンの天球と呼ばれる超大規模な人工天体です。大きさはざっと1.3天文単位。太陽から地球まですっぽりです。


 透明な部分も材質は不明ですけど、何かのフィールドが働いていて、恒星のエネルギーをそのまんま変換しているようです。


 サクヤ先生は理系じゃないので、この辺でギブアップです」


 

 今度は逆回しにズームが始まって、宇宙からどんどんとトゥーンの大地へと近づいていく。


 やがて、この基地の上空からダイブするように教室へと視点が吸い込まれると、どことなく夢から覚めたような気分でシズクは軽くため息をついた。



「はい。宇宙旅行からお帰りなさい。これが私たちが把握しているトゥーンの姿というわけです。トゥーン人はこのネットワークから様々な恩恵を受けて生活しているわけですね。


 実は私たちも、このネットワークを利用していて、さらにここから地球とつながってるわけですね。トゥーンネットワークを中継点として利用してる感じです。


 そして、そのネットワークの重要なアクセスポイントを枯らしちゃうのが……皆さんが散々、スカイナイツでバトってきた昆虫型の生命体アピスというわけです」



 スッと音も無く、視界から宇宙空間も世界樹も人体模型が消え去った。


 代わりに見慣れたS・A・Sスキル・アシスト・システムのスキルリストがポツンと表示されている。


 リストはどうやらシズクがスカイナイツで使っていたものと同じもののようだった。


 他にもすべて、スカイナイツで使っていたのと同じインタフェイスがそのまま移植されているらしい。



「はい。というわけでトール君。いかがですか? 疑問は解消しましたか?」


「あ、はい。ありがとうございます。とりあえずトゥーン人がどこからスキルを手に入れているのか? とか、アップデートしてるのか? っていうのはわかったんですけど、余計に疑問が増えちゃいました」


「ほう。例えば?」


「こんなとんでもない世界を作った人たちがかなわない敵に僕たちがホントに勝てるのかな? とか」



 トールのさらなる疑問に、金髪の男が同意したように声をあげる。



「あ。それオレも思ったぜ! せんせー。ぶっちゃけ好きみたいなんでぶっちゃけますけど、オレら役に立つんすか?」


「あ、そこは説明不足でしたね。じゃあサクヤ先生もぶっちゃけましょう。トゥーン人とこの世界を作った人たちは全然関係ありません」


「へ?」


「トゥーン人は後から来た人たちなんですよ。移民ですね。どうやって来たんだとか、いつ来たんだというのは……なんせ大昔のことですから。彼らにも、わかんないみたいです。歴史っていうより神話になっちゃってますね」


「つまり、トゥーン人たちも他の知的生命体の遺産をそのまま利用しているだけ、という感じなんでしょうか?」



 とこれはトール。金髪の男はわかったようなわからないような顔つきでへーっとうなずいているだけで、それ以上の質問は無いようだった。



「まあ、そういうことですね。そういう言い方をすると、せっかくのファンタジーっぽさが薄れるのでサクヤ先生は嫌いなんですけど。先生的には神に導かれし者たちがこの地に新天地を見いだしたとかの方が好みです」


「神さま、っすか」


「そ、神さまです。っていうか、こんな馬鹿げたもの作った人だか存在ですよ? とっくに進化して、神とか連続体とかオーバーマインドとかに進化しててもおかしくないと思いません?」



 それは何か違うんじゃ無いだろうか、とシズクが首をひねっていると今度はアンが元気よく手をあげた。



「せんせー。ちょっと話、戻させてもらいますけど、トゥーン人もうちらと同じように胸の宝石みたいなんで、うちらと同じシステムとかにつながってんですよね?」


「まあ、そうですね。どちらかというと私たちがトゥーンのネットワークに相乗りしてるんですけど」


「っちゅうことは、うちらと同じで死なへんのちゃいます?」


「あ、そこも説明してなかったですね。残念ですが、トゥーン人たちは死んだら死んじゃいます! トゥーン人の意識は魂結晶に保管されてますので、これが残ってれば身体は確かに再生出来ます。ですが、逆にここが破壊されると身体が無傷でもアウトです。即死です。あと、魂結晶は耐用年数もあるので、寿命もあります。


 耐用年数を迎えると、スキルなんかはネットワークに回収されて再利用……らしいんですけどよくわかりません。


 ちょっと個人で差がありすぎるし、なにぶん、彼らの宗教問題に関わりますしね。深入り出来ないです。


 私たちの場合は本体が地球にあるので、特別なんですよ」



 なかなかくいかないものです。とサクヤ先生はしみじみとうなずいた。



「なので、これは男の子への忠告です。こっちでトゥーン人の女の子と仲良くなっても、パイタッチのノリで魂結晶に触ったりしちゃダメですよ。重犯罪ですからね。セクハラなんてかわいいもんじゃないです。地球へ帰れなくなりますよ。一生、飼い殺しです」



「マ、マジっすか!」というレッドの悲鳴。


 重なるようにアンの「ナンパしたら奴隷落ちな」と冷たい声のツッコミが入る。



「はい。これは本気で大マジです。さすがにかばいきれないです。特に皆さんの上司の女の子たちですけどね、若くてわいくてもお貴族様ですからね。皆さんのS・A・Sスキル・アシスト・システム……要するにスキル関係の権限は彼女たちが最優先です。

 S・A・Sスキル・アシスト・システムを強制的にはくだつするのも自由自在です」

 


 その意味するところを理解して、シズクはすっと背筋が寒くなるのを感じた。彼女たちがその気になれば、容易に言葉さえも奪い取ることが出来るということだ。権限などという生やさしいものでは無い。



「さてっと。そろそろ時間も皆さんの頭も、いっぱいいっぱいですね」



 サクヤがパムっとスレート端末のカバーを閉じたところで、懐かしさを感じるチャイムが鳴った。


 やっと終わったーというような声がそこかしこから上がる。



「はい。それでは今日の講義はこれで終了です。ちゃんと真面目に復習して、今後の役に立ててくれることを期待します。なにせ、皆さんは最低5年間は絶対に地球に戻れませんから。挫折するとツラいですよ。では、解散!」



 サクヤ先生が教室から出て行くと、一気に教室の中は騒がしさを取り戻した。


 仲の良いグループで談笑する者。今の講義の意味を議論しあう者。


 少ない女子をナンパして張り倒されている赤毛もいる。


 ざわめきを取り戻した教室の中で、シズクは昨夜出会った、あの少女のことをぼんやりと考えていた。



 確かに常識がわない一面はあったものの、それほど自分と違うという感じはまるでしなかった。


 むしろ、言動だけで見るならば幼なじみの親友の方がよっぽどズレている。


 なのに、今のサクヤ先生の講義から受けるトゥーン人の印象は人間とはまるで違っていた。あの話の感じからすると、もう生物というよりもある種の人工生命体という方がよっぽど近い気がする。


 どちらが、彼女の――彼女たちの姿なのだろうか。


 あるいはどちらでも無いのだろうか。


 そんなとりとめの無い思考は、ポンとたたかれた肩に感じた軽い感触で断ち切られた。


 ふと顔をあげれば、もうすでにみんな教室から立ち去った後だった。よっぽど物思いにふけってしまっていたらしい。



「どうしたの。真面目な顔してさ。みんなもう、隊舎に戻ったよ。残ってるのはシズクだけ」


「いや。ちょっと、な。それより、トールも先に戻ってれば良かったのに」


「僕もちょっと、考えてた」



 そう言ってトールは窓から見える、巨大な3つの塔に顔を向けた。


 塔の先端はあいにくの曇り空ではっきりとはわからないが、相当な高さがありそうだった。



「あれってさ。さっきのサクヤ先生の話が本当だとすると――多分、地面の続きってことになると思うんだよね」



 そう言って、トールはノートを細く切り取ると輪っかを作ってみせた。



「内側の底の部分から、こう端っこを見ると……多分、ああいう感じに見えるはずだよ」


「……ダイソンの天球って言ってたっけ? 先生」


「うん」


「だとすると、どれだけ広いんだよ、この世界。地球100個とか1,000個じゃ足りないだろ」


「計算する気にもならないけどね」


「異世界トゥーン、か」



 シズクだけは特別に5年では帰還出来ないということになっているようだが、たとえ、その10倍。いや100倍の年月を費やしたとしても、このトゥーンの全てを歩いて尋ねるのは不可能だろう。



「とんでもないとこに来ちゃったよね……今さらだけど、さ」


「そうだな」


「ここで最低でも5年間、か。ちょっと自信無いな。最後まで無事に過ごして帰る自分が想像つかないよ」


「早く、慣れないとな」



 ホントだよ。そう、うなずくトールと共にシズクは立ち上がって教室を後にした。


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