第11話 探る
密偵として村人の様子を探るとは言ったものの、何も手がかりが掴めないままひと月が経とうとしていた。その間にもアムの婚約話が正式に決定され、早くも引っ越しの準備が進められている。村人達はエーアガイツが出て行くことに歓喜し、反対にウィルは焦りが募るばかりだった。
「ただいま~」
今日も何も収穫が得られず家に帰ったウィルは覇気の無い顔で夕飯を食べる。その様子にルージュとメランは不安げな視線を送るが、娘からは何も伝えられない為安易に言葉もかけられなかった。
「ごちそうさま」
空になった器を片付け、食後のお茶を飲んで一息つく。ぼーっとあらぬ方向を見つめるウィル。その様相とは反対に頭はぐるぐると動き続け、今日一日の中で見落としたことはないかと何度も確認する。しかしやはりそれらしい手がかりは思い当たらず、すっかりぬるくなってしまったお茶を飲みほして席を立った。
夜。なかなか眠りにつけず窓から月を見上げていたウィルは村の皆のことを一人一人思い出してはエーアガイツ側に付く理由があるかどうかを考えていた。
(ミロはあいつに
どれだけ考えてもありえない理由とありえる理由が同じだけ出てくる。無駄な思考だ。そう分かっているのに何かしていないと不安で仕方ない。同時に村の皆を疑ってしまっていることに対する罪悪感も湧いてくる。
(母さんは、どうだったんだろ。人間と結婚して村に住むってなった時、嫌こととかなかったのかな)
早朝、浅い眠りにしかつけなかったウィルは早くから朝食の支度を始めていたルージュの元にいた。
「おはよう、母さん」
「あら、おはよう、ウィル」
「何か手伝う?」
「そうねぇ。だったらパンを切ってもらえるかしら」
「ん、分かった」
戸棚からパンを取り出して朝食用は少し厚めに、お昼のサンドイッチ用は薄く切って別で除けておく。
「お昼の分も切ってくれたの?ありがとう、助かるわ」
「いいよ、ついでだし」
残ったパンは再び戸棚の中へ。切ったパンの上にはとけたチーズ、カップにはスープが注がれた。
「ケールさんのところのヤギが今年はたくさんミルクを出すそうなの。それで何年か前のチーズを片付けるからって分けてくれたのよ。おいしそうね」
「そうだね」
バナーレ村の商店はたった一つ。その為通貨自体があまり出回っていないし、そもそも村の所得自体がそう高いわけではない。加えて今はエーアガイツが無理な税をかけている為貨幣経済など明後日の方向へ吹き飛び、村人が互いに助け合いながら生活している状態だ。父さんもよく採れた野菜を村中に配っている。
(それなのに私はみんなを疑ってる)
パンの乗った皿とカップをテーブルへ運び、席に着く。口の中へ運んだチーズはまろやかで、少し固くパサついたパンに絡まって胃の中へ落ちていく。
――本当は、犯人なんていないこと、分かってる。でも村の中の人でないのなら他に誰がいる。
(マキダケのことを話したのは村のみんなだけだ。でも当てはまる人がいない。皆を裏切るような人はいない。
口の中にパンを押し込み、つまりかけたそれをスープで一気に流し込む。考えても考えても出ない答えにウィルは頭を掻き毟りたくなった。
「ウィル」
そんな状態の娘に、見かねたルージュが声をかける。何かを言おうと思ったわけではない。ただ名前を呼んだ。しかしそれだけでウィルは少しだけ気持ちが落ち着いた気がした。
「――かぁ、さんは、嫌じゃなかった?」
そして気づけばずっと疑問に思っていたことが口を突いていた。
「父さんと結婚して、村に住み始めてから嫌なことは一つもなかった?」
言ってから、ここまできて村人達の嫌なところを探そうとしている自分に嫌気がさした。
ルージュはウィルの問いに一瞬面食らって、しかしすぐに笑みを浮かべ答えた。
「もちろん――あったわ!」
「あったのっ?」
「当たり前よ。ない方がおかしいじゃない」
ふふふふと笑うルージュ。しかしその笑いに暗いものはない。どちらかといえば懐かしんでいるような、そんな笑いだ。
「私が最初この村に来た時は冒険者として。村のみんなもまさか結婚して居つくなんて想像もしてなかったでしょうね。……冒険者っていうのはね、鳥みたいなもの。どこかから飛んできて、そしてまたどこかへ飛んでいく。その止まり木になる場所では珍しがられて歓迎されるけど、それは一時的なものだから。いざ住むとなるとまた違うの」
「何が?」
「住むという事はこの先ずっと付き合っていくってことでしょ?特にバナーレ村は農業や畜産でどうしても互いに支え合っていかなければならないから。今まで問題なくやって来たのに、ほとんど何も知らない、人間でもない者が割って入ってきたらどう思う?」
「……それは、ちょっと、戸惑うかも」
「でしょ?お母さんもね、ここに住むってなってから何だかみんなの態度が変わってしまって悲しかったし、寂しかった。でも村のみんなは少しずつ私を受け入れてくれた。そういう意味ではここはいい村よ。場所によっては絶対に受け入れてくれない所もあるぐらいだもの」
「そう、なんだ」
「えぇ。だからこそ私はこの村が好き、この村に生きる人が好きなのよ。――ウィルは、どう?」
ルージュの言葉にウィルは生まれてからこれまで生きて来た村のこと、そして村のみんなのことを思い返していた。
顔が怖くて友達が出来なかった。でもアムが友達になってくれて、徐々に話しかけてくれる子も現れた。
大人達は父さんと母さんの手伝いをよくしてるって褒めてくれた。
気づけば顔の怖さも冗談にできるぐらい軽口が叩けるようになっていた。
何より
「好き、だよ。好きだよっ、私もっ」
嗚咽をもらして引き攣った声で吐いた。
――ずっと、迷っていた。笑顔を張り付けて裏では誰が怪しいか、誰が内通者なのかと探ることが。
でも自分で決めたことだから。
約束を、したから。
「ウィル、あなたはあなたの心のままに決めたらいいのよ」
「――――」
ウィルは今一度これまで集めた情報と状況を照らし合わせる。溜めこんでいたものを吐き出したせいだろうか、今まで靄がかかって見えなかったものがはっきり認識できるようになった気がした。
村人の中に内通者はいない。ならば考えられるのは、
(……そういえば、あいつっていつからここにいるんだっけ)
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