第18話 時価

「よぉ、クソガキ共。元気だったか」

「元気って、五日前に会ったばっかりじゃん」

「こういうのは社交辞令っていうんだよ。騎士団に入るつもりなら覚えとけ」

「う、うっさいなぁ」


テキトウなことをベルクに吹き込むウルペース。あの一件からガンブは味を占めたのか、事あるごとにウィルとウルペースに子守を頼むようになった。そして今日もまた二人は先輩という立場を使って命令お願いをしてきたガンブに言われベルク達兄妹の元を訪れている。


「今日親父は?」

「野暮用とか何とか言ってたぞ」

「どうせ飲んでんでしょ。クソッ、羨ましい」


子どもの前で不機嫌さを隠そうともしないウィルにウルペースは内心呆れながら、こいつ昨日もその前も酒飲んでたよなと着実におっさん化が進む同期に引いた。


「ふーん、ま、いいけど。それよりオレ達今から行くとこあんだよ」

「行くところ?」

「うん!今日は街の広場に精術師がくるんだよ!」

「精術師!精術師!」

「精、術師が?」


ウィルとウルペースは揃って首を傾げた。別段冒険者や旅人として精術師が各地を回るのは珍しいことではない為、それ自体は不思議なことじゃない。二人が首を傾げたのは、なぜ兄妹達が事前にそれを知っているかということだ。


「だって昨日も来たんだよ」

「その前の日も来たんだよ」


くるくると回りながら歌うように話す幼女、ティルとユール。こくこくと首降り人形の如く頷き同意を示す末っ子、キリル。そして三人の話に付けたしてベルクが言った。


「すげ~んだぜ。何もない所から水がピューってさ!いいよなぁ。オレも人間じゃなかったら精術師になれたのになぁ~」


瞳をキラキラと輝かせ、普段の生意気な姿とはまるで違うベルクにウィルとウルペースは顔を見合わせて目を瞬いた。


兄妹に連れられ街の広場に行くとすでに多くの人々が集まっていた。その中心には草臥くたびれたローブを着た男が立っている。

人混みに突っ込んで先頭へ飛び出た兄妹とは別に、ウィルとウルペースは広場を見下ろせる家の屋根に上って男を観察した。


「どう思う?」

「見世物で金稼いでるってだけなら放っておいてもいいだろ」

「まぁ、それはそうだけど。でもあの人どう見てもだよ」


――人間は精術師になれない。

それはこの世界の誰もが知る常識だった。理由は至極単純。その昔、人間が精霊の力を我が物にしようと精霊に対し戦争を起こしたからである。それが原因で精霊はこの世界から“精霊界”と呼ばれる場所に消え、以降人間は精霊の力を借りられなくなった。というのが歴史のお勉強で習うことだ。

ウィルはハーフエルフである為精霊と契約出来ているが、人間の精術師など本来ありえないはずなのである。


(あの男が他の種族とのハーフとか?う~ん、プロクスに訊けばすぐに分かるんだろうけど、あいつ他に人がいると基本出てこないからなぁ。はぁ)


そうこうしているうちに歓声が上がり、男が台に上って恭しくお辞儀をする。衆目が一心に注がれる中、男は両腕をバッと広げ、そしてその両手から確かに水がぴゅーっと出ていた。わぁっと群衆が湧きたち、拍手が巻き起こる。対してウィルとウルペースはそのあまりのちゃっちさにがっくりと肩を落としていた。


「あ、なんなのが精術師って……精術師って!」


別に自分とは関係ないはずなのに、なぜだか精術師の名前を汚された気がしてウィルは怒りに拳を握った。


「くっそ!あいつ等に本物の精術師がどういうもんかを教えてやる~っ!」

「わっ、バカッ!やめろやめろ!」

「離せウルペースフィッチィ~ッッ」


屋根の上ですったもんだする二人を置いてショーは終わり、興奮気味の観客は互いに感想を言いあいながら去っていった。人の姿がまばらになると男も乗っていた台を片付け、その場を後にする。人気ひとけのない通りを歩く男は、しかし前に立ち塞がった二人組に足を止めた。


「ヘイヘイそこのおっさん。馬鹿な観客を騙して手に入れた金で飲む酒はおいしいか?」

「めんどくせーから抵抗するなよ。少し話がしたい」


もはやチンピラと化したウィルはさておき、ウルペースは騎士団の印章を見せて男に付いてくるよう指示した。けれどもその場を動こうとしない男にウルペースが再度通告をしようとした時、男のローブが翻り鉄の棒のような物、その先がウルペースに突き付けられた。


「ッ!?」

「ウルペース!」

「ッア゛!!」


――上がったのは、男の悲鳴だった。鉄の棒を地面に落とした男の手は焼けただれ、棒はぼんやりとした橙色を発している。まるで熱を帯びた鉄のようなそれに、ウルペースはウィルが精霊の力を使ったのだと確信した。


「悪い、助かった」

「これぐらい。で、こいつどうする?」


男は皮膚が捲れ肉の露出した手を震わせながらガタガタと震えていた。今しがた殺されかけたとはいえ、話を聞くには火傷の治療をするしかないと判断したウルペースはウィルに頼むが、返って来たのは非情な答えだった。


「いや、無理。私火の精霊としか契約してないし。傷治すには無属性の精霊じゃないと……」

「……マジかぁ」


チラと視線を男に移せば呻きながら震える姿がそこにある。ウルペースはここから一番近い医者の所まで男を運ぶしかないかと腹を括った。時である。

ガバリと立ち上がった男がその焼け爛れた手を突き出し、そしてウィルに迫ったのである。

けれどもその程度の奇襲はウィルには通じず、爛れた手が掴んで捻られ、あっという間に男は地面に押さえつけられてしまった。


「い、いいいい、いいいたたあああああいたああああああ」

「うっ、るさっ」


この声量アム並だ、と本人が聞いたら怒りだしそうなことを思ったウィルはパッとその手を離す。男はひいひい言いながらなんとか体を起こしたものの、なぜだか逃げ出す様子はなかった。


「あれ?逃げないんだ」

「はぁ、はぁ……ようやく見つけたんだ……逃げるわけがない」

「見つけた?」


きょとんとするウィルとは対象にウルペースは男が押さえつけられた時に僅かに見えた胸の焼き印に気づいて顔を顰めていた。


「ウィル、こいつ」

「頼むっ!妻を、息子を、助けてくれッ!!」


ガンッと勢いよく地面に頭を下げた男に、二人は面倒事の気配を感じて息を吐いた。


「皮が焼けてるだけだね。この薬を塗ってひと月もすれば新しい皮が出来てくるよ」


両手の治療を終え医者の元を出た三人はウルペースの提案であの薄暗い酒場に来ていた。ちょうど他に客もいなかった為、店主に多めに金を渡して表の看板を閉店クローズにしてもらう。

ウィルはいつも通りシードルを、ウルペースはビエール、男は蜂蜜酒を頼み、それがくるまで全員口を閉ざしていた。


「――私は、この国の東、ザギから来た」


蜂蜜酒を一口飲んだ男が口を開く。

男の名はエルパソ。プルウィア王国の東、ヴァスティーゼ王国との国境沿いにあるザギという場所で集落を作り、生活していたという。ザギという場所は山と雨の多いプルウィアでは珍しく平地が広がる場所で、ナブタールというプルウィアとヴァスティーゼとの国境に定められている巨大な川に接している。


エルパソはそこで羊と山羊の放牧をして暮らしていたというのだが、ついひと月前突然盗賊が現れ集落は壊滅してしまったというのである。仲間達が捕まり、奴隷として次々と売り飛ばされていく中、エルパソは自身の家族だけは守る為に盗賊の首領に懇願した。


「その時首領に提示された条件が精術師を連れてくることだった。精術師と引き換えに家族は助けてやると」

「…………えっ、それって私奴隷にされるってことっ?」


話を聞いていたウィルはハッと気づいていくら助けるためとはいえそれは嫌だと拒否を示す。


「第一その首領が本当に約束を守るかどうかも分かんねぇだろうが」

「それは、そうだが……私にはもう、その手に乗るしかっ」


ギュウと握られた手からは血が滲みだし、包帯に染みを作る。ウィルとウルペースはエルパソの境遇に同情しないでもなかったが、内容が内容だけに二人の一存で決めるわけにはいかず、一度ハルスに相談することで一旦この話を終了させた。


エルパソの泊まる宿で別れた二人は厄介なことに巻き込まれてしまったと足取り重く宿舎に向かう。


「ところで訊きたかったんだけど」

「何だ?」

「精術師って高いの?」


ウィルは知識では奴隷というものを知っていた。しかし田舎のバナーレ村では縁遠い話であったし、王都に来てからも見たことはない。


それもそのはず、奴隷という制度はかの賢王の時代にプルウィアでは廃止されていたからである。その当時はかなりの反発もあったらしいが、それでもという名のものはプルウィアから一掃されることになった。

しかし悲しいかな、どこの世界でも裏で不正は行われているものである。


「奴隷には階級ランクがあるんだよ。一番安いのは人間、その次に魔獣、人魚、巨人とか鬼とかエルフとか何とかあって、最高峰が精術師。因みに相場はなしの時価」

「へ、へぇ~。詳しいんだね」

「ま、昔いろいろ教えてもらって。……万の騎士より一の精術師ってな。昔からよく言われる戦場での格言だ。精術師ってのはそれだけ国力に影響するんだよ。理解し分かったか?精術師様?」


ウルペースの言葉にウィルはこくりと頷いた。その脳裏にはあの馬型魔獣を倒した時の一撃が蘇っている。自身がそんなとんでもないものだという自覚があまりないウィルだが、その存在はゆっくりと、しかし確実に周辺に影響を与えていた。


「ねぇところで」

「ん?まだ何かあんのか?」

「ベルク達、四人で家まで帰れたかな」

「………………あ」


その後ベルクの家に向かった二人はベルク本人にこってりと叱られ、お詫びに高級菓子スイーツを奢らされたという。

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