第15話 パン屋に潜入する北海君と私

 ······翌日。学校が終わった後、私と北海君は駅前のパン屋さんに居た。非リア充の私が、放課後男子と一緒にパン屋さんに入店するなどお初な事だったが、私の脳内はお花畑とは対極にあった。


 手にトレイとトングを持ち、私と北海君は棚に並べられたパンを選ぶ振りをしてレジに立つ店員さんを盗み見る。


 店員さんは若い女性だった。白い帽子とシャツにパン屋のロゴマークが入った黒いエプロン。


 後ろで結ばれた茶色く染められた髪。小柄で可愛らしい顔立ちをした店員さんだった。


「······あ、あの人? ほ、北海君」


 私は隣に立つ北海君に小声で話しかけると、長身体躯のいつも無愛想な彼がぎこち無く頷いた。


 現場視察を終えた私達は、公園のベンチに腰を下ろした。私が男子と一緒に公園のベンチに座るなど(以下略)


「······初めてあの娘を見たのは、入学して間もない頃だった」


 北海君は購入したパンを食べる様子も見せず、背中を丸め膝の上で両手を組んでいた。何気無くあのパンに入店した北海君は、レジに立つあの女性に一目惚れしたと言う。


 それから北海君はその娘を見たいが為に、足繁く店に通っているらしい。


「······でもな。何をどうしていいか分からねーんだよ」


 北海君は自分の想いを持て余すように首を指で掻く。私は昨日から今現在まで、北海君の意外な一面を目の当たりにして驚くばかりだった。


 北海君のイメージは一貫して硬派だった。でも、そんな彼が一目惚れした女性に対してどう接していいか悩んでいる。


 ······そっか。北海君は決して器用な人じゃ無いんだ。ううん。むしろ不器用なのかな。それはとても北海君らしい。私はそんな事を考えていた。


「······て、手紙を渡すとか?」


 私の控えめな提案に、北海君は普段鋭い両目を丸くしていた。


「······無理だ。女に手紙を書いた事なんか無い」


「じゃ、じゃあ。レジで挨拶とかして話しかけるとか?」


 北海君は激しく首を横に振る。

 

「······もっと無理だ。こんな人相の悪い俺に話しかけられたら向こうが怖がる」


 北海君は苛立ちを抑えきれない様に短い髪を両手で掻きながら立ち上がった。


「······悪い。小田坂。この話は忘れてくれ。俺なんかには無理な話だったんだ」


 北海君はそう言い残すと、購入したパンの入った袋を私に渡し去って行った。その北海君の背中は、とても小さく丸まっていた。


 ······そして。私は気付くとさっきのパン屋さんの前に立っていた。


「······おい。小田坂ゆりえ。アンタ何をしてんだ?」


 金髪長身バンドマン男が、私の隣に立ち話しかけてくる。


「し、仕方無いでしょう。北海君があんな様子だから。私が何かしないと」


 と言うものの。私に何か妙案がある訳では無かった。私は必死に無い知恵絞って考える。


 下策。仕事上がりの彼女の後をつけて住まいをつきとめる。


「······絶対に止めとけ。それ、ただのストーカーだぞ」


 六郎が即座に駄目出しをする。うう。ならば中策。私が北海君の気持ちを代筆して手紙を渡す!


「······それも止めとけ。北海信長の性格からして必ず激怒するぞ」


 ならば。ならば最後の手段の上策を敢行するまでよ!!


 私は鼻息荒く意を決して再びパン屋さんに入店する。私の策はこうだ。私が何とか店員さんと話すキッカケを作る。


 そして顔馴染みにの常連になり。店員さんに「いい男いるから紹介しますよ」的な軽口を叩くまで仲良くなる!!


 これよ! これしか無いわ!! 私は適当にパンを選びトレイに乗せる。そして大股で歩きレジに向かう。


 ······ちょっと待て私。出来るの? 非リア充で友達が一人も居ない私が、そんな高等テクニックを駆使出来るの?


 ······無理よ。よーく考えたらそんな事出来る筈が無いわ。無理よ絶対に!!


「······パン。お好きなんですか?」


 可愛らしいその声に、私は顔を上げた。気付くと私はレジの前にトレイを置いていた。なんと、北海君の想い人が私に話しかけてきたのだった。










〘初恋。それは夕凪の様な静けさと、甘酸っぱいほのかな香りが漂う記憶の中の不変の情景だ。


 人はそれを思い返した時、まだ汚れや疑う事を知らぬ純真だった頃の自分を今と重ね比べてしまう。


 私の初恋は戦争アニメに登場する男気溢れる小隊長だった。だが、当時五歳の私は気付かなかった。この小隊長。あっちこっちに愛人がいるのだ。


 しかも何人もの子供を愛人達に生ませた癖に、いつも金欠でロクに生活費を送らない。しかもしかも、死に間際の最期の台詞が「俺は祖国の発展に貢献した。何せ十人の子供を産ませたからな。さらばだ。我が子クロメシア。メアリー。えーと。それから。ぐふっ」だった。


 だが、正確には子供の数は十二人だった。自分の産ませた子供の人数も把握しておらず、最期はきっと名前も思い出せなかったのだろう。


 こんな最低男に何故私は初恋を捧げてしまったのか。このアニメを改めて見返した私は、夕日が射し込む部屋の中で初恋の切なさを儚んでいた〙


          ゆりえ 心のポエム





  

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